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あの日の記憶 2
しおりを挟む「俺とやり直そう!今度こそきみだけを大切にするから……」
そのまま、彼は感極まったようにティナを抱きしめようとした。
それにハッとして、ようやく彼女は状況を理解したように彼の胸を押して距離をとった。
「やめて!何言ってるの!?あなた……Ωの女の子はどうするのよ。番なんでしょう?首を噛んだのに別れるなんて……最低だわ」
Ωは、αに首を噛まれたらそのαに囚われてしまう。誘惑フェロモンはそのαにしか感知できなくなるが、ヒートが訪れるとΩはそのαにしか体が反応しなくなるのだ。
ヒート期間に、運命の番に抱かれないΩの末路は悲惨なもので、発狂死してしまうと聞いた。
ティナが嫌悪感もあらわに眉を寄せると、彼は焦ったように手を振った。
「運命の番なんかじゃない。あれは勘違いだった」
「何を言ってるの……」
ティナはただひたすら、呆然とした。
彼はこんなにも責任感がない獣人だっただろうか。勘違いだった、なんて。
呆然とする彼女に彼はひたすら、ティナをどれだけ愛しているから語るが、しかし彼女には一切響かない。
むしろ、彼が愛を乞う度に彼に幻滅したし、嫌悪した。
彼女の反応が鈍いことに気がついたのだろう。
彼は、身を乗り出して必死に言い募った。
「βがαと一緒にいることに、まだ気兼ねしているのか?言っただろう。βとαのカップルがいてもいいじゃないかって。世間の目なんか気にしなくたっていい」
「そうじゃなくて……」
そこでふと、彼女はその言葉に引っ掛かりを覚えた。
『βとαのカップルがいてもいいじゃないか』
彼と出会ってすぐの頃。
彼は恋愛に消極的だったティナにそう言って笑った。彼女はその言葉に背中を押され、彼との交際を決めた。
(でも……違う。あの時じゃなくて)
もっと前に、彼女はその言葉を聞いたことがあるような気がした。
(場所は……?そう、たしか……静かで、落ち着いていて……)
どこで聞いたのだろう?
誰に言われたのだろう。
あと少しで思い出せそうなのに、焦っているためかそのきっかけが掴めない。
村、そう。村だ。
ティナは十三まで村を出たことがない。
その中で、彼女はある日──。
突然黙り込んだ彼女に、彼は焦れたようだった。乱暴にもティナの肩を掴むと顔を近づけて、彼女に迫る。
「愛してるんだ!一緒に暮らそう」
「きゃっ……!離して!私はもうあなたを好きではないわ」
ティナが抵抗し、彼の手を振りほどこうとした時だった。
「俺の恋人に無体な真似をするのはやめてくれないかな」
はっとしてティナが後ろを振り向くと、ロベートが立っていた。いつの間に現れたのだろう。
ティナも男も、互いに必死で全くまわりを見ていなかった。
驚いた彼女が目を見開いていると、彼は男の手がティナの肩に触れているのを見て眉を寄せた。
そして、足早に彼らに近づくと乱暴に男の手を彼女の肩から引き剥がす。
男は、突然現れた美しい青年に意識を奪われていたようだったが、やがて小さく呟いた。
「……恋人?」
「そうですよ、ティナは俺の恋人だ。あなたは?初めて見る顔ですが……彼女の知り合いでしょうか」
彼は、ティナの肩を抱き寄せて男に言った。
男は、しばらく呆然としていたがみるみるうちに顔を青ざめさせる。
「嘘だ!ティナは俺のことが好きなんだ!だいたいお前もαだろ?彼女はβだ!」
「だからなんです?αとβが一緒にいてもいいでしょう。それを禁ずる法はありませんし、それ以前に、あなたにはもう心に決めた女性がいると聞いています。今更彼女に言いよる権利はないのでは?」
彼の冷たい言葉に、男は反論できないのかぐっと黙った。
そしてティナは、ふたりの会話を聞きながらも彼のその言葉に大きな既視感を覚えていた。
『αとβが一緒にいてもいいだろ』
(そう、そうだわ)
あの日。あの陽射しの下。
木漏れ日を受けて、傲慢に、だけど少し照れくさそうに笑った少年。
彼は確か──。
「ティナ?」
名前を呼ばれた彼女がハッと我に返ると、既に元恋人の姿はなかった。いつの間にいなくなっていたのだろう。過去に思いを馳せていた彼女は、それに気を取られていて全く気が付かなかった。
彼女は彼の声に言葉を返すことも出来ず、食い入るように彼を見つめた。
あの頃よりも、顔立ちが精悍になった。
不貞腐れたような、世間を斜めに見ているような傷ついていた瞳は、今は優しさと気遣いの色だけを浮かべ、ただティナを見つめている。
細かった手足は、ずいぶん太くなり、背も伸びた。あの頃はティナと背丈も変わらなかったように見えたのに。
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