〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。

文字の大きさ
48 / 63
4.花畑で約束を

何が正しい

しおりを挟む

女性の切実な声がその場に響く。
ほかのひとは、渋い顔をして頷いたり、深く俯いたりしていた。

「……ローレンス殿下」

ちいさく、私は彼の名を呼んだ。
こんなことをしている場合ではない、と、彼に言いたかったのだ。
私が呼ぶと、彼はちらりと私を見た。

そして、目を細め──ため息を吐く。

「俺は、あなたたちが嫌いだ」

ハッキリと、彼は言った。

「だけど」とローレンス殿下は言葉を続ける。

「他でもない彼女が言うから、この場は手を貸してやろう」

彼はそう言うと、空に手をかざし──その瞬間。

ぶわりと、魔素によく似た黒の光が迸った。
天をも包む勢いで、黒煙がその場を覆い尽くした。

「………!」

黒の光は煙のように辺りに充満し──次の瞬間には、それらが消え失せていた。

あっという間のことで、彼らが悲鳴をあげる暇もなかった。
黒煙が消え去ると、私たちはあることに気がついた。

それは。

「魔獣が……いない?」

そう。あれだけいたはずの魔獣が、一匹残らず消えていたのだ。
彼らはそのことに動揺し、何が起こったのかわかっていない。
それは私もそうだった。そうだったのだけど──。

(今の……どこか、で)

どこかで、私はそれ・・を見たことがある。

(でも、どこで……?)

どこで、私は見たのだろう。
この黒煙にも似た、黒の光。
禍々しさや恐ろしさすら感じるほどの圧倒的な暗黒。
その場を支配するような、闇そのものだった。

だけどその時私が感じたのは恐怖ではなく、焦燥感にも似た、懐かしさだった。
しかし、それをどこで見たのかは──思い出せない。
あと少しで、思い出せるような、そんな気がするのに。

私と彼らが、その理由は異なれど呆然としていると、ふと、ローレンス殿下が彼らに言った。

「あなたたちは、憎悪の矛先を探しているんだろう」

ハッとしたように、彼らがローレンス殿下を見る。
そして、彼らは信じられないものを目にしたように、息を呑んだ。

私も、驚きに目を見張る。

ローレンス殿下の瞳は赤く──まるで、魔のもののように赤く染まっていたからだ。

「魔族……」

ぽつり、と誰かが言う。
だけど、ローレンス殿下はそれに構わず彼らに言った。

「怒りの矛先を向ける先を誤るな。無闇に他人を攻撃するのではなく、その相手を見定めるべきだ。今の生活を、人生を変えたいと思うなら、その相手を正しく見定めろ」

ひ、と女性が掠れた悲鳴をあげた。
ローレンス殿下の瞳は夕焼けのような紅から、ゆっくりと色を変えていった。
やがてそれは、いつものような薄青の瞳に戻る。
それは、彼が紛れもなく【人間】ではないことの証だった。

息を呑み、石のように固まる人間を置いて、彼は顔を上げた。
その視線の先には──固くその門を閉ざした王城が。

「今のこの状況を招いたのは誰だ?危機的状況に陥ってなお、国民あなたたちを助けない王は、何のためにいる?……もう一度聞く。あなたたちが、責めるべき相手は、誰だ」

ローレンス殿下が静かに、淡々と尋ねた。
彼らは、固唾を飲んでローレンス殿下の話を聞いている。

ふと、彼が私の手を取った。

「彼女は過去の亡霊だ。死した相手に期待し、頼るのはやめなさい。自らの手で立ち上がるべきだ。……あなたたちは、ヴィクトワールの民なのだろう?」

「──」

ローレンス殿下がそう言った瞬間、彼らの瞳には静かな闘気が宿った。

ヴィクトワールは、勝利の国である。
魔族からの侵攻を打ち破り、自らの手で自由を得た、強い民なのだ。
ローレンス殿下に言われて、彼らもそれを思い出したのだろう。
本来の、ヴィクトワールの民としての、在り方を。

ローレンス殿下が、私に言った。

「行こう、シャリゼ」

「まっ……待ってください!」

その時、ひとりの女性が悲鳴のような声で私を呼んだ。
子供を三人連れている──私たちを殺すべきだと、声高に言っていた女性だ。
彼女は、一歩踏み出すと、緊張した面持ちで私に言った。

