〈完結〉前世と今世、合わせて2度目の白い結婚ですもの。場馴れしておりますわ。

ごろごろみかん。

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1.本日はお日柄も良く、離縁日和です

花恋の一生

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「恥知らずにも戻ってきたのか!」

パン、と頬に熱が走る。
打たれた衝撃で、私は床に倒れ伏した。

「旦那様……!」

「婚家から逃げてきたなど恥ずかしくないのか!?今すぐ謝りに行け!!」

久しぶりに会ったお父様は、私のことをひたすら責めた。
お父様は、旦那様の愛人のことを既に知っていたようだ。

「お前が至らない妻だから、そうなったのだろう!高階の面汚しめ!」

怒鳴られて、叱られて、怒られて。

打たれた頬が痛い。
私は俯いて、風呂敷をぎゅっと胸に抱いた。

お父様を宥める使用人の声は聞こえてきたけど、誰も私のことを庇わなかった。

その時になって、ようやく知った。

私の行いは、婚家から逃げ出してきた、恥知らずなものなのだと。

……どこにも、私の居場所なんてなかったのだ。

高階の屋敷を追い出される直前、私はハッと思い出して、お父様に縋るように尋ねた。

「お母様の形見を知りませんか?ここに置いてきてしまったようなのです」

「なんだと……?貴重品の管理すら、お前はままならんのか!そんなので、字波の妻が務まるのか!?いいか。お前の行いは、高階の名に直結するのだ。お前のその、一挙手一投足が、我が家の評価に繋がるのだからな!それを忘れるんじゃない!」




──私は高階の家に戻った。

離れに向かうと、そこに彼らの姿はなかった。

「旦那様がたは、母屋にいらっしゃいます」

家政婦長に言われて、私はその足で母屋に向かった。

まずは、謝らなければならない。
勢いに任せて家を出てしまったことを。

ほんとうは、謝りたくなんてない。

あの子供は、どう見ても私との婚約よりも前に、 生まれている。
彼は黙っていたのだ。
愛人との間に既に子がいることを、彼は隠していた。

どうして、私が謝らなければならないの?
謝るべきは、正一さんの方でしょう。

そう思うけど、それが通用しない世界であることは、身をもって知っている。

所詮、これは金で買われた結婚。
金で、家名を買われたのだ。

私の立場は弱く、抗議することすら許されない。

……こんなの。こんな結婚、したくなんてなかった。

逃げたい。でも、どこに?
逃げ場所なんてない。

私に今できるのは、これ以上、高階の名を汚さないように行動することだけ。
私は、高階の娘なのだから。

旦那様の部屋に向かう。
襖の前で正座し、声をかけようとしたその時。



「こんな素敵なものを、私がもらってもいいのですか?」

女の声が聞こえた。
千代、と呼ばれていたひとだろう。
思わず、ぐっと息を呑む。

(……今、あのひとがここにいるのね)

そう思うと、氷を飲んだかのように声が出なくなってしまった。

「どうせあの女はもう戻ってこない。帰ってきても、追い返してやるさ。もう、婚姻関係による利益はもらった。あの女は用済みなんだよ」

「でも、こんな立派な着物……」

女の、恐れるような声。
続いて、男が笑う。

「あの女よりもあなたの方がずっと似合っている。少し古臭く柄も変わっているが、それでも一流品だ。ほら、あててごらん」

私は、思わず襖をスパンッと開け放ってしまった。

「きゃあっ……!?」

「うわ……花恋!?戻ってきたのか!!」

寄り添い合う男女の姿。
そして、女の手には。
有職文様の美しい、黒留袖の着物。
カッと頭に血が上った。

それは、その着物は、あなたが触れていいものじゃない……!

「返して……!!」

悲鳴のような声が零れた。

(お母様の、形見……!!)

どうして、こんなところにあるの。
どうして、この女が触れているの!!

飛びかかった私に、女が悲鳴をあげる。
旦那様の怒声が聞こえた。

「おい!やめないか!!おい!!」

「きゃああ!!お許しを、お許しを!!」

口ばかりの謝罪を口にして、女は泣き叫ぶ。

私は強引に着物を掴んだ。
これは、母が嫁入り道具に、と祖母から持たされたもの。
母が亡くなり、私が譲り受けた。

それを、それを、それを……!
この女は、このひとたちは、勝手に盗んだのだ!!

「泥棒!!これは私のよ……!!」

強引に着物を取り返した時、後頭部に激しい衝撃が走った。
勢いに押されて、そのまま前のめりに倒れる。

ガシャン!!と硝子の割れる音。
頭はじんじんと鈍く痛む。
倒れた衝撃で目を開けていられない。倒れた私の耳に、色んなひとの声が聞こえてきた。

「奥様!!奥様が!!」

「おい、花恋!!」

「どうなさいました!?……奥様!これは一体何事ですか!?」

「私は知らない!勝手に花恋が転んだんだ!」

「医者を呼びなさい!!奥様が花器に頭をぶつけて……!」

「奥様!奥様!しっかりしてください…….!!」

たくさんのひとの、悲鳴のような声。
畳に伏した頬と首筋が、ぬるい何かに触れる。
少しして、それが私の血だと気が付いた。

──そこで、私、高階改め字波花恋の一生は終わったのだろう。

記憶は、そこで途絶えている。
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