悪女だと言うのなら、その名に相応しくなってみせましょう

ごろごろみかん。

文字の大きさ
1 / 12

ごめんあそばせ

しおりを挟む


「私を本当に愛しているのなら、あの子と恋人関係になってくださる?」

娘の声は甘い。まるで睦言を呟くかのような甘やかな囁きで、男を惑わす。娘に想いを寄せる男──この国の圧倒的権力を要す王太子は、彼女の愛を欠片でも得たいがために、葛藤した。それが、いくら悪手であろうとも。

悩む男に娘は更なる餌を与えた。

「もし貴方が叶えてくださるなら、あなたの願いを叶えてあげても良くてよ」

「願い?」

「あなた、私が欲しいのでしょう?」

王太子は息を飲む。正解だからだ。
娘はふわりと笑った。それはもはや無邪気さすら感じるものだ。

「良くてよ?」

「!」

「ただし、お願いがあるの。聞いてくださるかしら」

思い悩んだ時点で、男の負けだった。
娘は男の答えを知って、続けた。
紅で彩られた赤いくちびるがニィ、と歪む。
さながらそれは夜闇に浮かぶ三日月のよう。

「愛しいあなた。誰よりも私をわかってくれているのでしょう?知っていますわ。私は誰よりも貴方を……だから、ねえ。お願いよ……無碍になんて、しないでしょう?」

乞うような女の声。

「───」

「!ふふ、嬉しい。ありがとう。愛していますわ」

娘は手馴れたように愛おしげな笑みを浮かべた。


◆◆◆


「ミレイユ・シューザルトを極刑と処す」

なんの意味もない刑事所では、有無を言わさず有罪を言い渡された。
ミレイユは呆然と立ち尽くすのみだ。
証拠もない。でっち上げの証言と被害者いもうとの言葉のみでミレイユは死ぬことが確定した。
これが呆然とせずにいられるだろうか?

(愛していたのに……)

縋るようにミレイユは婚約者の姿を探す。しかし、彼はこちらをちらりとも見ない。隣の恋人いもうとと何か楽しげに話すだけだ。

「愛していたのに………」

嗚咽混じりにミレイユは呟いた。
それも、自分を見下し冷遇していた義妹を恋人にする、と言って。ガベルを鳴らす音がする。
嘲笑はやみ、ミレイユに注目があつまった。

「ま!嘘泣きなんて恥さらし」

「人間見た目通りではないものね」

「リアの毒婦よ」

「鈴蘭令嬢とあだ名されていたのではなくて?」

人々の声を遮るようにまたガベルが鳴らされた。
茶番劇の裁判は予め脚本が定められていて、それはミレイユがどう動こうとも変わらない。ミレイユは泣き崩れた。悲痛な鳴き声だけが響く。しかし誰も彼女を同情的な目で見はしない。

「私は何もしていないわ!」

声は届かない。

なぜこうなったの?どうして……。

(私はただ、真面目に生きてきただけじゃない。善人かと聞かれればイエスとは言えない。だけど人に後ろ指さされるような真似はしたことないはずよ……!」

誂られた裁判でまともな進行を期待できるはずもなく。
ミレイユは次の日には処刑が確定した。
普通では考えられないほどの速さだ。
普通ではない。それが、全てを物語っていた。

稀代の悪女の処刑に国民は喜びに顔を染め、唯一の娯楽を楽しもうと処刑場に集まった。
空高くに見えるギロチンの刃は重たくて、冷たい印象を受けた。ミレイユは髪をばっさりと切られ、哀れな様相で処刑台の前へとたつ。

ミレイユは鈍い鉄の塊を見て息を飲む。
処刑の執行を確認するために高い席を用意された彼女の元婚約者と恋人は寄り添いあって見世物でも楽しむかのようにミレイユを見ていた。その時、ようやくミレイユは気がついた。

(ああ……私は今まで、彼らの中で人間ですらなかったのね)

彼らの中でミレイユはまさしく見世物だったのだろう。思うように踊り、嘆き、悲痛に暮れた様子を見せて己を楽しませる、ただの玩具。玩具は処分される。それだけのことだ。ミレイユは目を閉じた。
かつて心の中を占めていた──むしろ、それが全てと言っても過言ではない愛は、もはやどこを探しても見つからない。

(失望……したわ)

