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第六章:表と裏/嘘と本音
自称・恋愛のスペシャリスト
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シェーンシュティットの邸宅に戻った私は、神殿に連絡をし、神官とともにザイガー子爵家に向かう予定だった。
クリストファー殿下によると、ザイガー子爵も息子に違和感を抱いていたようだ。だけどどこが、と問われるとそれはわからず……、といった具合だった。
ともあれ、神官帯同でザイガー子爵家に行けば、ジュリアンの異能もすぐに分かる。
もうこれで言い逃れはできないはず。
そう思って、私は自室で裏の日記を取り出した。
誂えたばかりの鍵に触れる。
鍵は、チェーンに通し、ネックレスにした。こうすれば、いつでも解錠が可能だ。
少し考えて、私は裏の日記を隠すことにした。
鍵がなければ何をしても開かない造りになっているが、そもそもこれの存在自体、秘匿した方がいいだろう。
クリストファー殿下の言う通り、今のジュリアンが偽物であるなら、本物は既に始末されているか、あるいは。
……どちらにせよ、あの男は平気で後暗いことをできる人間だ。
念には念を入れることにして、私は引き出しに細工をした。ライティングデスクの引き出しを開けて、ナイフで削り、その奥に窪みを造る。
ちょうど、一冊。
日記が入る程度のスペースを確保した私は、日記をそこに保管した。
そのまま引き出しを閉めて、私は立ち上がった。
全て、整ったから。
ようやく、会いに行ける。
ようやく、彼に言うことが出来る。
この二ヶ月間、私はリュカに会っていなかった。
この気持ちに答えが出るまでは、彼に会えないと思っていた。
でも、そもそも答えなんて最初からなかったのだ。
だって、この気持ちを、今まで私は知らなかったのだから。
知らないものを手持ちの情報で整理なんて出来るはずがなかったのだ。
図らずとも、セレグラのアントニオ・アーベルの下には自称・恋愛のスペシャリスト(ルーク)がいた。少年にしか見えない年上の彼は、訳知り顔で私にアドバイスをした。
『シャーロットの感情は、きみだけのものでしょ。きみがわからなけりゃ、誰にもわかんないよ。それよりさ、きみは、どうしたいの?』
私は、どうしたいか。
それが、全てなような気がした。
自称恋愛のスペシャリスト(しかし彼女はいないとのこと)は、ソファに座り、行儀悪くパンをもしゃもしゃと食べながら言った。
『猪突猛進で、一度決めたことは絶対に曲げない、頑固者なシャーロット。そのきみが思い悩むなんてらしくないね。きみは、【何をしたいか】と考えるよりも、【そうするためにはどうすべきか】を考えるのが得意なひとでしょ』
『──』
彼の言葉に、ハッとさせられた。
視界が開けたような気持ちになった。
彼の言葉は、すとんと、私の胸に落ちた。
……そうよ。ごちゃごちゃ悩むのは、私らしくない。
考えて考えて、思い悩むくらいなら──直接、ぶつかった方がずっと早い。
そうだ。そうじゃない。
最初から、今までずっと。
シャーロット・シェーンシュティットは、そういう人間で、そう言う生き方をしてきたんじゃない。
それなのに、どうしてか今回に限ってはごちゃごちゃ考えてしまった。
ぐちゃぐちゃ考えるばかりで『でもでも』『だって』を繰り返して、逃げていた。それに気づいて、私は内心ため息を吐いた。
あまりにも私らしからぬ振る舞いだった。
それを正面から指摘されて、ようやく気が付いた。
教えてくれたルークに感謝の気持ちはもちろんある。あるのだけど。
それはそれとして。
訳知り顔で高説を垂れる先輩にはちょっとイラッとしたので。私は素っ気なく彼に言った。
『それはどうも、ありがとうございます、先輩?パン、零してますわ。それと先程先輩宛のお手紙を受け取りました。……ラブレターでしょうか?』
ポケットにしまっていた手紙を取り出すと、見るからにルークが慌てた。最近、彼には良い仲の少女がいるのである。
その彼女からの手紙、と言ったわけでもないのにルークは焦った様子を見せた。
パンを急いで口に放り込んだ彼はそれに噎せた。
そして、慌てて立ち上がろうとしてズボンの裾を踏んで、ソファに倒れ込んだ。
その姿からは、恋愛のスペシャリストには到底見えない。
しらーっとした目で彼を見ていると、取り繕うようにルークは私から手紙を受け取り──あからさまにガックリとしてみせた。
その手紙は、町人から回ってきた回覧板だったからである。
セレグラでの一ヶ月は短いけれど、濃い日々だった。
公爵家の娘が、下働き。
二度とあんな毎日は送れないだろう。
私は侍女のリラに支度を手伝ってもらうと、ザイガー子爵家に向かうことにした。
