悪名高い私ですので、今さらどう呼ばれようと構いません。

ごろごろみかん。

文字の大きさ
3 / 9

そうじゃなくて。そうじゃないんです。

 二日後の夜会。
今までを思えばとうぜんだが、当たり前のようジェラルド様はフローレンス様を伴って夜会へと向かった。
今日の夜会は以前注意を受けた、かのリドランス公爵主催のものだというのに、彼は何を考えているのかしら……。
私は、すっかりお馴染みとなったお兄様をエスコート役に任命し、夜会会場へと向かった。
馬車の中で、お兄様は、毎回のことだというのに、しみじみ私を見つめる。

「お前も、もう少し可愛げがあれば……」

そのため、私もお馴染みの返しをするまでである。

「そうですわね。ですが、お母様の愛らしい要素は全てお兄様に持っていかれてしまいましたから」

「うーん、顔の造形は悪くないんだよ。何せ、俺の妹だ。お前には笑顔が足りない。笑え」

兄は慣れたようにそう言う。これも、お馴染みのことである。しかし、楽しくもないのに笑えるはずがない。
じっと兄に抗議の視線を向けると、途端彼はにっこりと笑った。

「俺は可愛いと思うよ。うん」

「…………ありがとうございます」

身内びいきとはいえ、褒められて嬉しくないわけではない。短くお礼を言うと、お兄様はぼそりと言葉を付け加えた。

「それに、お前に可愛げがないのはお前だけの責任じゃない」

「はあ……」

何を言い出すんだと胡乱な視線を兄に向けると、彼は得意げに言った。

「お前はまだ知らないだろうけど。女性は恋をすると可愛くなる」

「そうですか」

「お前は……ほんとうに冷たいな。久しぶりに兄に会ったとは思えない」

「お兄様は相変わらずお元気そうで安心しました」

「うん……うん……。そうじゃないんだよ……」

お兄様はまだぶつぶつ言っていたが、私はすべて黙殺した。正直、まったく気は進まないが夜会には参加しなければならない。
私は伯爵夫人なのだから。
それに、今日の夜会の目的は別にある。いつものように、貴族の嫌味や苦言を相手にする時間は、普段よりは少ない……はず。

(そう思いたいけど……)

なにせ、ジェラルド様があの調子だ。
ただでさえ、社交界は成り上がり者に厳しい。いつものことではあるけど、さすがに気乗りしない。

兄は、私とは違い、お母様似の桃色の髪をしている。
お母様は桃色の髪を持った、可愛らしく可憐な方だ。小柄で華奢で、フローレンス様とどこか似た雰囲気がある。
だけど実際、お母様は家族の中で誰より気が強い。剣の腕もそうとうなもので、突きが鋭い。未だに、私は母の剣技に敵わない。

(お兄様は、お母様はの要素を全て持っていったかのような方だけど……)

桃色の髪に薄緑の瞳。優しげな顔立ちに、柔和な雰囲気。話し方や性格も、お母様似だと思う。

私は、間違いなくお父様に似たのだと思う。髪の色もそうだし、この性格もそう。無口で、必要以上の会話をしない。どこか冷たそうに見える──とはよく言われたものだ。

昔──ジェラルド様と婚約したばかりの頃は、少しはお母様のように振る舞ったほうがいいのかもしれないと悩んだけれど。
結局、私には無理だった。生産性のない会話をだらだらとするのは趣味じゃないし、ちまちまと刺繍を刺すのも性にあっていない。
必要なら出来なくもないが、進んでやるほどのめり込めなかった。

そんなことを考えているうちに、本日のホスト。リドランス公爵邸に到着した。
兄の手を借りて、馬車を降りる。
途端、あからさまな視線に取り囲まれ、既に鬱屈とした気分になった。

好奇、憐憫、嘲笑、侮蔑、嫌悪、同情、愉悦。

様々な視線が向けられるが、そのどれひとついいものではない。

(いい加減、貴族という生き物を嫌いになりそうになる……)

