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3.白魔道士カレン、始動です!
猫ちゃんをもらいます
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「そもそも、グレースが嘘さえ吐かなければ俺はあなたを誤解することもなかった!グレースは、あなたを悪しように言っていたんだ。俺はすっかり騙された」
「…………」
「あの女のせいだ。俺の目が節穴だったのが悪い。もちろんそうなのだが……だけど、あなたにグレースを愛していると思われるのは、耐えられない。俺は、あんな女愛していない!」
黙り込んでいたから、好感触だと思ったのだろう。
旦那様は意を得たり、とだんだん饒舌になっていった。
それに反比例して、私の纏う空気が冷たくなっていくことに気付かない。
それから彼は、いかにグレースが悪女で、自分が騙されていたか、そして私を良く思っておるか、熱弁した。
しかし、そんなことを意気揚々と言われても、私のこころは冷えるばかりである。
ようやく、旦那様が私の様子に気がついた。
「カレン……?どうしたんだ?」
「私は」
言葉を区切るようにして、言った。
「旦那様とグレースさんがどういった関係なのか存じ上げませんし、それを知りたいとも思いません。私と旦那様の関係は、仮初の夫婦。書類上の関係であり、それは契約の範疇を出ません」
「なっ……」
いつもは笑ってばかりの私が淡々と話すのが物珍しいのだろう。
少し気圧された様子で、旦那様が息を呑む。
「私に居心地の良さを感じてくださったのは、嬉しいですし、光栄に思います。ですが、過去、恋人関係にあった女性を悪し様に言うのは、正直に言って、不愉快です」
「ふゆっ」
「実際、あなたとグレースさんは恋人という関係ではなかったのかもしれません。それでも、恋人だとあなたは仰いましたよね?つまり、恋人であることを認めていた。それは、あなたご自身の意思だったはずです」
「…………」
「それなのに、すべての責任を彼女ひとりに押し付けて、さも被害者かのように仰るその物言いは……私は、好きではありません」
「カレン……。いや、よく考えてよ。あなたは、グレースに殺されかけたんだよ。あの女は犯罪者だ!」
「その通りです。ですが、あなたとグレースさんが恋人関係にあり、それをあなたご自身が認めていたのは事実です。そうでしょう?」
淡々と、温度を感じさせない声で尋ねると、旦那様は顔を青ざめさせて、黙り込んでしまった。
旦那様と、グレースさんの関係なんてどうでもいい。ほんとうに。
それが真実か偽りか、そんなことよりも、彼が恋人だと過去、発言していた。それが私にとっての全てだ。
何かを持ち上げるために、何かを下げる。
一方的にグレースさんを貶めて、それで私が喜ぶとでも思ったのだろうか。
自尊心を満たされ、優越感を感じるひともいるのかもしれない。
だけど、私はただ、その物言いには不快感を覚えるだけだった。
旦那様と過ごした三年間。
あまり接点はなかったけど、それでも穏やかにこの三年を過ごしてきたつもりだ。
時々顔を合わせれば、世間話くらいはした。
だけど、それだけ。
それなのにいきなり、初恋だのなんだの言われても、こちらとしては面食らうばかりだ。
私は、スッと立ち上がった。
「契約のお話をいたしましょう、旦那様。まずひとつめ、離縁理由ですが……」
話を詰めてこうとすると、彼が苛立ったように叫んだ。
「あなたは……!私にグレースを断罪させておいて、自分ひとりだけ逃げるのか!?私を置いて!」
「……何を仰っているのか、よく分からないのですが」
「あなたがグレースと揉め事を起こさなければ、俺はもしかしたら彼女を愛せたかもしれなかった。その可能性を、あなたが摘み取ったんだ。グレースがあなたを殺そうとした時点で、彼女に未来はなかった。それをわかっていただろう?」
「……旦那様。お願いですから、建設的なお話をしましょう?」
困りきって、私はため息を吐いた。
首を傾げると、旦那様も憤慨したように立ち上がる。
そして、私を真っ直ぐに睨みつけた。
「……嫌だ!」
「お話を進めます。まず、ひとつめ。離縁理由ですが、当初のお話とおり、子供が出来なかったから、といたしました」
私は淡々と言いながら、対面のソファに戻った。
旦那様は答えない。
……ほんとうは、こんな雰囲気で話をするつもりではなかったのだけど。
仕方ない。
今、私に出来ることは、これ以上話が平行線にならないように軌道修正することだけ。
