〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。

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6.過去の約束

あなたのことを教えて ②

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「虫……」

確かに、蝶は虫だ。
でも、綺麗だと思う。

私は首を傾げてさらに尋ねた。

「何色なの?」

「…………白」

また、長い沈黙を経て、彼が答える。
私は、思わず手を叩いた。

「モンシロチョウ!?」

「モンシロチョウは斑点があったような……」

そうだったかもしれない。

「綺麗!菜の花でよく見かける蝶よね?それに、ティノの髪色にもあっているじゃない。見たいわ!」

思わず強請ると、ティノは困ったような顔になった。

「……今度ね」

それでもじっと期待を込めて見ていると、やがて彼は諦めたのか、視線を逸らしてそう言った。
それから、ティノはまた身の上話を始めた。

「僕は、人間の血が混ざっているからかなかなか魔力が出現しなくて──僕よりも、父上がすごく、悩んでいるようだったから。僕も、まずいのかなと思うようになったんだ」

「そうなの……」

「この花畑に辿り着いたのは、魔力の練習をしていた時に、偶然見つけたからなんだ。……ここの花畑は、母さん……母上が、好きだった花畑によく似ていたから」

ティノの言葉は、どれも過去を示すものだった。
その理由を薄々察しながらも、私は彼に尋ねた。

「お母様は……?」

「……僕が生まれてすぐ、亡くなった」

「──」

「医者は、僕の持つ魔力に人間の体が耐えられなかったんじゃないか、って」

「それじゃあ……」

ティノのお母様は、すごく苦労したのだろう。
人間の身で魔力を保有する、それがどれほど辛いことなのかは分からないけれど──。

私の言い淀んだ言葉の先を、ティノが引き継いだ。

「うん。僕は、母上の命を奪って、生まれてきたんだ」

「え……!?」

だけど、彼の続きの言葉は、私と思っていたものとは違って、思わず声がこぼれた。
それに、ティノが不思議そうに首を傾げた。さらりと、銀の髪が揺れる。

「違うわ、私は……。ティノのお母様は、それほどあなたと、あなたのお父様を愛していたのね、って。そう、思ったのよ……」

戸惑いながら、私は彼に言った。
ティノの言葉は、自罰的で、悲しいものだ。
ティノは、私の言葉こそに戸惑った様子だった。

「どうして?」

「どうして、って……」

私も、ティノと同じように戸惑い、首を傾げる。

「だって、そうでもなければおかしいもの。きっと、お母様は、人間の身で魔力を持つ子を産む危険性を、前もってお医者様に伝えられていたと思うの。私も……私のお母様もね。同じなの」

「それは……」

ティノはきっと、私のお母様も彼の母と同様に儚くなったのだと思ったのだろう。
その推測を、私は首を横に振って伝えた。

「体が弱いの。それでも、お母様は子供が欲しくて……もしかしたら出産に耐えられないかもしれないって言われていたのに、私を産んだのですって。お父様は、養子を取ろうと思っていたらしいし、実際、血縁者から養子を、という話も進んでいたようなの」

それに、結局、ゼーネフェルダー公爵家は養子を迎えている。
なぜ、それが血の繋がりのないステラだったのかはわからないけど。
公爵家に男の子が生まれなかったからこそ、養子を取ったのだと私は思っている。

話が逸れてしまった。

「だからね」

私は言葉を続けて、ティノの手を取った。

ティノの空色の瞳は、動揺にか、揺れていた。

あの、魔獣とおなじ赤色の瞳は、初めて見た時はとても驚いたし、怖い、とも思ったけど。
今なら、それも含めてティノなのだと、受け入れられる。

「あなたのお母様もきっと、あなたを愛しているからあなたを産んだのよ。自分のせいでお母様の命を奪ってしまった、なんて悲しいことは言わないで」

「だけど……」

それでも、ティノは素直にそう思えないようだった。

吸血鬼と人間の子供──。
アルカーナ帝国が吸血鬼の世界なら、それがどういった意味を持つのかは、分からない。

それでも、ティノが自分の生まれを後悔するののは、見ていて悲しい。

「お母様がくださった命を、大事にする、って思えばいいじゃない」

「う……ん」

「ティノは、色々考えすぎよ!もっとドーンと構えた方がいいわ。わからないけど、あなた、良家の子なんでしょう?もっとこう……前向きになった方がいいわ」

「前向き……。僕ってそんなにネガティブかな」

ティノが困ったように私を見る。

本当に、迷子の子供だ。
ステラとはまた違うけど、なんだか弟のように思えた。
だから私は、はっきりと言った。

「悩みすぎるところはあると思うわ。考えすぎも、慎重なのもいいことだけど、気持ちは明るく持っていた方がいいと思うの。何事にも、希望はあるかもしれないし、あるはずだと、そう思いたいじゃない!」

