〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。

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6.過去の約束

運命の日 ①

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それは、今から十四年前。
私が六歳の頃の出来事。


「今日から私が、あなたのお姉様よ!よろしくね、ステラ」


ゼーネフェルダー邸に連れてこられた少女の名前は、ステラ。
鮮やかな緑の髪が美しかった。
ぱっちりとした青の瞳は、まるで星屑が踊っているよう。
彼女の姿はとても薄汚れていたけど、それでも彼女は美しかった。

「…………」

私の言葉に、ステラは答えなかった。
どうしたらいいのか、困惑しているようだった。




六歳の頃、私には突然【妹】が出来た。
妹の名前は、ステラ。

私の二つ年下の妹は、ぽーっとしていることが多くて、反応も鈍かった。
心配だったけど、彼女のいた孤児院は酷いところだったようで、状況の変化についてこれていないのだろう、とお父様は言った。

「ステラ、これも食べて?あなた、クッキー好きでしょう?」

コックに頼んで、ステンドグラスクッキーを焼いてもらった。
ステラはそれを見て、ぱぁ!と顔を輝かせ、私の手からクッキーを取り、ぱくぱくと食べる。
突然できた妹だったけど、私はすぐにステラが好きになった。
何より、少し鈍いところのある妹を守るのは、姉である私の役目だとそう思った。





そんなある日、私は邸の裏庭であるものを見つけた。
最初、野うさぎでも迷い込んだのかと思った。
だって、それはとても白かったから。

だけどよく見れば、それは人間だった。

私と同い年くらいの子供。
その子は蹲って俯いていた。
すすり泣きが聞こえるので、泣いているのだろう。

(……誰かしら?)

領民が迷い込んできたのだろうか。

放っておけなかった私はその子の近くにしゃがみこんだ。
そして、尋ねたのだ。

「あなた、どうしてこんなところにいるの?」

パッ、とその子が顔を上げる。

その瞳を見て、驚いた。

その子の瞳は、ちょうど今の空のように明るい青色。

見ているだけで吸い込まれるような、綺麗な薄青。

(わあ、綺麗)

しかし、その目は涙でぐしゃぐしゃだった。

(わあ、泣いてる)

「どうしたの?そもそもあなた、誰?」

男の子は私の言葉に答えず、首を横に振るだけだ。
私は、ハンカチを彼に手渡した。

まつ毛が長くて、一瞬女の子かと思ったけど、違うようだ。
その子はキュロットを履いていたし、サスペンダーベルトをしていたから。

男の子は何も答えなかったけれど、次から次に涙は零れていく。あまりに泣いているので、右目の下にあるホクロが流れちゃいそうだと私は思った。

「お名前は?」

根気強く聞くと、その子は小さく答えた。

「……フォティノース」

華やかな名前だ、と思った。
同時に、この子は貴族の子なのかもしれない、とも。
平民は、もっと簡単な名前をつけるから。
それに、フォティノースって確か──

(輝きって意味じゃなかったかしら?)

「フォティノース?」

聞き返すと、彼はまた泣きそうになった。
よく泣く子だ。

「僕はね、吸血鬼なんだ」

そして、その子はいきなりとんでもないことを口にした。
思いがけない単語を聞いた私は、面食らって彼の顔を凝視する。
吸血鬼だと自称した彼は、しかしどこからどう見ても人間にしか見えない。
私は首を捻って、彼に尋ねた。

「……魔族?」

「魔族じゃないよ」

淡々と彼は尋ねた。
しかし、彼の視線は地面に固定されていて、私を見ない。
フォティノースは、ぽつりと言った。

「……僕は、直系筋なんだ。由緒正しい血筋なのに……魔力が発現しなくて」

「ふぅん?」

よく分からないけど、そういう設定・・・・・・なんだろうな、と思った。
そういうおままごとをする子供がいることは、私も知っている。
私は、公爵家の娘なのでそういう遊びはしたことがないが、彼がしたいと言うなら付き合うのも吝かではない。……といいつつ、ちょっと興味があったのだ。
私はまた、彼の顔を覗き込んで尋ねた。

「それって、だめなこと?」

「だめだよ!血筋が認められない、ってことなんだから」

難しい言葉を使う子だ。
ませてるな、なんて私は思った。

あとから考えるに、ずっと彼は本気で言っていたのだろう。私が、ごっこ遊び・・・・・だと思っただけで。

本気で悩む素振りを見せる彼に、私も悩んだ。
そして、彼に尋ねたのだ。

「ねえ、小さな吸血鬼さん。あなた、どうやってここに来たの?裏門にも門番がいるはずよ。門番に見つからなかったの?」

「……飛んできたから分からない」

彼は困ったように答えた。

(……飛んできた??)