そして──玄関ホールに向かう、長い階段を降りている途中、で。
突然、背中を押されたのだ。
……侍女の、リラに。
クリストファー殿下によると、ザイガー子爵も息子に違和感を抱いていたようだ。だけどどこが、と問われるとそれはわからず……、といった具合だった。
ともあれ、神官帯同でザイガー子爵家に行けば、ジュリアンの異能もすぐに分かる。
もうこれで言い逃れはできないはず。
そう思って、私は自室で裏の日記を取り出した。
誂えたばかりの鍵に触れる。
鍵は、チェーンに通し、ネックレスにした。こうすれば、いつでも解錠が可能だ。
少し考えて、私は裏の日記を隠すことにした。
鍵がなければ何をしても開かない造りになっているが、そもそもこれの存在自体、秘匿した方がいいだろう。
クリストファー殿下の言う通り、今のジュリアンが偽物であるなら、本物は既に始末されているか、あるいは。
……どちらにせよ、あの男は平気で後暗いことをできる人間だ。
念には念を入れることにして、私は引き出しに細工をした。ライティングデスクの引き出しを開けて、ナイフで削り、その奥に窪みを造る。
ちょうど、一冊。
日記が入る程度のスペースを確保した私は、日記をそこに保管した。
そのまま引き出しを閉めて、私は立ち上がった。
全て、整ったから。
ようやく、会いに行ける。
ようやく、彼に言うことが出来る。
この二ヶ月間、私はリュカに会っていなかった。
この気持ちに答えが出るまでは、彼に会えないと思っていた。
でも、そもそも答えなんて最初からなかったのだ。
だって、この気持ちを、今まで私は知らなかったのだから。
知らないものを手持ちの情報で整理なんて出来るはずがなかったのだ。
図らずとも、セレグラのアントニオ・アーベルの下には自称・恋愛のスペシャリスト(ルーク)がいた。少年にしか見えない年上の彼は、訳知り顔で私にアドバイスをした。
『シャーロットの感情は、きみだけのものでしょ。きみがわからなけりゃ、誰にもわかんないよ。それよりさ、きみは、どうしたいの?』
私は、どうしたいか。
それが、全てなような気がした。
自称恋愛のスペシャリスト(しかし彼女はいないとのこと)は、ソファに座り、行儀悪くパンをもしゃもしゃと食べながら言った。
『猪突猛進で、一度決めたことは絶対に曲げない、頑固者なシャーロット。そのきみが思い悩むなんてらしくないね。きみは、【何をしたいか】と考えるよりも、【そうするためにはどうすべきか】を考えるのが得意なひとでしょ』
『──』
彼の言葉に、ハッとさせられた。
視界が開けたような気持ちになった。
彼の言葉は、すとんと、私の胸に落ちた。
……そうよ。ごちゃごちゃ悩むのは、私らしくない。
考えて考えて、思い悩むくらいなら──直接、ぶつかった方がずっと早い。
そうだ。そうじゃない。
最初から、今までずっと。
シャーロット・シェーンシュティットは、そういう人間で、そう言う生き方をしてきたんじゃない。
それなのに、どうしてか今回に限ってはごちゃごちゃ考えてしまった。
ぐちゃぐちゃ考えるばかりで『でもでも』『だって』を繰り返して、逃げていた。それに気づいて、私は内心ため息を吐いた。
あまりにも私らしからぬ振る舞いだった。
それを正面から指摘されて、ようやく気が付いた。
教えてくれたルークに感謝の気持ちはもちろんある。あるのだけど。
それはそれとして。
訳知り顔で高説を垂れる先輩にはちょっとイラッとしたので。私は素っ気なく彼に言った。
『それはどうも、ありがとうございます、先輩?パン、零してますわ。それと先程先輩宛のお手紙を受け取りました。……ラブレターでしょうか?』
ポケットにしまっていた手紙を取り出すと、見るからにルークが慌てた。最近、彼には良い仲の少女がいるのである。
その彼女からの手紙、と言ったわけでもないのにルークは焦った様子を見せた。
パンを急いで口に放り込んだ彼はそれに噎せた。
そして、慌てて立ち上がろうとしてズボンの裾を踏んで、ソファに倒れ込んだ。
その姿からは、恋愛のスペシャリストには到底見えない。
しらーっとした目で彼を見ていると、取り繕うようにルークは私から手紙を受け取り──あからさまにガックリとしてみせた。
その手紙は、町人から回ってきた回覧板だったからである。
セレグラでの一ヶ月は短いけれど、濃い日々だった。
公爵家の娘が、下働き。
二度とあんな毎日は送れないだろう。
私は侍女のリラに支度を手伝ってもらうと、ザイガー子爵家に向かうことにした。
そして──玄関ホールに向かう、長い階段を降りている途中、で。
突然、背中を押されたのだ。
……侍女の、リラに。
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