私は、テーブルに置いた契約書を示した。
「そして、ふたつめですが。金額は百万フィランでいかがでしょうか?」
首を傾げる。
無表情でこの仕草は、少し怖いかもしれないと思ったけど、この状況で笑うことなどできない。
「…………俺は離縁しないぞ」
「もう届けは出しております」
「っ……そんなもの、取り下げる!」
「私とあなたの署名があって神殿が受理したら、取り下げ申請をするのはそうとう大変だし、第一、前例がありません。第二に、私は旦那様とふたたび夫婦になる気はありません」
「──」
私が断言すると、旦那様は青の瞳を見開いて絶句した。
それから、ガックリと肩を落とす。
「もう、何をしても遅いのか……?」
「遅い……というより、正直、今になって何を仰っているのかな、という気持ちです」
「つまり、遅いんじゃないか……」
「私はこの三年間、ずっとこの時を待っていましたから……。今、この時になって、今後の楽しみを取り上げると言われたら……流石に私だって怒りますし、嫌だと思います」
「今後の楽しみ……」
旦那様が私の言葉を繰り返す。
どうやら、少しは落ち着いてくれたようだ。
私は、旦那様に尋ねた。
「……この金額では、高すぎますか?」
問いかけた瞬間、旦那様が目を見開いた。
フィランとは、この国──アイライド帝国の通過の単位である。
百フィランは日本円換算だと百五十円ほど。
つまり、私が請求した慰謝料は百五十万円程度(日本円換算)となる。
これでもかなり抑えたつもりだったのだけど、高かったかしら……。
私が頬に手を当てると、金縛りから解けたように旦那様が慌てた様子で答えた。
「た、高くなんかない!我が家は公爵家だ。それくらい出せるに決まってる。だが」
「良かった!安心しました。では、三つ目ですね」
市井に降りてお店を開くにしても、開店費用は必要だものね。
旦那様の返答に安心した私は、次に三つ目の契約事項を口にした。
「いや、待て。その前に俺は離縁なんて」
しないぞ、という声に被せるように、私は言った。
「三つ目の、この邸にあるものをひとつだけ、持ち出す──というものですが」
私は、そこで言葉を切った。
旦那様は戸惑ったように私を見ている。
私はそこでようやく、にっこりと笑って言った。
「スピカをいただきます。私は、三つ目の契約として、このお家に住む猫ちゃんをもらいます」
契約は契約だもの。
履行してもらわないと困るわ。
旦那様がギョッとしたように目を見開いた。
「…………」
「あの女のせいだ。俺の目が節穴だったのが悪い。もちろんそうなのだが……だけど、あなたにグレースを愛していると思われるのは、耐えられない。俺は、あんな女愛していない!」
黙り込んでいたから、好感触だと思ったのだろう。
旦那様は意を得たり、とだんだん饒舌になっていった。
それに反比例して、私の纏う空気が冷たくなっていくことに気付かない。
それから彼は、いかにグレースが悪女で、自分が騙されていたか、そして私を良く思っておるか、熱弁した。
しかし、そんなことを意気揚々と言われても、私のこころは冷えるばかりである。
ようやく、旦那様が私の様子に気がついた。
「カレン……?どうしたんだ?」
「私は」
言葉を区切るようにして、言った。
「旦那様とグレースさんがどういった関係なのか存じ上げませんし、それを知りたいとも思いません。私と旦那様の関係は、仮初の夫婦。書類上の関係であり、それは契約の範疇を出ません」
「なっ……」
いつもは笑ってばかりの私が淡々と話すのが物珍しいのだろう。
少し気圧された様子で、旦那様が息を呑む。
「私に居心地の良さを感じてくださったのは、嬉しいですし、光栄に思います。ですが、過去、恋人関係にあった女性を悪し様に言うのは、正直に言って、不愉快です」
「ふゆっ」
「実際、あなたとグレースさんは恋人という関係ではなかったのかもしれません。それでも、恋人だとあなたは仰いましたよね?つまり、恋人であることを認めていた。それは、あなたご自身の意思だったはずです」
「…………」
「それなのに、すべての責任を彼女ひとりに押し付けて、さも被害者かのように仰るその物言いは……私は、好きではありません」
「カレン……。いや、よく考えてよ。あなたは、グレースに殺されかけたんだよ。あの女は犯罪者だ!」
「その通りです。ですが、あなたとグレースさんが恋人関係にあり、それをあなたご自身が認めていたのは事実です。そうでしょう?」
淡々と、温度を感じさせない声で尋ねると、旦那様は顔を青ざめさせて、黙り込んでしまった。
