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7.失われた記憶
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部屋は、かなり広いようだった。
手前に茶色の木目が落ち着くセンターテーブルと、ベッド代わりにしても問題がなさそうなくらい大きなソファが置かれていた。
赤の天鵞絨のソファに、ガラス細工の美しいシャンデリア。
どうやら、竜舎というのはとても内装が凝っているようだった。
よく見ると、天井には有名画家の絵が嵌め込まれており、柱も白大理石が使われ、意匠の彫りも繊細な仕事が成されているようだ。
気合いの入れようが伺えるというものだ。
思わず室内を見渡していると、彼は大きなソファの前を横切り、左奥へ向かった。
「不要だと言ったのですが、『聖竜の住居となるのに、贅を凝らさずしてどうするのだ』と陛下直々にお言葉をいただいてしまいまして……」
「もっともですね。民の感情からしても、竜舎は華やかで、聖竜にふさわしい華美さがあってほしいと思うものでしょう」
「そうでしょうか……。ブランは気にしていないようですが、私はまだ慣れません。今でこそ、陛下より聖竜騎士爵をいただきましたが、私はもとはただの平民ですから」
「聖竜に選ばれた方がただの平民だとは思いませんわ。選ばれるべくして選ばれたのだと思います。……あ、」
ヴェリュアンの後をついていくと、さらにその奥の天井は一面ガラス張りとなっているようで、ステンドガラスが嵌め込まれている。
太陽の光を受けて、七色の色彩が柔らかに床に敷かれた白のカーペットを彩る。
その先に見える、白い、大きな獣のようなものは──。
「あれが、ブランです」
ヴェリュアンが立ち止まり、私を振り返る。
私は、少し先で静かに羽を休める聖竜に釘付けとなった。
白い鱗に、白い翼。
うすらと黄味を帯びた前足に、透明な鉤爪。
瞳は──エメラルドのような、緑。
彼──いや、ヴェリュアンは【彼女】と言っていたか。
彼女は静かに、じっと私を見つめていた。
圧倒的な存在感。
静かな、威圧感。
だけど不思議なくらい、心が休まる静かさがあった。
私が目を奪われ、言葉もなく立ち尽くしていると、ヴェリュアンが聖竜に向かって言った。
「……紹介するよ。彼女が俺の婚約者、シャロン公爵家のご令嬢、ミス・シドローネ」
聖竜は静かに瞬きを繰り返しただけだった。
よく見ると、尻尾の先もゆらゆらと揺れている。
まるで、返事をするように。
彼は聖竜、ブランから視線を外し、今度は私を見て言った。
「ミス・シドローネ。彼女が私の聖竜、ブランです。……彼女がひとに会おうとするのはとても珍しいんですよ。特に、女性は。彼女はひとの好き嫌いが激しくて」
「ヴオオ……」
その時、ブランが抗議するように低く鳴いた。
同調するように、ゆらゆらと揺れる尻尾も不機嫌そうだ。
私はその様子を見て、感情豊かな聖竜に驚きながらもどこか激しい既視感を覚えていた。
聖竜を目にしたのは、初めてだ。
ずっと見てみたいと思っていた。
年に一度公開される聖竜パレードは、国民が押し寄せることもあって、たいへんな人混みとなる。
公爵家の娘である私が、大衆に紛れてパレードを見ることを許されるはずがない。
警備の関係もあるし、危険だからだ。
だから、聖竜を見たのはこれが初めて。
その、はず。
(……でも、私)
この感覚を。
この声を、どこかで──。
手前に茶色の木目が落ち着くセンターテーブルと、ベッド代わりにしても問題がなさそうなくらい大きなソファが置かれていた。
赤の天鵞絨のソファに、ガラス細工の美しいシャンデリア。
どうやら、竜舎というのはとても内装が凝っているようだった。
よく見ると、天井には有名画家の絵が嵌め込まれており、柱も白大理石が使われ、意匠の彫りも繊細な仕事が成されているようだ。
気合いの入れようが伺えるというものだ。
思わず室内を見渡していると、彼は大きなソファの前を横切り、左奥へ向かった。
「不要だと言ったのですが、『聖竜の住居となるのに、贅を凝らさずしてどうするのだ』と陛下直々にお言葉をいただいてしまいまして……」
「もっともですね。民の感情からしても、竜舎は華やかで、聖竜にふさわしい華美さがあってほしいと思うものでしょう」
「そうでしょうか……。ブランは気にしていないようですが、私はまだ慣れません。今でこそ、陛下より聖竜騎士爵をいただきましたが、私はもとはただの平民ですから」
「聖竜に選ばれた方がただの平民だとは思いませんわ。選ばれるべくして選ばれたのだと思います。……あ、」
ヴェリュアンの後をついていくと、さらにその奥の天井は一面ガラス張りとなっているようで、ステンドガラスが嵌め込まれている。
太陽の光を受けて、七色の色彩が柔らかに床に敷かれた白のカーペットを彩る。
その先に見える、白い、大きな獣のようなものは──。
「あれが、ブランです」
ヴェリュアンが立ち止まり、私を振り返る。
私は、少し先で静かに羽を休める聖竜に釘付けとなった。
白い鱗に、白い翼。
うすらと黄味を帯びた前足に、透明な鉤爪。
瞳は──エメラルドのような、緑。
彼──いや、ヴェリュアンは【彼女】と言っていたか。
彼女は静かに、じっと私を見つめていた。
圧倒的な存在感。
静かな、威圧感。
だけど不思議なくらい、心が休まる静かさがあった。
私が目を奪われ、言葉もなく立ち尽くしていると、ヴェリュアンが聖竜に向かって言った。
「……紹介するよ。彼女が俺の婚約者、シャロン公爵家のご令嬢、ミス・シドローネ」
聖竜は静かに瞬きを繰り返しただけだった。
よく見ると、尻尾の先もゆらゆらと揺れている。
まるで、返事をするように。
彼は聖竜、ブランから視線を外し、今度は私を見て言った。
「ミス・シドローネ。彼女が私の聖竜、ブランです。……彼女がひとに会おうとするのはとても珍しいんですよ。特に、女性は。彼女はひとの好き嫌いが激しくて」
「ヴオオ……」
その時、ブランが抗議するように低く鳴いた。
同調するように、ゆらゆらと揺れる尻尾も不機嫌そうだ。
私はその様子を見て、感情豊かな聖竜に驚きながらもどこか激しい既視感を覚えていた。
聖竜を目にしたのは、初めてだ。
ずっと見てみたいと思っていた。
年に一度公開される聖竜パレードは、国民が押し寄せることもあって、たいへんな人混みとなる。
公爵家の娘である私が、大衆に紛れてパレードを見ることを許されるはずがない。
警備の関係もあるし、危険だからだ。
だから、聖竜を見たのはこれが初めて。
その、はず。
(……でも、私)
この感覚を。
この声を、どこかで──。
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