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3.何も変わっていない
一度死んだ身ですもの
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カチャカチャと、音が聞こえる。
見ると、ルークは鉄の扉につけられた錠前に触れていた。
しかしよく見るとそれには鍵穴がないようだ。
ルークは複雑に絡み合った鎖に触れながらも、答えるように言った。
「これは、知恵の輪になっているんです」
「……なるほど、賢明ね」
鍵は、奪われたらそれでおしまいだ。
だけど知恵の輪なら、それが得意のものならまだしも、大多数の人間はそれを解くのに時間がかかることだろう。
鍵を用意するより、確実かもしれない。
エイダン・リップスらしい狡猾さだと、苦く笑う。
ルークが知恵の輪を外し、鉄の扉を開ける。
奥からはひゅう、と風の音がした。
……外と繋がっている。
私とルイスは顔を見合せて、頷いた。
ノアを背負ったルイスが隠し通路に入る。
ルークが促すように私を見たので、彼に言った。
「先に入って」
「ですが……」
「大丈夫。彼らが追って来れないように細工するだけよ。一度扉を閉めるから、私が合図をしたら開けてくれる?」
困惑するルークを隠し通路に押し込め、私は鉄の扉を閉めた。
そして──取り出したのは、小型の銃。
エイダン・リップスの所持品だ。
これは、ノアとルークが倒れていたところのすぐ近くで見つけた。
念の為、と思って拝借しておいて良かった。
私は扉の前に立つと、銃を手に持って構えた。
護身のため、銃の使い方は知っている。
しかし、こんな小型の銃を使うのも、練習以外で発砲するのも初めてだった。
撃鉄を起こす。
カチリ、と硬い音がした。
私は銃を手に持ったまま、照準を合わせた。
狙いは──鉄の扉の、取っ手。
これさえ無くなれば、彼らはドアを開けることに難儀するだろう。時間稼ぎにはじゅうぶんだ。
ルイスはノアを背負っているし、ルークは銃を発砲するだけの体力はないだろうし、そもそも彼は満身創痍だ。
私も多少怪我はしているが動けないほどではないし、聖力も尽きかけているが完全に枯渇しているわけではない。
彼らの中で、私がするのが最善だと判断した。
背後でまたおおきな音が響き、衝撃がビリビリと足元に伝わってきた。
早くしなければ、瓦礫を退かした神官たちに捕まることだろう。
その前に、壊さなければ、これを。
「──…………」
深く、息を吐く。
目を閉じ、乱れた心音を落ち着かせた。
銃を拾った時に、確認した。
残りの銃弾は五発。
ダァァン、という爆発音が背後から聞こえてきた。
「やったか!?」
「いや、まだだ!」
「あと一発ぶちこめば通れるはずだ!」
「急げ、火薬だ!」
「天井が落ちる!早くしろ!!」
神官たちの声が聞こえてくる。
足音の数は増え、おそらく十人はくだらないだろう。
もし隠し通路に逃げ込むのが間に合わなかったとしても、この取っ手だけは──必ず。
(……大丈夫)
私は、一度死んだ身だもの。
もう怖いものなんてないわ。
私はゆっくりと瞑っていた目を開けた。
いち、に、さん。
心中で数を数え、私は引き金を引いた。
足を踏ん張り、両手で銃を握り、真っ直ぐに取っ手を狙った。
跳弾は恐ろしかったが、離れたところから当てる自信はなかった。
凄まじい音がして、取っ手がひしゃげる。
でもまだだ。まだ、足りない。
同時に、背後でまた爆発音。
(焦るな。焦ってはだめ)
真っ直ぐに取っ手を睨みつけるようにしながら、私はまた引き金を引く。
二回、三回、それを繰り返して──ようやく。
取っ手がものすごい音を立てて、転がり落ちた。
それを見た瞬間、安堵するより先に廊下から駆けるような足音が聞こえてきた。
「急げ!!エイダン様をお守りしろ!!」
しまった。突破された……!
瓦礫を爆破し、道を確保したのだろう。
私は背後を見ることなく、鉄の扉──隠し通路に繋がる扉を数回叩いた。
その時。
「動くな!!」
執務室──だったこの部屋に、神官と、おそらく武装兵がなだれ込んで来る。
直後、鉄の扉が開かれ、私の手首が掴まれた。
「…………!!」
驚く間もなく、隠し通路に連れ込まれ、鉄の扉がしまった。
「待て!!」
ほぼ同時に、背後から銃声が響く。
──ダァン!ダァン!!
