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6.過去の約束
運命の日 ①
しおりを挟むそれは、今から十四年前。
私が六歳の頃の出来事。
「今日から私が、あなたのお姉様よ!よろしくね、ステラ」
ゼーネフェルダー邸に連れてこられた少女の名前は、ステラ。
鮮やかな緑の髪が美しかった。
ぱっちりとした青の瞳は、まるで星屑が踊っているよう。
彼女の姿はとても薄汚れていたけど、それでも彼女は美しかった。
「…………」
私の言葉に、ステラは答えなかった。
どうしたらいいのか、困惑しているようだった。
☆
六歳の頃、私には突然【妹】が出来た。
妹の名前は、ステラ。
私の二つ年下の妹は、ぽーっとしていることが多くて、反応も鈍かった。
心配だったけど、彼女のいた孤児院は酷いところだったようで、状況の変化についてこれていないのだろう、とお父様は言った。
「ステラ、これも食べて?あなた、クッキー好きでしょう?」
コックに頼んで、ステンドグラスクッキーを焼いてもらった。
ステラはそれを見て、ぱぁ!と顔を輝かせ、私の手からクッキーを取り、ぱくぱくと食べる。
突然できた妹だったけど、私はすぐにステラが好きになった。
何より、少し鈍いところのある妹を守るのは、姉である私の役目だとそう思った。
☆
そんなある日、私は邸の裏庭であるものを見つけた。
最初、野うさぎでも迷い込んだのかと思った。
だって、それはとても白かったから。
だけどよく見れば、それは人間だった。
私と同い年くらいの子供。
その子は蹲って俯いていた。
すすり泣きが聞こえるので、泣いているのだろう。
(……誰かしら?)
領民が迷い込んできたのだろうか。
放っておけなかった私はその子の近くにしゃがみこんだ。
そして、尋ねたのだ。
「あなた、どうしてこんなところにいるの?」
パッ、とその子が顔を上げる。
その瞳を見て、驚いた。
その子の瞳は、ちょうど今の空のように明るい青色。
見ているだけで吸い込まれるような、綺麗な薄青。
(わあ、綺麗)
しかし、その目は涙でぐしゃぐしゃだった。
(わあ、泣いてる)
「どうしたの?そもそもあなた、誰?」
男の子は私の言葉に答えず、首を横に振るだけだ。
私は、ハンカチを彼に手渡した。
まつ毛が長くて、一瞬女の子かと思ったけど、違うようだ。
その子はキュロットを履いていたし、サスペンダーベルトをしていたから。
男の子は何も答えなかったけれど、次から次に涙は零れていく。あまりに泣いているので、右目の下にあるホクロが流れちゃいそうだと私は思った。
「お名前は?」
根気強く聞くと、その子は小さく答えた。
「……フォティノース」
華やかな名前だ、と思った。
同時に、この子は貴族の子なのかもしれない、とも。
平民は、もっと簡単な名前をつけるから。
それに、フォティノースって確か──
(輝きって意味じゃなかったかしら?)
「フォティノース?」
聞き返すと、彼はまた泣きそうになった。
よく泣く子だ。
「僕はね、吸血鬼なんだ」
そして、その子はいきなりとんでもないことを口にした。
思いがけない単語を聞いた私は、面食らって彼の顔を凝視する。
吸血鬼だと自称した彼は、しかしどこからどう見ても人間にしか見えない。
私は首を捻って、彼に尋ねた。
「……魔族?」
「魔族じゃないよ」
淡々と彼は尋ねた。
しかし、彼の視線は地面に固定されていて、私を見ない。
フォティノースは、ぽつりと言った。
「……僕は、直系筋なんだ。由緒正しい血筋なのに……魔力が発現しなくて」
「ふぅん?」
よく分からないけど、そういう設定なんだろうな、と思った。
そういうおままごとをする子供がいることは、私も知っている。
私は、公爵家の娘なのでそういう遊びはしたことがないが、彼がしたいと言うなら付き合うのも吝かではない。……といいつつ、ちょっと興味があったのだ。
私はまた、彼の顔を覗き込んで尋ねた。
「それって、だめなこと?」
「だめだよ!血筋が認められない、ってことなんだから」
難しい言葉を使う子だ。
ませてるな、なんて私は思った。
あとから考えるに、ずっと彼は本気で言っていたのだろう。私が、ごっこ遊びだと思っただけで。
本気で悩む素振りを見せる彼に、私も悩んだ。
そして、彼に尋ねたのだ。
「ねえ、小さな吸血鬼さん。あなた、どうやってここに来たの?裏門にも門番がいるはずよ。門番に見つからなかったの?」
「……飛んできたから分からない」
彼は困ったように答えた。
(……飛んできた??)
