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そうじゃなくて。そうじゃないんです。
二日後の夜会。
今までを思えばとうぜんだが、当たり前のようジェラルド様はフローレンス様を伴って夜会へと向かった。
今日の夜会は以前注意を受けた、かのリドランス公爵主催のものだというのに、彼は何を考えているのかしら……。
私は、すっかりお馴染みとなったお兄様をエスコート役に任命し、夜会会場へと向かった。
馬車の中で、お兄様は、毎回のことだというのに、しみじみ私を見つめる。
「お前も、もう少し可愛げがあれば……」
そのため、私もお馴染みの返しをするまでである。
「そうですわね。ですが、お母様の愛らしい要素は全てお兄様に持っていかれてしまいましたから」
「うーん、顔の造形は悪くないんだよ。何せ、俺の妹だ。お前には笑顔が足りない。笑え」
兄は慣れたようにそう言う。これも、お馴染みのことである。しかし、楽しくもないのに笑えるはずがない。
じっと兄に抗議の視線を向けると、途端彼はにっこりと笑った。
「俺は可愛いと思うよ。うん」
「…………ありがとうございます」
身内びいきとはいえ、褒められて嬉しくないわけではない。短くお礼を言うと、お兄様はぼそりと言葉を付け加えた。
「それに、お前に可愛げがないのはお前だけの責任じゃない」
「はあ……」
何を言い出すんだと胡乱な視線を兄に向けると、彼は得意げに言った。
「お前はまだ知らないだろうけど。女性は恋をすると可愛くなる」
「そうですか」
「お前は……ほんとうに冷たいな。久しぶりに兄に会ったとは思えない」
「お兄様は相変わらずお元気そうで安心しました」
「うん……うん……。そうじゃないんだよ……」
お兄様はまだぶつぶつ言っていたが、私はすべて黙殺した。正直、まったく気は進まないが夜会には参加しなければならない。
私は伯爵夫人なのだから。
それに、今日の夜会の目的は別にある。いつものように、貴族の嫌味や苦言を相手にする時間は、普段よりは少ない……はず。
(そう思いたいけど……)
なにせ、ジェラルド様があの調子だ。
ただでさえ、社交界は成り上がり者に厳しい。いつものことではあるけど、さすがに気乗りしない。
兄は、私とは違い、お母様似の桃色の髪をしている。
お母様は桃色の髪を持った、可愛らしく可憐な方だ。小柄で華奢で、フローレンス様とどこか似た雰囲気がある。
だけど実際、お母様は家族の中で誰より気が強い。剣の腕もそうとうなもので、突きが鋭い。未だに、私は母の剣技に敵わない。
(お兄様は、お母様はの要素を全て持っていったかのような方だけど……)
桃色の髪に薄緑の瞳。優しげな顔立ちに、柔和な雰囲気。話し方や性格も、お母様似だと思う。
私は、間違いなくお父様に似たのだと思う。髪の色もそうだし、この性格もそう。無口で、必要以上の会話をしない。どこか冷たそうに見える──とはよく言われたものだ。
昔──ジェラルド様と婚約したばかりの頃は、少しはお母様のように振る舞ったほうがいいのかもしれないと悩んだけれど。
結局、私には無理だった。生産性のない会話をだらだらとするのは趣味じゃないし、ちまちまと刺繍を刺すのも性にあっていない。
必要なら出来なくもないが、進んでやるほどのめり込めなかった。
そんなことを考えているうちに、本日のホスト。リドランス公爵邸に到着した。
兄の手を借りて、馬車を降りる。
途端、あからさまな視線に取り囲まれ、既に鬱屈とした気分になった。
好奇、憐憫、嘲笑、侮蔑、嫌悪、同情、愉悦。
様々な視線が向けられるが、そのどれひとついいものではない。
(いい加減、貴族という生き物を嫌いになりそうになる……)
伝統やしきたりは大切だ。
マナーや礼儀は、歴史を守るためにも必要なものだとわかっている。それでも。