それは、自身の元婚約者であるゲオルドにでもあるし、ここまで落ちぶれるまで彼の心を信じてしまった自分にでもある。
彼女はもはや、全てを呪いたい気持ちだった。清々しい青い空が憎らしい。

「ふ、ふふ………ふふふふふ」

不意に笑いだしたミレイユに、処刑人がギョッとした顔をする。しかしミレイユは構わない。そのまま低い笑いを続けると、空高くに見えるギロチンの刃と、真っ青な空を見た。

「憎い、憎い、憎い、憎い!私を……私を騙した彼らに滅びの報いを!!」

彼女が叫んだ瞬間、重たい鉄の塊は勢いよく彼女の首元へと落ちてきた。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた

菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに対して、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…? ※他サイトでも掲載しております。

再会の約束の場所に彼は現れなかった

四折 柊
恋愛
 ロジェはジゼルに言った。「ジゼル。三年後にここに来てほしい。僕は君に正式に婚約を申し込みたい」と。平民のロジェは男爵令嬢であるジゼルにプロポーズするために博士号を得たいと考えていた。彼は能力を見込まれ、隣国の研究室に招待されたのだ。  そして三年後、ジゼルは約束の場所でロジェを待った。ところが彼は現れない。代わりにそこに来たのは見知らぬ美しい女性だった。彼女はジゼルに残酷な言葉を放つ。「彼は私と結婚することになりました」とーーーー。(全5話)

愛されなくても、大丈夫!

夕立悠理
恋愛
――だって、私が一番、私を愛しているから。  望まれて嫁いだはずだった。  小国の第三王女である、ビアンカは帝国の皇帝リヴェンに嫁ぐ。この婚姻は帝国側から、ビアンカをわざわざ指名してのものだ。  そのため、皇帝はビアンカを望んでいるのだと考えていた。  しかし、結婚式を終えて迎えた、初夜。  皇帝はビアンカに告げる。 「――お前を愛することはない。だから、俺からの愛を望むな」  ……でも、そんなことを言われてもビアンカは全然平気だった。  なぜなら、ビアンカは―― 「私の神もひれ伏す美しさに恐れおののいたのかしら? まぁ、いいわ。私以上に私を愛せる人など、やはりいなかったわね」 超がつくほどナルシストだった!  そんなナルシストな皇后ビアンカのハッピー新生活。

十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。

あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。 宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。 対極のような二人は姉妹。母親の違う。 お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。 そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。 天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。 生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。 両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。 だが……。運命とは残酷である。 ルビアの元に死神から知らせが届く。 十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。 美しい愛しているルビア。 失いたくない。殺されてなるものか。 それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。 生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。 これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳 ロミオ王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました

四折 柊
恋愛
 子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

侯爵夫人は離縁したい〜拝啓旦那様、妹が貴方のこと好きらしいのですが〜

葵一樹
恋愛
伯爵家の双子姫の姉として生まれたルイ―サは、侯爵である夫との離縁を画策していた。 両家の架け橋となるべく政略結婚したものの、冷酷な軍人として名高い夫は結婚式以来屋敷に寄りつかず、たまに顔を合せても会話すらない。 白い結婚として諦めていたルイーサだったが、夫を伴い渋々出席した実家の夜会で驚くべき事態に遭遇する。 なんと夫が双子の妹に熱い視線を送り、妹の方も同じように熱い視線を夫に向けていたのだ。 夫の興味が自分に無いことは残念だったけれど、可愛い妹の恋路は応援したい! ならば妻の座を妹と交代し、自分はひっそりと、しかし自由に生きていこうではないか。 そうひっそりと決心したルイーサは、一通の書置きと妹に宛てた書簡を残し姿を消そうと試みた。 幸いにも自分には相続した領地があり、そこに引きこもれば食うに困ることはないだろう。 いざとなれば畑でも耕して野菜でも作り、狩りをして暮らそう。 しかしいざ屋敷を抜け出そうとすると、屋敷の主である侯爵が追いかけてくる。 自分に興味もなく忙しいくせになんで邪魔をするのかと怒るルイーサ。 あの手この手で脱走を試みるルイーサだったが、次第に侯爵の不器用さに気づき始め――。 果たしてルイーサは脱走を成功させることができるのか。 じれじれ両片思いの行方はどうなるのか。

処理中です...