旦那様と、グレースさんの関係なんてどうでもいい。ほんとうに。
それが真実か偽りか、そんなことよりも、彼が恋人だと過去、発言していた。それが私にとっての全てだ。
何かを持ち上げるために、何かを下げる。
一方的にグレースさんを貶めて、それで私が喜ぶとでも思ったのだろうか。
自尊心を満たされ、優越感を感じるひともいるのかもしれない。
だけど、私はただ、その物言いには不快感を覚えるだけだった。
旦那様と過ごした三年間。
あまり接点はなかったけど、それでも穏やかにこの三年を過ごしてきたつもりだ。
時々顔を合わせれば、世間話くらいはした。
だけど、それだけ。
それなのにいきなり、初恋だのなんだの言われても、こちらとしては面食らうばかりだ。
私は、スッと立ち上がった。
「契約のお話をいたしましょう、旦那様。まずひとつめ、離縁理由ですが……」
話を詰めてこうとすると、彼が苛立ったように叫んだ。
「あなたは……!私にグレースを断罪させておいて、自分ひとりだけ逃げるのか!?私を置いて!」
「……何を仰っているのか、よく分からないのですが」
「あなたがグレースと揉め事を起こさなければ、俺はもしかしたら彼女を愛せたかもしれなかった。その可能性を、あなたが摘み取ったんだ。グレースがあなたを殺そうとした時点で、彼女に未来はなかった。それをわかっていただろう?」
「……旦那様。お願いですから、建設的なお話をしましょう?」
困りきって、私はため息を吐いた。
首を傾げると、旦那様も憤慨したように立ち上がる。
そして、私を真っ直ぐに睨みつけた。
「……嫌だ!」
「お話を進めます。まず、ひとつめ。離縁理由ですが、当初のお話とおり、子供が出来なかったから、といたしました」
私は淡々と言いながら、対面のソファに戻った。
旦那様は答えない。
……ほんとうは、こんな雰囲気で話をするつもりではなかったのだけど。
仕方ない。
今、私に出来ることは、これ以上話が平行線にならないように軌道修正することだけ。
私は、テーブルに置いた契約書を示した。
「そして、ふたつめですが。金額は百万フィランでいかがでしょうか?」
首を傾げる。
無表情でこの仕草は、少し怖いかもしれないと思ったけど、この状況で笑うことなどできない。
「…………俺は離縁しないぞ」
「もう届けは出しております」
「っ……そんなもの、取り下げる!」
「私とあなたの署名があって神殿が受理したら、取り下げ申請をするのはそうとう大変だし、第一、前例がありません。第二に、私は旦那様とふたたび夫婦になる気はありません」
「──」
私が断言すると、旦那様は青の瞳を見開いて絶句した。
それから、ガックリと肩を落とす。
「もう、何をしても遅いのか……?」
「遅い……というより、正直、今になって何を仰っているのかな、という気持ちです」
「つまり、遅いんじゃないか……」
「私はこの三年間、ずっとこの時を待っていましたから……。今、この時になって、今後の楽しみを取り上げると言われたら……流石に私だって怒りますし、嫌だと思います」
「今後の楽しみ……」
旦那様が私の言葉を繰り返す。
どうやら、少しは落ち着いてくれたようだ。
私は、旦那様に尋ねた。
「……この金額では、高すぎますか?」
問いかけた瞬間、旦那様が目を見開いた。
フィランとは、この国──アイライド帝国の通過の単位である。
百フィランは日本円換算だと百五十円ほど。
つまり、私が請求した慰謝料は百五十万円程度(日本円換算)となる。
これでもかなり抑えたつもりだったのだけど、高かったかしら……。
私が頬に手を当てると、金縛りから解けたように旦那様が慌てた様子で答えた。
「た、高くなんかない!我が家は公爵家だ。それくらい出せるに決まってる。だが」
「良かった!安心しました。では、三つ目ですね」
市井に降りてお店を開くにしても、開店費用は必要だものね。
旦那様の返答に安心した私は、次に三つ目の契約事項を口にした。
「いや、待て。その前に俺は離縁なんて」
しないぞ、という声に被せるように、私は言った。
「三つ目の、この邸にあるものをひとつだけ、持ち出す──というものですが」
私は、そこで言葉を切った。
旦那様は戸惑ったように私を見ている。
私はそこでようやく、にっこりと笑って言った。
「スピカをいただきます。私は、三つ目の契約として、このお家に住む猫ちゃんをもらいます」
契約は契約だもの。
履行してもらわないと困るわ。
旦那様がギョッとしたように目を見開いた。
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