「シャリゼ……様」

「───」

呼びかけられて、私は応えようとして──口を噤んだ。
そして、首を横に振って、答える。

「……私は、シャリゼではありません。王妃シャリゼは、もう死んだのです」

女性は、手を強く握った。
そして、何かを訴えるように強く、私を見つめた。

「……それでも、私にとって、あなたはシャリゼ妃のようでした。あなたは、シャリゼ妃のように凛として、美しく、気高く……。だから……だから、言わせてください」

女性は、深く頭を下げた。
スカートの裾を、強く掴みながら。

「先程は、すみませんでした。そして……助けてくれて、ありがとうございます。……ごめんなさい」

女性の謝罪と感謝に、私は少し驚いた。
驚いて、思わず目を見開く。
彼女の言葉を皮切りに、ほかのひとたちもそれぞれ頭を下げ始めた。

きっと、謝罪したい相手は突然現れた【シャリゼかもしれない私】ではなく、王妃シャリゼそのひとなのだろう、と私は思った。

彼女たちは、今になって自責の念に駆られている。恐らくは、ローレンス殿下の言葉を聞いて、ヴィクトワール民の在り方そのものを、思い出したから。

「───」

その時、私は初めて、自身の犯した間違いに気が付いた。

(私が彼女たちに与えるべきだったものは、【赦し】ではなくて……)

導きが、必要だった。
全てを許す国母としての慈愛ではなく、民を導くに足る、強さが必要だったのだ、と今になって私はそれを知った。

彼女の言葉に、何も言えずにいると、また、ローレンス殿下に名を呼ばれた。

「シャリゼ」

彼がちいさくそう言って──次の瞬間。
強い風が吹いた。

突風のような竜巻に思わず目を閉じて──ふたたび目を開けた時。
既にそこは、城下町ではなかった。
しおりを挟む
感想 45

あなたにおすすめの小説

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

【完結】「神様、辞めました〜竜神の愛し子に冤罪を着せ投獄するような人間なんてもう知らない」

まほりろ
恋愛
王太子アビー・シュトースと聖女カーラ・ノルデン公爵令嬢の結婚式当日。二人が教会での誓いの儀式を終え、教会の扉を開け外に一歩踏み出したとき、国中の壁や窓に不吉な文字が浮かび上がった。 【本日付けで神を辞めることにした】 フラワーシャワーを巻き王太子と王太子妃の結婚を祝おうとしていた参列者は、突然現れた文字に驚きを隠せず固まっている。 国境に壁を築きモンスターの侵入を防ぎ、結界を張り国内にいるモンスターは弱体化させ、雨を降らせ大地を潤し、土地を豊かにし豊作をもたらし、人間の体を強化し、生活が便利になるように魔法の力を授けた、竜神ウィルペアトが消えた。 人々は三カ月前に冤罪を着せ、|罵詈雑言《ばりぞうごん》を浴びせ、石を投げつけ投獄した少女が、本物の【竜の愛し子】だと分かり|戦慄《せんりつ》した。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」 アルファポリスに先行投稿しています。 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 2021/12/13、HOTランキング3位、12/14総合ランキング4位、恋愛3位に入りました! ありがとうございます!

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

【完結】以上をもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

【完結】真の聖女だった私は死にました。あなたたちのせいですよ?

恋愛
聖女として国のために尽くしてきたフローラ。 しかしその力を妬むカリアによって聖女の座を奪われ、顔に傷をつけられたあげく、さらには聖女を騙った罪で追放、彼女を称えていたはずの王太子からは婚約破棄を突きつけられてしまう。 追放が正式に決まった日、絶望した彼女はふたりの目の前で死ぬことを選んだ。 フローラの亡骸は水葬されるが、奇跡的に一命を取り留めていた彼女は船に乗っていた他国の騎士団長に拾われる。 ラピスと名乗った青年はフローラを気に入って自分の屋敷に居候させる。 記憶喪失と顔の傷を抱えながらも前向きに生きるフローラを周りは愛し、やがてその愛情に応えるように彼女のほんとうの力が目覚めて……。 一方、真の聖女がいなくなった国は滅びへと向かっていた── ※小説家になろうにも投稿しています いいねやエール嬉しいです!ありがとうございます!

自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのはあなたですよね?

長岡更紗
恋愛
庶民聖女の私をいじめてくる、貴族聖女のニコレット。 王子の婚約者を決める舞踏会に出ると、 「卑しい庶民聖女ね。王子妃になりたいがためにそのドレスも盗んできたそうじゃないの」 あることないこと言われて、我慢の限界! 絶対にあなたなんかに王子様は渡さない! これは一生懸命生きる人が報われ、悪さをする人は報いを受ける、勧善懲悪のシンデレラストーリー! *旧タイトルは『灰かぶり聖女は冷徹王子のお気に入り 〜自業自得って言葉、知ってますか? 私をいじめていたのは公爵令嬢、あなたですよ〜』です。 *小説家になろうでも掲載しています。

処理中です...