伝統やしきたりは大切だ。
マナーや礼儀は、歴史を守るためにも必要なものだとわかっている。それでも。

(扇で口元を隠して、嘲笑う女性の姿は、見ていて気持ちのいいものじゃない)

そんなことを考えながら、会場に入場した。


挨拶もそこそこに、私は化粧室へと向かった。ヒールは苦手だ。なにより、重心が安定しない。いざとなればこれも武器のひとつになるのかもしれないけど、戦闘には不向きだと思わざるを得ない。
ドレスのポケットから手巾を取り出し(本来はドレスにポケットは着いていないのだけど、オーダーメイドして作らせた)手を拭う。
その時、背後で靴音が聞こえた。
振り向けば、そこにいたのは。

「……ごきげんよう、フローレンス様」

そこにいたのは、心細げな顔をした、緑の髪を持つ少女だった。彼女は咄嗟に──何を危惧したのか、周囲に視線を走らせ、胸の前で指を絡ませた。不安の現れだろう。

彼女とはあまり言葉を交わしたことはないが、彼女が私を苦手としているのはそれだけてじゅうぶんに伝わってきた。彼女は、夜会の度に私を放置してエスコートされることに引け目を感じているのだろう。だから、気まずく思っている。

ジェラルド様に思うところはあるが、それはあくまで彼の行動、思考からくるものだ。フローレンス様を責めるつもりはなかった。

彼女の不安を和らげるつもりで、世間話を振ってみる。

「夜会は楽しまれていますか?」

彼女は、びっくりしたように目を見開いた、あと──。ぶわり、とその夜空のような瞳に涙を滲ませた。

(泣っ……!?)

まさかいきなり泣き出すとは思わず、さすがに焦る。固まる私の前で、彼女は嗚咽を漏らした。

「わ、私の存在がご不快なのは……学のない私でも、わかります。でも、どうかお許しくださらないでしょうか……。わ、私は日陰に置かれて構いません。ですからどうか、ジェラルド様は……」

と、つらつらと斜め上の内容を語り始めた。
まさかこんなところで話を切り出されるとは思っていなかったので、面食らう。
瞬きを繰り返していると、目の前でフローレンス様は大粒の涙を次から次に零す。
その様子を見てから、私はちいさく、息を吐いた。
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】元妃は多くを望まない

つくも茄子
恋愛
シャーロット・カールストン侯爵令嬢は、元上級妃。 このたび、めでたく(?)国王陛下の信頼厚い側近に下賜された。 花嫁は下賜された翌日に一人の侍女を伴って郵便局に赴いたのだ。理由はお世話になった人達にある書類を郵送するために。 その足で実家に出戻ったシャーロット。 実はこの下賜、王命でのものだった。 それもシャーロットを公の場で断罪したうえでの下賜。 断罪理由は「寵妃の悪質な嫌がらせ」だった。 シャーロットには全く覚えのないモノ。当然、これは冤罪。 私は、あなたたちに「誠意」を求めます。 誠意ある対応。 彼女が求めるのは微々たるもの。 果たしてその結果は如何に!?

【完結】徒花の王妃

つくも茄子
ファンタジー
その日、王妃は王都を去った。 何故か勝手についてきた宰相と共に。今は亡き、王国の最後の王女。そして今また滅びゆく国の最後の王妃となった彼女の胸の内は誰にも分からない。亡命した先で名前と身分を変えたテレジア王女。テレサとなった彼女を知る数少ない宰相。国のために生きた王妃の物語が今始まる。 「婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?」の王妃の物語。単体で読めます。

【完結】ある二人の皇女

つくも茄子
ファンタジー
美しき姉妹の皇女がいた。 姉は物静か淑やかな美女、妹は勝気で闊達な美女。 成長した二人は同じ夫・皇太子に嫁ぐ。 最初に嫁いだ姉であったが、皇后になったのは妹。 何故か? それは夫が皇帝に即位する前に姉が亡くなったからである。 皇后には息子が一人いた。 ライバルは亡き姉の忘れ形見の皇子。 不穏な空気が漂う中で謀反が起こる。 我が子に隠された秘密を皇后が知るのは全てが終わった時であった。 他のサイトにも公開中。

