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運命の番 2
しおりを挟む「もう私は結婚できないのかなぁ」
泣きながら突っ伏すティナの耳をよしよしと撫でる女性は、彼女の友人であるロレリーナ。猫の獣人族で、第二性はα。
紫のショートカットを揺らしながらティナを慰める。
「ティナは可愛いわよ。だいたい、公衆の面前で別れ話とか何考えてるのかしら!」
ロレリーナはティナを手酷く振った男にカンカンである。
「やっぱりβはβの相手を見つけるべきなのかな……」
「ちょっと、それ言ったら私の恋人までβに取られちゃうじゃない!私の恋人はβなんだから」
そう、ロレリーナの恋人はβだった。
彼女はαではあるが、βの獣人を恋人にしていた。それがどれほど異端なことであるかは、みなが知るところだ。彼女は苛立たしげに言った。
「だいたい、運命の番かどうかなんて結局自己判断でしかないじゃない。ただの一目惚れかもしれないわよ」
「それを言ったら元も子もないような……」
ふと、ティナは思いついたことを尋ねた。
「ロレリーナはΩのフェロモンを感じないの?」
「感じないわよ。元からあんまり感じにくい体質だったの。だから、匂いがどうこう、みたいな本能的なのは分からない。私から見たら運命の番なんて動物的すぎるわ。折角、獣ではなく獣人として生を受けているのに、どうしてこう、直感的な感情を一般論とするのかしらね」
よっぽどロレリーナは納得がいっていないのだろう。
(……αはΩと。βはβと結ばれるのが普通……。でも、βの数は著しく少ないから相手を見つけられない)
もう結婚することは諦めた方がいいのか。幸せな結婚は叶わない夢なのか。
ティナには憧れがある。
それは、愛し愛される夫婦、そしてふたりの愛をめいっぱい受けた子供、といった幸せな家庭を持つことだ。
ティナは人口二桁の寂れた村で生を受けたが、彼女がβだと分かると、途端周囲から非難された。
両親はティナという娘など存在していないかのように無視したし、村人はティナを忌み子のように扱った。βで、αとΩのどちらでもないティナは仲間外れで厄介者だったのだ。
村を出てからもう五年が経つ。
十三の時に村を出て、ティナは今十八歳。
彼女をこっぴどく振ったαの男性は、ティナがβであることを知ってもなお、強く求めてくれた稀有な存在だった。
『αとβのカップルがいてもいいじゃないか』
そうやって朗らかに笑ってくれた彼にティナは明るい未来を思い描いたのだ。
結果は、運命の番が現れ彼女は捨てられてしまったが。
突然のことでまだ頭は混乱しているし、彼のことを考えれば考えるほど思い出がよみがえってきて涙が滲んでしまう。
「……ロレリーナ。私、彼とは二年付き合ってたの。そろそろ結婚しようか、って話も出てた」
「ティナ……」
「きっと運命の番のあの子より私の方が彼のこと沢山知ってる。……でも、だめなのね。運命の番の方がずっと……魅力的、なのね」
ティナはショックを受けていた。
それは、こっぴどく振られた、というのも理由の一つだがそれ以上に長年彼と恋人の時間を過ごし、たくさんの思い出を作ってきた、その絆が一瞬で彼に切り捨てられてしまったこと。
運命の番の前には、共に重ねた時間など関係ないのだと思い知らされてしまった。
堪えきれなくなり、ポロポロとティナは涙を流した。いつもは楽しそうにぴょこぴょこと揺れる彼女の耳は、しょんぼり垂れ下がっていて、何とも痛ましい。
「ティナ……。あなたが傷つくことはないわ。悪いのはあの男だもの。いくら運命の番が現れたからって──」
「きみ、泣いてるの?」
ロレリーナの言葉を遮るようにして聞こえてきたのは、見知らぬ青年の声だった。
驚いてそろそろとティナが顔を上げると、涙で滲んだ視界の中、白と翠色の色彩が見えた。
「……?」
「あの、あなたは?」
ロレリーナがすかさずその声の持ち主に尋ねた。
がた、と椅子が引かれる音がする。
どうやらその青年は、ティナの隣に座ったらしかった。
「ぐうぜん話が聞こえてきたんだけど、この兎の女の子、振られちゃったんだ?」
「なに、あなた。この子が気になるの?」
ロレリーナの言葉にティナはびっくりした。
この酒場は王都でもひっそりした場所にあり、さらにふたりは奥まった場所に座っていた。
そこが、彼女たちがいつも集まる定位置だからだ。
だけど、今まで軽薄な人間に声をかけられたことは無かった。男がどういった意図でティナたちに声をかけてきたのかは分からないが、酒場で男が女に声をかける理由などひとつしかない。
「まあね。この子βなんでしょ?αと付き合ってたんだ」
青年の声は少し硬く、刺々しく聞こえた。
彼も、βがαと付き合うことをよく思っていないのだろう。ますますティナは俯いた。
「ちょっと!この子を責めるなら違うテーブルに行ってくれる?」
猛然と抗議するロレリーナに、男は「違う違う」と苦笑した。
「相手の男は馬鹿なことしたなと思ったんだよ」
ふわり、と彼女の茶髪に触れる手があった。顔をあげれば、青年が彼女の頭を撫でている。初対面なのに、嫌悪感がないのは、目の前の彼の手があまりにも丁寧で、優しいからだろうか。頭を撫でる、というより髪を撫でているようにすら感じる、優しい手つきだった。
「あの……」
「かわいそうに、そんなに泣いたら目がとけちゃうよ。あんな男のことでそんなに泣くことない。もったいないよ、その涙は」
未だに滲む視界の中、やはりぼんやりとした白と翠の人影しか見えない。ティナが目を擦ろうとすると、その前に青年がハンカチをティナの目元に押し当てた。
「ほら、擦ったらだめ。腫れちゃうでしょ」
「……あの、ありがとう」
ティナはハンカチを受け取り、まなじりの涙をハンカチで拭うとようやく隣に座る男を正面から見た。
そして、驚いた。
彼女の前にいる男性は、ティナが今まで目にしたどんなひとよりも素晴らしく顔が整っていたからだ。
雪のような、抜きみの刃のような冷たい印象を持たせる、銀色の髪。
木漏れ日が差し込む新緑の森を思わせる、淡い緑の瞳。
吸血鬼のように白い、陶器のような白皙の肌。
白い耳は、犬のように見えるが、恐らく狐だろう。
切れ長の瞳は、冷たい印象を与えそうなものだが、今は柔和な表情をしているからか怖いとは思わなかった。
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