「……シャリゼは、すごいね」

眩しそうに、ティノが目を細める。

今のティノは、まるで寄る辺のない子供のようだ。
いや、きっと、今までもずっとそうだったのだろう。
私が、見ようとしていなかっただけで。
ティノはずっと迷子だったのだ。

「ティノは寂しがり屋で、泣き虫だものね」

ぽつり、私は言った。
ティノは、アルカーナ帝国の……恐らく貴族。
私も、ヴィクトワールの貴族。

きっと私は、貴族の義務として政略結婚をすることになるだろう。
だけど、もし、結婚するならその相手は。

「だから、私があなたの花嫁になってあげる!」

相手が、ティノならいいなと思うのだ。
それは願掛けに近かった。
私は、ビオラの花を取って花輪を編んだ。

「この花輪を、あなたにあげる。ねえ、ビオラの花言葉を知っている?」

「ビオラの花言葉……?」

ティノは首を傾げた。
知らないようだったので、私は胸を張って答えた。

「【小さな幸せ】、【幸福な思い出】……という意味があるのですって。あなたのお母様は、ビオラの花畑が好きだったのでしょう?きっと、この花言葉を知っていたのよ!」

私は、ティノの指に花輪を嵌めた。
ティノは、戸惑っているようだった。

「幸福……?」

「ええ。それとね?【誠実】、【信頼】……という意味もあるのよ?ね、これは私の信頼の証。ティノは、決して悪い、魔族なんかではないっていう、印よ!」

「シャリゼ……」

ティノは、また泣きそうになっていた。
空色の瞳が潤むのを見て、また私は笑った。

「ティノは泣き虫ね。本当にあなた、吸血鬼なの?吸血鬼って、まさか存在するなんて思わなかったけど……でも、こんなに泣き虫だなんて思わなかったわ」

「……僕の、花嫁になってくれるの?」

ティノが微かに言うので、私は頷いた。

「ええ、そうなったら素敵だと思わない?ヴィクトワールとアルカーナは確かに仲が悪いけど……私たちが結婚することで……ええと、そう!【縁戚関係】ってものになればいいのよ。明るい未来になるに違いないわ!」

その時の私は、そう信じて疑わなかった。
ヴィクトワールとアルカーナの間にある垣根は深く、遠い昔の傷はまだ癒えてないなどと、その時は思いもしなかったのだ。
弱冠六歳。
当時の私は、信じれば必ず報われるとそう信じていたし、そうなって欲しいとも強く思っていた。
だから、ティノに言ったのだ。

「あなたもアルカーナの民なら、国のために尽くそうって思うでしょう?私は、ヴィクトワールの貴族として、ヴィクトワールの平和と安寧を望むの。そのためなら、何だってなれるし、できるのよ!」

「アルカーナのため……」

ティノはぽつりと呟いたが─やがて、ふわりと笑った。
その笑みが、あまりにも可愛らしくて。
まるで女の子のようだな、と思った。
それくらい、幼かった時のティノは可愛かったし、可憐だった。本人に言ったらまた気にしそうだったから、言わなかったけど。

そして、私は、ティノに吸血を許した。

アルカーナでは──吸血鬼は婚姻の誓いで、互いの血を首筋から吸うという。
いつも、彼らの補給行為は、手首から行うのがマナーらしい。
そんな彼らが唯一首筋からの吸血を許す、それこそが誓いの行為になるという。

初めてそれを聞いた時は少しびっくりしたけど、でも構わなかった。
いつか、その誓いが果たされればいいなと、そう思ったかは。

そして、ティノの牙がそっと首筋に当てられたとき。
ふと、私は思ったのだ。

私は牙がないけど、どうすればいいのかしら?

──と。

だけど、それは彼に尋ねることはできなかった。

ティノに噛まれた瞬間、体内をなにかが巡る感覚があって──驚いている間に、私は気を失ってしまったから。

そして、目が覚めた時、私は何も覚えていなかった。


神殿から派遣されてきた聖女が、私を見て言った。

「あなたは、聖力をお持ちでいらっしゃいますね。それも……とても大きな力を」

そうして、私は聖女として神殿に所属することになった。
吸血の衝撃で私はティノのことをすっかり忘れてしまったのだ。

聖女の力が目覚めたのをきっかけに私は、王太子ヘンリー殿下と婚約を結ぶことになり、ゼーネフェルダーのため、ヴィクトワールのため──聖女として、力を使うことになった。



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