『ブスと結婚とか罰ゲーム』と言われた商人令嬢ですが、結婚式で婚約者の不正を暴いたら幼馴染の騎士様が味方でした

大棗ナツメ
恋愛
「なんで、お前みたいなブスと結婚しないといけないんだ」 そう言い放ったのは、結婚を一週間後に控えた婚約者だった。 商人の娘エフィは、持参金目当ての政略結婚を受け入れていたが、彼からは日常的に「ブス」「価値がない」と罵られていた。 そんなある日、エフィは父の商会の帳簿から男爵家の不審な金の流れを発見する。 さらに婚約者が娼婦と歩いているところを目撃し―― 「泣く暇があるなら策を考えなさい」 昔、自分が言った言葉を思い出したエフィは決意する。 結婚式の日、すべてを暴くと。 そして再会したのは、かつて「姉さん」と慕ってくれた幼馴染の騎士レオンだった。 これは、ブスと蔑まれた商人令嬢が、 結婚式で運命をひっくり返す逆転劇。

【完結】貶められた緑の聖女の妹~姉はクズ王子に捨てられたので王族はお断りです~

魯恒凛
恋愛
薬師である『緑の聖女』と呼ばれたエリスは、王子に見初められ強引に連れていかれたものの、学園でも王宮でもつらく当たられていた。それなのに聖魔法を持つ侯爵令嬢が現れた途端、都合よく冤罪を着せられた上、クズ王子に純潔まで奪われてしまう。 辺境に戻されたものの、心が壊れてしまったエリス。そこへ、聖女の侍女にしたいと連絡してきたクズ王子。 後見人である領主一家に相談しようとした妹のカルナだったが…… 「エリスもカルナと一緒なら大丈夫ではないでしょうか……。カルナは14歳になったばかりであの美貌だし、コンラッド殿下はきっと気に入るはずです。ケアードのためだと言えば、あの子もエリスのようにその身を捧げてくれるでしょう」 偶然耳にした領主一家の本音。幼い頃から育ててもらったけど、もう頼れない。 カルナは姉を連れ、国を出ることを決意する。 【無断転載・AI利用禁止 / No Unauthorized Use or AI Training】 本作品の無断転載・複製・AI学習利用を禁じます。 Unauthorized reproduction or use for AI training is strictly prohibited. © 魯恒凛 / RoKourin

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

王妃を蔑ろにし、愛妾を寵愛していた王が冷遇していた王妃と入れ替わるお話。

ましゅぺちーの
恋愛
王妃を蔑ろにして、愛妾を寵愛していた王がある日突然その王妃と入れ替わってしまう。 王と王妃は体が元に戻るまで周囲に気づかれないようにそのまま過ごすことを決める。 しかし王は王妃の体に入ったことで今まで見えてこなかった愛妾の醜い部分が見え始めて・・・!? 全18話。

「美しい女性(ヒト)、貴女は一体、誰なのですか?」・・・って、オメエの嫁だよ

猫枕
恋愛
家の事情で12才でウェスペル家に嫁いだイリス。 当時20才だった旦那ラドヤードは子供のイリスをまったく相手にせず、田舎の領地に閉じ込めてしまった。 それから4年、イリスの実家ルーチェンス家はウェスペル家への借金を返済し、負い目のなくなったイリスは婚姻の無効を訴える準備を着々と整えていた。 そんなある日、領地に視察にやってきた形だけの夫ラドヤードとばったり出くわしてしまう。 美しく成長した妻を目にしたラドヤードは一目でイリスに恋をする。 「美しいひとよ、貴女は一体誰なのですか?」 『・・・・オメエの嫁だよ』 執着されたらかなわんと、逃げるイリスの運命は?