(扇で口元を隠して、嘲笑う女性の姿は、見ていて気持ちのいいものじゃない)
そんなことを考えながら、会場に入場した。
挨拶もそこそこに、私は化粧室へと向かった。ヒールは苦手だ。なにより、重心が安定しない。いざとなればこれも武器のひとつになるのかもしれないけど、戦闘には不向きだと思わざるを得ない。
ドレスのポケットから手巾を取り出し(本来はドレスにポケットは着いていないのだけど、オーダーメイドして作らせた)手を拭う。
その時、背後で靴音が聞こえた。
振り向けば、そこにいたのは。
「……ごきげんよう、フローレンス様」
そこにいたのは、心細げな顔をした、緑の髪を持つ少女だった。彼女は咄嗟に──何を危惧したのか、周囲に視線を走らせ、胸の前で指を絡ませた。不安の現れだろう。
彼女とはあまり言葉を交わしたことはないが、彼女が私を苦手としているのはそれだけてじゅうぶんに伝わってきた。彼女は、夜会の度に私を放置してエスコートされることに引け目を感じているのだろう。だから、気まずく思っている。
ジェラルド様に思うところはあるが、それはあくまで彼の行動、思考からくるものだ。フローレンス様を責めるつもりはなかった。
彼女の不安を和らげるつもりで、世間話を振ってみる。
「夜会は楽しまれていますか?」
彼女は、びっくりしたように目を見開いた、あと──。ぶわり、とその夜空のような瞳に涙を滲ませた。
(泣っ……!?)
まさかいきなり泣き出すとは思わず、さすがに焦る。固まる私の前で、彼女は嗚咽を漏らした。
「わ、私の存在がご不快なのは……学のない私でも、わかります。でも、どうかお許しくださらないでしょうか……。わ、私は日陰に置かれて構いません。ですからどうか、ジェラルド様は……」
と、つらつらと斜め上の内容を語り始めた。
まさかこんなところで話を切り出されるとは思っていなかったので、面食らう。
瞬きを繰り返していると、目の前でフローレンス様は大粒の涙を次から次に零す。
その様子を見てから、私はちいさく、息を吐いた。
今までを思えばとうぜんだが、当たり前のようジェラルド様はフローレンス様を伴って夜会へと向かった。
今日の夜会は以前注意を受けた、かのリドランス公爵主催のものだというのに、彼は何を考えているのかしら……。
私は、すっかりお馴染みとなったお兄様をエスコート役に任命し、夜会会場へと向かった。
馬車の中で、お兄様は、毎回のことだというのに、しみじみ私を見つめる。
「お前も、もう少し可愛げがあれば……」
そのため、私もお馴染みの返しをするまでである。
「そうですわね。ですが、お母様の愛らしい要素は全てお兄様に持っていかれてしまいましたから」
「うーん、顔の造形は悪くないんだよ。何せ、俺の妹だ。お前には笑顔が足りない。笑え」
兄は慣れたようにそう言う。これも、お馴染みのことである。しかし、楽しくもないのに笑えるはずがない。
じっと兄に抗議の視線を向けると、途端彼はにっこりと笑った。
「俺は可愛いと思うよ。うん」
「…………ありがとうございます」
身内びいきとはいえ、褒められて嬉しくないわけではない。短くお礼を言うと、お兄様はぼそりと言葉を付け加えた。
「それに、お前に可愛げがないのはお前だけの責任じゃない」
「はあ……」
何を言い出すんだと胡乱な視線を兄に向けると、彼は得意げに言った。
「お前はまだ知らないだろうけど。女性は恋をすると可愛くなる」
「そうですか」
「お前は……ほんとうに冷たいな。久しぶりに兄に会ったとは思えない」
「お兄様は相変わらずお元気そうで安心しました」
「うん……うん……。そうじゃないんだよ……」
お兄様はまだぶつぶつ言っていたが、私はすべて黙殺した。正直、まったく気は進まないが夜会には参加しなければならない。
私は伯爵夫人なのだから。
