悪女だと言うのなら、その名に相応しくなってみせましょう

ごろごろみかん。

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ごめんあそばせ

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「私を本当に愛しているのなら、あの子と恋人関係になってくださる?」

娘の声は甘い。まるで睦言を呟くかのような甘やかな囁きで、男を惑わす。娘に想いを寄せる男──この国の圧倒的権力を要す王太子は、彼女の愛を欠片でも得たいがために、葛藤した。それが、いくら悪手であろうとも。

悩む男に娘は更なる餌を与えた。

「もし貴方が叶えてくださるなら、あなたの願いを叶えてあげても良くてよ」

「願い?」

「あなた、私が欲しいのでしょう?」

王太子は息を飲む。正解だからだ。
娘はふわりと笑った。それはもはや無邪気さすら感じるものだ。

「良くてよ?」

「!」

「ただし、お願いがあるの。聞いてくださるかしら」

思い悩んだ時点で、男の負けだった。
娘は男の答えを知って、続けた。
紅で彩られた赤いくちびるがニィ、と歪む。
さながらそれは夜闇に浮かぶ三日月のよう。

「愛しいあなた。誰よりも私をわかってくれているのでしょう?知っていますわ。私は誰よりも貴方を……だから、ねえ。お願いよ……無碍になんて、しないでしょう?」

乞うような女の声。

「───」

「!ふふ、嬉しい。ありがとう。愛していますわ」

娘は手馴れたように愛おしげな笑みを浮かべた。


◆◆◆


「ミレイユ・シューザルトを極刑と処す」

なんの意味もない刑事所では、有無を言わさず有罪を言い渡された。
ミレイユは呆然と立ち尽くすのみだ。
証拠もない。でっち上げの証言と被害者いもうとの言葉のみでミレイユは死ぬことが確定した。
これが呆然とせずにいられるだろうか?

(愛していたのに……)

縋るようにミレイユは婚約者の姿を探す。しかし、彼はこちらをちらりとも見ない。隣の恋人いもうとと何か楽しげに話すだけだ。

「愛していたのに………」

嗚咽混じりにミレイユは呟いた。
それも、自分を見下し冷遇していた義妹を恋人にする、と言って。ガベルを鳴らす音がする。
嘲笑はやみ、ミレイユに注目があつまった。

「ま!嘘泣きなんて恥さらし」

「人間見た目通りではないものね」

「リアの毒婦よ」

「鈴蘭令嬢とあだ名されていたのではなくて?」

人々の声を遮るようにまたガベルが鳴らされた。
茶番劇の裁判は予め脚本が定められていて、それはミレイユがどう動こうとも変わらない。ミレイユは泣き崩れた。悲痛な鳴き声だけが響く。しかし誰も彼女を同情的な目で見はしない。

「私は何もしていないわ!」

声は届かない。

なぜこうなったの?どうして……。

(私はただ、真面目に生きてきただけじゃない。善人かと聞かれればイエスとは言えない。だけど人に後ろ指さされるような真似はしたことないはずよ……!」

誂られた裁判でまともな進行を期待できるはずもなく。
ミレイユは次の日には処刑が確定した。
普通では考えられないほどの速さだ。
普通ではない。それが、全てを物語っていた。

稀代の悪女の処刑に国民は喜びに顔を染め、唯一の娯楽を楽しもうと処刑場に集まった。
空高くに見えるギロチンの刃は重たくて、冷たい印象を受けた。ミレイユは髪をばっさりと切られ、哀れな様相で処刑台の前へとたつ。

ミレイユは鈍い鉄の塊を見て息を飲む。
処刑の執行を確認するために高い席を用意された彼女の元婚約者と恋人は寄り添いあって見世物でも楽しむかのようにミレイユを見ていた。その時、ようやくミレイユは気がついた。

(ああ……私は今まで、彼らの中で人間ですらなかったのね)

彼らの中でミレイユはまさしく見世物だったのだろう。思うように踊り、嘆き、悲痛に暮れた様子を見せて己を楽しませる、ただの玩具。玩具は処分される。それだけのことだ。ミレイユは目を閉じた。
かつて心の中を占めていた──むしろ、それが全てと言っても過言ではない愛は、もはやどこを探しても見つからない。

(失望……したわ)

それは、自身の元婚約者であるゲオルドにでもあるし、ここまで落ちぶれるまで彼の心を信じてしまった自分にでもある。
彼女はもはや、全てを呪いたい気持ちだった。清々しい青い空が憎らしい。

「ふ、ふふ………ふふふふふ」

不意に笑いだしたミレイユに、処刑人がギョッとした顔をする。しかしミレイユは構わない。そのまま低い笑いを続けると、空高くに見えるギロチンの刃と、真っ青な空を見た。

「憎い、憎い、憎い、憎い!私を……私を騙した彼らに滅びの報いを!!」

彼女が叫んだ瞬間、重たい鉄の塊は勢いよく彼女の首元へと落ちてきた。





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