私は頭に疑問符をたくさん飛ばした。
それで、すぐに納得する。
まだ彼のごっこ遊びは続いているようだ。

ごっこ遊びに付き合うのは吝かではないものの、これを見逃したら、今度はこの子が叱られるだろう。
だから私は、語気を強めてフォティノースに言った。

「黙って入ってきちゃいけないのよ。怒られてしまうわ」

「……ここは、あなたのおうち?」

フォティノースが首を傾げて言う。
それに、私は胸を張って答えた。

「ええそうよ!ここは、ゼーネフェルダー公爵邸!あなたも聞いたことがあるでしょ?だってあなた、ゼーネフェルダー領の子よね?」

「ゼーネフェルダー……?」

また、彼は困ったように首を傾げた。

……どうやら、彼はここがどこかも分からないらしい。

それからも、度々フォティノースは裏庭に現れた。
『門番に見つかったら怒られる』と忠告したにも関わらず、彼はいつもそこで私を待つようになったのだ。

「また来てたの?ティノ」

「うん、こんにちは、シャリゼ!」

彼は私を見ると弾けるような笑顔を見せた。
初めて会った時とは大違い。

ティノはどこの誰だか分からないけど、私は彼との逢瀬を結構楽しんでいた。

彼がどこの誰だか分からないからだろう。
私もまた、公爵令嬢として振る舞う必要がなく、まるで平民の子供のように遊ぶことができた。

その日、私は手慰めに花輪を編んでいた。
ビオラの花で編んだ花輪を見て、ティノが首を傾げる。

「それ、なぁに?」

「これはね、花輪って言うのよ!ほら、ティノ。手を出して?」

私が言うと、ティノは不思議そうにしながら手を差し出してきた。

(……綺麗な手)

やっぱり、ティノは普通の平民じゃないと思う。
だけど彼に、出自を聞いてもティノは困った顔をするばかり。
しまいには、王都レーテーの出身だと彼は言う。
ヴィクトワールの王都はそんな名前ではないし、やっぱりいまいちよく分からない。

でも、そんなの私にはどうだってよかった。
だって、ティノとの逢瀬は私だけの秘密だから。
【公爵令嬢】には秘密なんてものはない。全て公になっていて、ちょっとした隠し事も許されない。
だから、ティノとのこの時間は、私にとってとても特別なものだった。
メイドや従僕、騎士に監視されることなく、思うように振る舞うことが出来る。

ティノの前でだけは、私はただのシャリゼになれるのだ。

ティノは、私にとって妖精みたいな存在だった。
ある日、ふらっと裏庭に現れた男の子。もしかしたら、幻なんじゃないか、とすら私は思っていた。
だから、その手に触れた時、ひんやりとした感触に私は驚いたのだ。

(生きてる)

と。

私はティノの指に花輪を嵌めると、にっこりと笑った。

「ほら、とっても似合ってるわ!可愛いわよ、ティノ!」

「か、可愛い?そうかな、シャリゼの方が可愛いよ?」

「そう?」

私は首を傾げた。
だって、私より妹の方がよっぽど可愛い。
可愛い、と言われて、なんだか私は上手く彼の言葉を受け入れられなかった。

「シャリゼは可愛い……よ」

少し照れくさそうにしながらティノが言うから、また私は笑ってしまった。
そう言うあなたの方がよっぽど可愛いもの!とそう思ったからだ。
それから私は、ティノに今度は花冠を作り、彼の頭に乗せた。
神出鬼没の彼らしい、妖精みたいな格好になった。

「……僕も作る」

そして、今度はティノが花輪と花冠を作ってくれた。
そうして、私は度々邸を抜け出しては、ティノは裏庭で遊んでいたのだ。



「お嬢様、しばらく邸を出てはなりません」

ある日、侍女のアリッサが厳しい顔をして言った。

「どうして?」

「魔素が強くなっております。このままでは、魔獣が現れるでしょう。閣下が、神殿へ聖女派遣要請をされておりますが、到着までどれほど時間を要するか……。ですからシャリゼ様、ステラ様。決して邸を出てはなりませんよ?」

「……うん」

ステラが不明瞭な返答をする。
本当に理解しているのか、していないのか、分からない声音だ。だけどステラはいつもこんな感じだったので、アリッサも私も特に気にならなかった。

私はステラを連れて部屋に戻ると、念の為彼女にもう一度アリッサの話をした。

「魔獣が現れるのですって。アリッサの言う通り、邸を出てはならないわ。分かった?」

こくり、とステラが頷いた。
ステラは本当に大人しい子だ。
こんなに静かで、大丈夫なのだろうかと私は心配になる。
社交界は、意地悪なひとばかりだと聞いている。ステラのように大人しくて素直な子は、格好の餌食になってしまうだろう。

(私が守ってあげないと……)

ステラと私に血の繋がりはないけれど、私はこの子を大切に思っている。

(私が守ってあげるの。私は、お姉様だもの)

その後、ステラは読み書きのお勉強の時間ということで、私は手持ち無沙汰になった。
ステラは、孤児院から引き取られてきたけれど、読み書きが出来ない。
だから、同年代の貴族令嬢と同程度の教養を身につけるために、教育係ガヴァネスがついているのだ。

(今日は、ティノと約束している日だったけど──)

魔獣が現れるとなれば、ティノも来ることは無いだろう。
彼がいつもどこから来ているのかはわからないけど、流石に今日は大人に止められているはずだ。

自室に戻った私は、窓辺に立って裏庭を見た。
鮮やかな黄色の花は今日も華やかに咲き誇っている。
それはいつも通り、なのだけど。

カァカァカァカァ、とどこかで烏が鳴く。
空は、魔素の影響を受けてか、どんよりとした曇天だ。朝なのに、夕方のように暗い。
今にも雨が降り出しそうな雰囲気だった。

(……来ないわよね)

少し気になって窓から外を見ていたけれど──シャッと、私はカーテンを閉じた。
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