それは鉄の扉に叩きつけられたらしい。
轟音が扉の向こうから聞こえてきた。
鉄の扉に背を預けながら、私はいつの間にか詰めていた息を、細く吐き出した。
(……間一髪、だった)
今更ながら、手が震えてくる。
私の手首を掴んで隠し通路に引き込んだのは、ルークだった。
「……ご無事ですか」
硬い声で彼が尋ねた。
「ええ。先を急ぎましょう」
取っ手を壊したとはいえ、追いつかれるのは時間の問題だろう。
その前に──執務室の天井やそれに繋がる廊下は崩落するかもしれないが。
私が答えると暗闇の中、ルークが頷いたのがかすかに見えた。
見ると、ルークは鉄の扉につけられた錠前に触れていた。
しかしよく見るとそれには鍵穴がないようだ。
ルークは複雑に絡み合った鎖に触れながらも、答えるように言った。
「これは、知恵の輪になっているんです」
「……なるほど、賢明ね」
鍵は、奪われたらそれでおしまいだ。
だけど知恵の輪なら、それが得意のものならまだしも、大多数の人間はそれを解くのに時間がかかることだろう。
鍵を用意するより、確実かもしれない。
エイダン・リップスらしい狡猾さだと、苦く笑う。
ルークが知恵の輪を外し、鉄の扉を開ける。
奥からはひゅう、と風の音がした。
……外と繋がっている。
私とルイスは顔を見合せて、頷いた。
ノアを背負ったルイスが隠し通路に入る。
ルークが促すように私を見たので、彼に言った。
「先に入って」
「ですが……」
「大丈夫。彼らが追って来れないように細工するだけよ。一度扉を閉めるから、私が合図をしたら開けてくれる?」
困惑するルークを隠し通路に押し込め、私は鉄の扉を閉めた。
そして──取り出したのは、小型の銃。
エイダン・リップスの所持品だ。
これは、ノアとルークが倒れていたところのすぐ近くで見つけた。
念の為、と思って拝借しておいて良かった。
私は扉の前に立つと、銃を手に持って構えた。
護身のため、銃の使い方は知っている。
しかし、こんな小型の銃を使うのも、練習以外で発砲するのも初めてだった。
撃鉄を起こす。
カチリ、と硬い音がした。
私は銃を手に持ったまま、照準を合わせた。
狙いは──鉄の扉の、取っ手。
これさえ無くなれば、彼らはドアを開けることに難儀するだろう。時間稼ぎにはじゅうぶんだ。
ルイスはノアを背負っているし、ルークは銃を発砲するだけの体力はないだろうし、そもそも彼は満身創痍だ。
私も多少怪我はしているが動けないほどではないし、聖力も尽きかけているが完全に枯渇しているわけではない。
彼らの中で、私がするのが最善だと判断した。
背後でまたおおきな音が響き、衝撃がビリビリと足元に伝わってきた。
早くしなければ、瓦礫を退かした神官たちに捕まることだろう。
その前に、壊さなければ、これを。
「──…………」
深く、息を吐く。
目を閉じ、乱れた心音を落ち着かせた。
銃を拾った時に、確認した。
残りの銃弾は五発。
ダァァン、という爆発音が背後から聞こえてきた。
「やったか!?」
「いや、まだだ!」
「あと一発ぶちこめば通れるはずだ!」
「急げ、火薬だ!」
「天井が落ちる!早くしろ!!」
神官たちの声が聞こえてくる。
足音の数は増え、おそらく十人はくだらないだろう。
もし隠し通路に逃げ込むのが間に合わなかったとしても、この取っ手だけは──必ず。
(……大丈夫)
私は、一度死んだ身だもの。
もう怖いものなんてないわ。
私はゆっくりと瞑っていた目を開けた。
いち、に、さん。
心中で数を数え、私は引き金を引いた。
足を踏ん張り、両手で銃を握り、真っ直ぐに取っ手を狙った。
跳弾は恐ろしかったが、離れたところから当てる自信はなかった。
凄まじい音がして、取っ手がひしゃげる。
でもまだだ。まだ、足りない。
同時に、背後でまた爆発音。
(焦るな。焦ってはだめ)
真っ直ぐに取っ手を睨みつけるようにしながら、私はまた引き金を引く。
二回、三回、それを繰り返して──ようやく。
取っ手がものすごい音を立てて、転がり落ちた。
それを見た瞬間、安堵するより先に廊下から駆けるような足音が聞こえてきた。
「急げ!!エイダン様をお守りしろ!!」
しまった。突破された……!
瓦礫を爆破し、道を確保したのだろう。
私は背後を見ることなく、鉄の扉──隠し通路に繋がる扉を数回叩いた。
その時。
「動くな!!」
執務室──だったこの部屋に、神官と、おそらく武装兵がなだれ込んで来る。
直後、鉄の扉が開かれ、私の手首が掴まれた。
「…………!!」
驚く間もなく、隠し通路に連れ込まれ、鉄の扉がしまった。
「待て!!」
ほぼ同時に、背後から銃声が響く。
──ダァン!ダァン!!
それは鉄の扉に叩きつけられたらしい。
轟音が扉の向こうから聞こえてきた。
鉄の扉に背を預けながら、私はいつの間にか詰めていた息を、細く吐き出した。
(……間一髪、だった)
今更ながら、手が震えてくる。
私の手首を掴んで隠し通路に引き込んだのは、ルークだった。
「……ご無事ですか」
硬い声で彼が尋ねた。
「ええ。先を急ぎましょう」
取っ手を壊したとはいえ、追いつかれるのは時間の問題だろう。
その前に──執務室の天井やそれに繋がる廊下は崩落するかもしれないが。
私が答えると暗闇の中、ルークが頷いたのがかすかに見えた。
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