私は頭に疑問符をたくさん飛ばした。
それで、すぐに納得する。
まだ彼のごっこ遊びは続いているようだ。
ごっこ遊びに付き合うのは吝かではないものの、これを見逃したら、今度はこの子が叱られるだろう。
だから私は、語気を強めてフォティノースに言った。
「黙って入ってきちゃいけないのよ。怒られてしまうわ」
「……ここは、あなたのおうち?」
フォティノースが首を傾げて言う。
それに、私は胸を張って答えた。
「ええそうよ!ここは、ゼーネフェルダー公爵邸!あなたも聞いたことがあるでしょ?だってあなた、ゼーネフェルダー領の子よね?」
「ゼーネフェルダー……?」
また、彼は困ったように首を傾げた。
……どうやら、彼はここがどこかも分からないらしい。
それからも、度々フォティノースは裏庭に現れた。
『門番に見つかったら怒られる』と忠告したにも関わらず、彼はいつもそこで私を待つようになったのだ。
「また来てたの?ティノ」
「うん、こんにちは、シャリゼ!」
彼は私を見ると弾けるような笑顔を見せた。
初めて会った時とは大違い。
ティノはどこの誰だか分からないけど、私は彼との逢瀬を結構楽しんでいた。
彼がどこの誰だか分からないからだろう。
私もまた、公爵令嬢として振る舞う必要がなく、まるで平民の子供のように遊ぶことができた。
その日、私は手慰めに花輪を編んでいた。
ビオラの花で編んだ花輪を見て、ティノが首を傾げる。
「それ、なぁに?」
「これはね、花輪って言うのよ!ほら、ティノ。手を出して?」
私が言うと、ティノは不思議そうにしながら手を差し出してきた。
(……綺麗な手)
やっぱり、ティノは普通の平民じゃないと思う。
だけど彼に、出自を聞いてもティノは困った顔をするばかり。
しまいには、王都レーテーの出身だと彼は言う。
ヴィクトワールの王都はそんな名前ではないし、やっぱりいまいちよく分からない。
でも、そんなの私にはどうだってよかった。
だって、ティノとの逢瀬は私だけの秘密だから。
【公爵令嬢】には秘密なんてものはない。全て公になっていて、ちょっとした隠し事も許されない。
だから、ティノとのこの時間は、私にとってとても特別なものだった。
メイドや従僕、騎士に監視されることなく、思うように振る舞うことが出来る。
ティノの前でだけは、私はただのシャリゼになれるのだ。
ティノは、私にとって妖精みたいな存在だった。
ある日、ふらっと裏庭に現れた男の子。もしかしたら、幻なんじゃないか、とすら私は思っていた。
だから、その手に触れた時、ひんやりとした感触に私は驚いたのだ。
(生きてる)
と。
私はティノの指に花輪を嵌めると、にっこりと笑った。
「ほら、とっても似合ってるわ!可愛いわよ、ティノ!」
「か、可愛い?そうかな、シャリゼの方が可愛いよ?」
「そう?」
私は首を傾げた。
だって、私より妹の方がよっぽど可愛い。
可愛い、と言われて、なんだか私は上手く彼の言葉を受け入れられなかった。
「シャリゼは可愛い……よ」
少し照れくさそうにしながらティノが言うから、また私は笑ってしまった。
そう言うあなたの方がよっぽど可愛いもの!とそう思ったからだ。
それから私は、ティノに今度は花冠を作り、彼の頭に乗せた。
神出鬼没の彼らしい、妖精みたいな格好になった。
「……僕も作る」
そして、今度はティノが花輪と花冠を作ってくれた。
そうして、私は度々邸を抜け出しては、ティノは裏庭で遊んでいたのだ。
「お嬢様、しばらく邸を出てはなりません」
ある日、侍女のアリッサが厳しい顔をして言った。
「どうして?」
「魔素が強くなっております。このままでは、魔獣が現れるでしょう。閣下が、神殿へ聖女派遣要請をされておりますが、到着までどれほど時間を要するか……。ですからシャリゼ様、ステラ様。決して邸を出てはなりませんよ?」
「……うん」
ステラが不明瞭な返答をする。
本当に理解しているのか、していないのか、分からない声音だ。だけどステラはいつもこんな感じだったので、アリッサも私も特に気にならなかった。
私はステラを連れて部屋に戻ると、念の為彼女にもう一度アリッサの話をした。
「魔獣が現れるのですって。アリッサの言う通り、邸を出てはならないわ。分かった?」
こくり、とステラが頷いた。
ステラは本当に大人しい子だ。
こんなに静かで、大丈夫なのだろうかと私は心配になる。
社交界は、意地悪なひとばかりだと聞いている。ステラのように大人しくて素直な子は、格好の餌食になってしまうだろう。
(私が守ってあげないと……)
ステラと私に血の繋がりはないけれど、私はこの子を大切に思っている。
(私が守ってあげるの。私は、お姉様だもの)
その後、ステラは読み書きのお勉強の時間ということで、私は手持ち無沙汰になった。
ステラは、孤児院から引き取られてきたけれど、読み書きが出来ない。
だから、同年代の貴族令嬢と同程度の教養を身につけるために、教育係がついているのだ。
(今日は、ティノと約束している日だったけど──)
魔獣が現れるとなれば、ティノも来ることは無いだろう。
彼がいつもどこから来ているのかはわからないけど、流石に今日は大人に止められているはずだ。
自室に戻った私は、窓辺に立って裏庭を見た。
鮮やかな黄色の花は今日も華やかに咲き誇っている。
それはいつも通り、なのだけど。
カァカァカァカァ、とどこかで烏が鳴く。
空は、魔素の影響を受けてか、どんよりとした曇天だ。朝なのに、夕方のように暗い。
今にも雨が降り出しそうな雰囲気だった。
(……来ないわよね)
少し気になって窓から外を見ていたけれど──シャッと、私はカーテンを閉じた。
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