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15.いわゆる、そういうところ
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それから、予定を調整し、一ヶ月後──。
私はヴェリュアンとリラント地方へ出立した。
王都から出ることが初めてなので、浮かれてしまう。
馬車に乗り込もうとして足をあげようとした時、「失礼」と横から声が聞こえてきた。
「はい?……きゃっ!?」
答えて振り返る間もなく、体が宙に浮く。
思わず胸元で手を握りしめると、上から静かな声が聞こえてきた。
「すみません。こらちの方が安全だと思ったので」
どうやら、私はヴェリュアンに抱き上げられているようだ。
ただでさえドレスにパニエにドロワーズにコルセットと、重さがあるというのに、彼は重たくないのだろうか。
いや、騎士だというくらいだから女性ひとり何でもないのだろう、きっと。
それでも、突然抱き上げられたことに驚きと動揺が抑えられない。
「あ、ありがとうございます。でも、そんなに危なっかしく見えましたか……?」
当然なのだが、顔が近い。
しかも、彼からはなんだか落ち着く香りがする。
この香りは……ハーブ?
顔を上げると、ちょうど私を見た彼とぱちりと視線が交わった。
ヴェリュアンが、馬車に乗り込みながら答える。
「いえ。ですが、ご婦人のドレスは足元がよく見えなさそうなので……差し出がましいことかとは思ったのですが」
「そんなことはありません。助かりました。でも、その、重いのでは……?」
やはりそこは年頃の娘としては気になってしまう。
私自身、令嬢として体型維持に気を使っていることもあり、周りの女性と比べても特別太いとか、重たいとかはない………はず。きっと。
だけど彼に重たいと思われていたらどうしよう。
(そういえば昨日はいつもより食べすぎてしまったわ。パンを半分、多く食べてしまったし……今朝もハーブティーを三杯飲んでしまった。今の私はいつもより重たいのでは??)
心当たりはたくさんあり、思い当たる度に目の前がぐるぐるする。
体重が重い令嬢だと思われたら、恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだ。
まるで判決を待つ罪人のような思いで、身を固くしていると、彼はあっさりと答えた。
軽い声で。
「いえ?女性のドレスは重たそうだと思いましたが……案外、そうでもないのですね。それとも、旅装だからまた別なのでしょうか?」
「え?あ、そ、そうですか?そうですね?ありがとうございます。もう大丈夫です」
半ばパニックになりながら馬車の座席に下ろしてもらう。
私は二十歳を越えた貴族の娘だと言うのに──全くもって、男性に慣れていなかった。
貴族の、未婚の娘であればそれも当然なのだが、そもそも二十を超えて未婚なこと自体が、異質なのだ。
「……あの、その香りはハーブですか?レモングラス……?」
ヴェリュアンも私の隣に座り、御者の手によって扉が締められる。
彼は私をちらりと見ると、言われたことに今気がついたように頷いて見せた。
「ああ、これですか」
そう言って、彼は胸元の服をつまんでみせる。
彼は、旅には慣れた服の方が都合が良いと言い、旅装ではなく白の軍服──つまり仕事着を着用していた。
白の軍服は王太子のルザーと同じだが、空軍所属のヴェリュアンは、胸元から腰にかけて、青の差し色が入っている。
王太子は金の色、陸軍には赤の色が使われている。
彼はつまんだ指をぱっと離すと、首を傾げて僅かに微笑んでみせた。
「はい。落ち着くので」
「そうなのですね。私も、ラベンダーの香水を使っているんです。……分かりますかしら?」
袖をまくり、白のレース編み手袋を外す。
そのまま、何気なく手首を差し出した。
香水は、手首の内側と耳の裏に数滴落としたので、こうすればわかりやすいかと思ったのだ。
「え?……──っ」
だけど、どうしてだろうか。
見事にヴェリュアンが固まった。
その様子は固められた石のようで、ぎしり、という音が聞こえてきそうだ。
「…………」
(あ、ら?)
