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あの日の記憶
しおりを挟む帰り際、ふと彼女は彼の言葉を思い出した。
以前、彼がフェロモンを感じにくいと話した時、ティナは『ロレリーナみたい』と彼に言ったのだ。
すると彼は、ロレリーナのことを『恋人思いだ』と称した。
彼女にその話をすると、ロレリーナは驚いたようだったが、その意味を理解したように苦笑した。
「へえ、殿下がそんなことを」
「……?」
ロレリーナの反応に、なにか意味があるのかとティナが首を傾げる。そんな彼女に、ロレリーナが小さく笑った。
「Ωの誘惑フェロモンに惑わされないからじゃない?結構便利よ。番のいないαは、番のいるαに比べてかなり強くフェロモンを感じ取るみたいだから。そうそうにαが番を持つのは、そういうフェロモンに耐えかねてだと思うけど」
「そう……。それがいいことなのかは分からないけど、でもそれならセルバロスさんは安心ね」
ティナが微笑んで言うと、ロレリーナは何も言わずに笑みを浮かべるのみだった。
実際、ロレリーナがフェロモンを感じ取らないのは彼女の体質ではない。
むしろ、彼女は生まれつきΩの誘惑フェロモンを強く嗅ぎ取ってしまうタイプだった。
それを、彼女は違法薬物であるフェロモン相殺剤を摂取して、意図的に感じ取れないようにしているのだ。
ティナの言葉を聞いて、彼が『恋人思いだ』と言ったということは……。
(きっと、彼も同じなのでしょうね)
ロレリーナは、恋人に薬を飲んでいることを言おうとは思わない。彼女が違法薬物を摂取していると知れば、恋人思いの彼はきっと悩んでしまうだろうから。
そして、それはティナも同じだろう。
ロベートが彼女に隠したがっている理由は、ロレリーナにも分かった。彼女も同じ気持ちだからだ。
ロレリーナは、くすぐったそうにくすくすと笑うと、初恋に悩んでいるらしい友人を見た。
ロレリーナにとって、今のティナはまるで初恋を知ったばかりのように見える。
「あなたも愛されてるわよ。じゅうぶんね」
ロレリーナの元を訪ねた彼女は、その足でロベートの元に向かおうことにした。
気持ちが定まって、彼女は早く彼に伝えたかった、今の素直な気持ちを。
急がなくていいと言われたが、今すぐ、彼女は彼の顔を見たかった。
ロレリーナの家から、彼の邸宅に向かうには少し距離がある。ロレリーナの家に長居したこともあり、辿り着くのは夕方になってしまうだろう。
もう少し行けば、ティナの家と、彼の家に別れる二手の道が現れる。その道を曲がれば、ようやく坂道が現れ、彼の邸宅が見えてくるのだ。
彼女が足を進めていると、ふとティナの家の道の方に見知った顔の男が立っていることに気がついた。
最初は見間違いかと思った。
だけど、近づくにつれ、その人物はティナがよく知る獣人だった。
「え……」
困惑した声をティナが出すと、向こうの彼もティナに気がついたのだろう。
ずっと待っていたのだろうか。
手持ち無沙汰そうにしていた彼は、ティナを見るとホッとしたような顔をした。
「ティナ。良かった、待っていたんだ」
そこにいたのは、彼女に別れを切り出した元恋人だった。
ティナはただひたすら驚いて、足を止めた。
呆然とする彼女の前に、彼がやってくる。
久しぶりに会った彼は、知らない人のように見えた。
(こんな顔だったっけ……?それに、少し雰囲気が変わった?ような気がする……)
それとも、ただ単純にティナが彼を忘れ始めていたのだろうか。戸惑う彼女の手を取ると、彼は大きな声で言った。
「ティナ!ごめん!!」
「え……」
「俺がばかだった。もう一度俺とやり直して欲しい」
「ちょ、ちょっと待って……」
ティナはひとたすら、目を白黒させた。
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──そうだ。ティナは彼に振られたのだ。
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「いや、ほんとうにごめんよ。実はあの後、なんだか急に彼女に魅力を感じなくなったんだ。愛おしいとも思わないし、抱きしめたいとも思わない。ヒートが来ても、子作りしようとすら思えないんだ……。ティナ、俺が愛しているのはお前だけだ。俺たちやり直そう」
「ま……待って……」
ティナの声は掠れ、吐息にすらならなかった。
彼女は今、恐怖を覚えていた。
彼は何を言っているのだろう?
彼女の理解を超えて、彼を恐ろしいと感じた。
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