〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。

文字の大きさ
7 / 68

7.失われた記憶

しおりを挟む
部屋は、かなり広いようだった。
手前に茶色の木目が落ち着くセンターテーブルと、ベッド代わりにしても問題がなさそうなくらい大きなソファが置かれていた。
赤の天鵞絨のソファに、ガラス細工の美しいシャンデリア。
どうやら、竜舎というのはとても内装が凝っているようだった。
よく見ると、天井には有名画家の絵が嵌め込まれており、柱も白大理石が使われ、意匠の彫りも繊細な仕事が成されているようだ。
気合いの入れようが伺えるというものだ。

思わず室内を見渡していると、彼は大きなソファの前を横切り、左奥へ向かった。

「不要だと言ったのですが、『聖竜の住居となるのに、贅を凝らさずしてどうするのだ』と陛下直々にお言葉をいただいてしまいまして……」

「もっともですね。民の感情からしても、竜舎は華やかで、聖竜にふさわしい華美さがあってほしいと思うものでしょう」

「そうでしょうか……。ブランは気にしていないようですが、私はまだ慣れません。今でこそ、陛下より聖竜騎士爵をいただきましたが、私はもとはただの平民ですから」

「聖竜に選ばれた方がただの平民だとは思いませんわ。選ばれるべくして選ばれたのだと思います。……あ、」

ヴェリュアンの後をついていくと、さらにその奥の天井は一面ガラス張りとなっているようで、ステンドガラスが嵌め込まれている。
太陽の光を受けて、七色の色彩が柔らかに床に敷かれた白のカーペットを彩る。
その先に見える、白い、大きな獣のようなものは──。

「あれが、ブランです」

ヴェリュアンが立ち止まり、私を振り返る。
私は、少し先で静かに羽を休める聖竜に釘付けとなった。

白い鱗に、白い翼。
うすらと黄味を帯びた前足に、透明な鉤爪。
瞳は──エメラルドのような、緑。
彼──いや、ヴェリュアンは【彼女】と言っていたか。
彼女は静かに、じっと私を見つめていた。

圧倒的な存在感。
静かな、威圧感。
だけど不思議なくらい、心が休まる静かさがあった。

私が目を奪われ、言葉もなく立ち尽くしていると、ヴェリュアンが聖竜に向かって言った。

「……紹介するよ。彼女が俺の婚約者、シャロン公爵家のご令嬢、ミス・シドローネ」

聖竜は静かに瞬きを繰り返しただけだった。
よく見ると、尻尾の先もゆらゆらと揺れている。
まるで、返事をするように。
彼は聖竜、ブランから視線を外し、今度は私を見て言った。

「ミス・シドローネ。彼女が私の聖竜、ブランです。……彼女がひとに会おうとするのはとても珍しいんですよ。特に、女性は。彼女はひとの好き嫌いが激しくて」

「ヴオオ……」

その時、ブランが抗議するように低く鳴いた。
同調するように、ゆらゆらと揺れる尻尾も不機嫌そうだ。

私はその様子を見て、感情豊かな聖竜に驚きながらもどこか激しい既視感を覚えていた。

聖竜を目にしたのは、初めてだ。
ずっと見てみたいと思っていた。
年に一度公開される聖竜パレードは、国民が押し寄せることもあって、たいへんな人混みとなる。
公爵家の娘である私が、大衆に紛れてパレードを見ることを許されるはずがない。
警備の関係もあるし、危険だからだ。

だから、聖竜を見たのはこれが初めて。
その、はず。

(……でも、私)

この感覚を。
この声を、どこかで──。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

恋した殿下、愛のない婚約は今日で終わりです

百門一新
恋愛
旧題:恋した殿下、あなたに捨てられることにします〜魔力を失ったのに、なかなか婚約解消にいきません〜 魔力量、国内第二位で王子様の婚約者になった私。けれど、恋をしたその人は、魔法を使う才能もなく幼い頃に大怪我をした私を認めておらず、――そして結婚できる年齢になった私を、運命はあざ笑うかのように、彼に相応しい可愛い伯爵令嬢を寄こした。想うことにも疲れ果てた私は、彼への想いを捨て、彼のいない国に嫁ぐべく。だから、この魔力を捨てます――。 ※「小説家になろう」、「カクヨム」でも掲載

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

処理中です...