身を引き、僅かに頬を赤く染める彼を見て、もしかして私は──とんでもなくはしたないことをしたのでは、と彼の動揺を察した。
そうなると、もう引き下がるしかない。
これ以上恥を積み重ねてはならないからだ。
私も慌てて、わざとらしくない程度に手を引き戻しながら言い募った。
「いえ、あの。私もハーブが好きなものですから。この香水は私が調合したものなのです。本来は調合師に任せるものなのですが、趣味が高じて、といいますか、手慰みに始めたと言いますか」
だめだ。
言葉を重ねれば重ねるほど、さらに墓穴をほっているような気がする。
自ら職人のような真似をする令嬢がどこにいる。私は自身の失態を呪った。
誤魔化すように顔を上げて、愛想笑いを浮かべた。
「ごめんなさい。はしたなかったですね。でも、ヴィネハス卿もハーブに興味があるだなんて知りませ──」
続く『んでした』は、言葉にならなかった。
「失礼します」
ヴェリュアンが、私の手首を掴み、くん、と嗅いだからだ。
私はヴェリュアンとリラント地方へ出立した。
王都から出ることが初めてなので、浮かれてしまう。
馬車に乗り込もうとして足をあげようとした時、「失礼」と横から声が聞こえてきた。
「はい?……きゃっ!?」
答えて振り返る間もなく、体が宙に浮く。
思わず胸元で手を握りしめると、上から静かな声が聞こえてきた。
「すみません。こらちの方が安全だと思ったので」
どうやら、私はヴェリュアンに抱き上げられているようだ。
ただでさえドレスにパニエにドロワーズにコルセットと、重さがあるというのに、彼は重たくないのだろうか。
いや、騎士だというくらいだから女性ひとり何でもないのだろう、きっと。
それでも、突然抱き上げられたことに驚きと動揺が抑えられない。
「あ、ありがとうございます。でも、そんなに危なっかしく見えましたか……?」
当然なのだが、顔が近い。
しかも、彼からはなんだか落ち着く香りがする。
この香りは……ハーブ?
顔を上げると、ちょうど私を見た彼とぱちりと視線が交わった。
ヴェリュアンが、馬車に乗り込みながら答える。
「いえ。ですが、ご婦人のドレスは足元がよく見えなさそうなので……差し出がましいことかとは思ったのですが」
「そんなことはありません。助かりました。でも、その、重いのでは……?」
やはりそこは年頃の娘としては気になってしまう。
私自身、令嬢として体型維持に気を使っていることもあり、周りの女性と比べても特別太いとか、重たいとかはない………はず。きっと。
だけど彼に重たいと思われていたらどうしよう。
(そういえば昨日はいつもより食べすぎてしまったわ。パンを半分、多く食べてしまったし……今朝もハーブティーを三杯飲んでしまった。今の私はいつもより重たいのでは??)
心当たりはたくさんあり、思い当たる度に目の前がぐるぐるする。
体重が重い令嬢だと思われたら、恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだ。
まるで判決を待つ罪人のような思いで、身を固くしていると、彼はあっさりと答えた。
軽い声で。
「いえ?女性のドレスは重たそうだと思いましたが……案外、そうでもないのですね。それとも、旅装だからまた別なのでしょうか?」
「え?あ、そ、そうですか?そうですね?ありがとうございます。もう大丈夫です」
半ばパニックになりながら馬車の座席に下ろしてもらう。
私は二十歳を越えた貴族の娘だと言うのに──全くもって、男性に慣れていなかった。
貴族の、未婚の娘であればそれも当然なのだが、そもそも二十を超えて未婚なこと自体が、異質なのだ。
「……あの、その香りはハーブですか?レモングラス……?」
ヴェリュアンも私の隣に座り、御者の手によって扉が締められる。
彼は私をちらりと見ると、言われたことに今気がついたように頷いて見せた。
「ああ、これですか」
そう言って、彼は胸元の服をつまんでみせる。
彼は、旅には慣れた服の方が都合が良いと言い、旅装ではなく白の軍服──つまり仕事着を着用していた。
白の軍服は王太子のルザーと同じだが、空軍所属のヴェリュアンは、胸元から腰にかけて、青の差し色が入っている。
王太子は金の色、陸軍には赤の色が使われている。
彼はつまんだ指をぱっと離すと、首を傾げて僅かに微笑んでみせた。
「はい。落ち着くので」
「そうなのですね。私も、ラベンダーの香水を使っているんです。……分かりますかしら?」
袖をまくり、白のレース編み手袋を外す。
そのまま、何気なく手首を差し出した。
香水は、手首の内側と耳の裏に数滴落としたので、こうすればわかりやすいかと思ったのだ。
「え?……──っ」
だけど、どうしてだろうか。
見事にヴェリュアンが固まった。
その様子は固められた石のようで、ぎしり、という音が聞こえてきそうだ。
「…………」
(あ、ら?)
身を引き、僅かに頬を赤く染める彼を見て、もしかして私は──とんでもなくはしたないことをしたのでは、と彼の動揺を察した。
そうなると、もう引き下がるしかない。
これ以上恥を積み重ねてはならないからだ。
私も慌てて、わざとらしくない程度に手を引き戻しながら言い募った。
「いえ、あの。私もハーブが好きなものですから。この香水は私が調合したものなのです。本来は調合師に任せるものなのですが、趣味が高じて、といいますか、手慰みに始めたと言いますか」
だめだ。
言葉を重ねれば重ねるほど、さらに墓穴をほっているような気がする。
自ら職人のような真似をする令嬢がどこにいる。私は自身の失態を呪った。
誤魔化すように顔を上げて、愛想笑いを浮かべた。
「ごめんなさい。はしたなかったですね。でも、ヴィネハス卿もハーブに興味があるだなんて知りませ──」
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「失礼します」
ヴェリュアンが、私の手首を掴み、くん、と嗅いだからだ。
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