それに、今日の夜会の目的は別にある。いつものように、貴族の嫌味や苦言を相手にする時間は、普段よりは少ない……はず。
(そう思いたいけど……)
なにせ、ジェラルド様があの調子だ。
ただでさえ、社交界は成り上がり者に厳しい。いつものことではあるけど、さすがに気乗りしない。
兄は、私とは違い、お母様似の桃色の髪をしている。
お母様は桃色の髪を持った、可愛らしく可憐な方だ。小柄で華奢で、フローレンス様とどこか似た雰囲気がある。
だけど実際、お母様は家族の中で誰より気が強い。剣の腕もそうとうなもので、突きが鋭い。未だに、私は母の剣技に敵わない。
(お兄様は、お母様はの要素を全て持っていったかのような方だけど……)
桃色の髪に薄緑の瞳。優しげな顔立ちに、柔和な雰囲気。話し方や性格も、お母様似だと思う。
私は、間違いなくお父様に似たのだと思う。髪の色もそうだし、この性格もそう。無口で、必要以上の会話をしない。どこか冷たそうに見える──とはよく言われたものだ。
昔──ジェラルド様と婚約したばかりの頃は、少しはお母様のように振る舞ったほうがいいのかもしれないと悩んだけれど。
結局、私には無理だった。生産性のない会話をだらだらとするのは趣味じゃないし、ちまちまと刺繍を刺すのも性にあっていない。
必要なら出来なくもないが、進んでやるほどのめり込めなかった。
そんなことを考えているうちに、本日のホスト。リドランス公爵邸に到着した。
兄の手を借りて、馬車を降りる。
途端、あからさまな視線に取り囲まれ、既に鬱屈とした気分になった。
好奇、憐憫、嘲笑、侮蔑、嫌悪、同情、愉悦。
様々な視線が向けられるが、そのどれひとついいものではない。
(いい加減、貴族という生き物を嫌いになりそうになる……)
伝統やしきたりは大切だ。
マナーや礼儀は、歴史を守るためにも必要なものだとわかっている。それでも。
(扇で口元を隠して、嘲笑う女性の姿は、見ていて気持ちのいいものじゃない)
そんなことを考えながら、会場に入場した。
挨拶もそこそこに、私は化粧室へと向かった。ヒールは苦手だ。なにより、重心が安定しない。いざとなればこれも武器のひとつになるのかもしれないけど、戦闘には不向きだと思わざるを得ない。
ドレスのポケットから手巾を取り出し(本来はドレスにポケットは着いていないのだけど、オーダーメイドして作らせた)手を拭う。
その時、背後で靴音が聞こえた。
振り向けば、そこにいたのは。
「……ごきげんよう、フローレンス様」
そこにいたのは、心細げな顔をした、緑の髪を持つ少女だった。彼女は咄嗟に──何を危惧したのか、周囲に視線を走らせ、胸の前で指を絡ませた。不安の現れだろう。
彼女とはあまり言葉を交わしたことはないが、彼女が私を苦手としているのはそれだけてじゅうぶんに伝わってきた。彼女は、夜会の度に私を放置してエスコートされることに引け目を感じているのだろう。だから、気まずく思っている。
ジェラルド様に思うところはあるが、それはあくまで彼の行動、思考からくるものだ。フローレンス様を責めるつもりはなかった。
彼女の不安を和らげるつもりで、世間話を振ってみる。
「夜会は楽しまれていますか?」
彼女は、びっくりしたように目を見開いた、あと──。ぶわり、とその夜空のような瞳に涙を滲ませた。
(泣っ……!?)
まさかいきなり泣き出すとは思わず、さすがに焦る。固まる私の前で、彼女は嗚咽を漏らした。
「わ、私の存在がご不快なのは……学のない私でも、わかります。でも、どうかお許しくださらないでしょうか……。わ、私は日陰に置かれて構いません。ですからどうか、ジェラルド様は……」
と、つらつらと斜め上の内容を語り始めた。
まさかこんなところで話を切り出されるとは思っていなかったので、面食らう。
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