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ロウディオ

エピローグのその前に 8

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彼女は優しい声で、わかってる、とでも言いたげな声を出した。

「殿下」

「……呪いが解けたら、僕は二十五歳の僕になる」

ソフィアは頷いた。どこか、期待した、なにか決意を秘めた眼差しだった。手が強ばった。これを尋ねるのは、勇気のいる質問だった。

「ソフィアは……呪いが、解けて欲しい?僕はそんな自分に、なりたくない」

これだけは言える。
今、僕が二十五歳の自分になったところで、きっと関係の修復はむずかしい。これだけこじれているのなら。僕の言葉に、ソフィアは切なげに瞳を細めた。そんな彼女を見て、悔しさにもにた、やりきれなさを感じた。

「僕をロロって呼ばないソフィアといて……本当に僕は、楽しかったのかな」

そんなことソフィアに聞かれても分からないだろう。だけど僕にはわかる。なぜなら、僕も同じようにロウディオだ。二十五歳の僕と根本的な性格が変わってるとは言わない。だから、言いきれる。きっと彼は楽しくなんてなかった。毎日苦しくて、彼女を憎んで、思い通りにならない毎日を苛立たしく思っていた。きっと、楽しくなんてなかった。

「ねえ。ソフィア。僕は……二十五歳の僕に、戻りたくない」

「──」

「それでも僕は、戻らなきゃいけない?」

「…………」

これは、賭けのようなものだ。
彼女が戻るべきだと言えば、十三歳の僕より、二十五歳の僕を選んだことになる。ソフィアは二十五歳の僕を腹立たしく思うことはあれど、愛はなかったのではないだろうか。だとしたら、二十五歳の僕に戻って欲しいなど思うはずがない。
思わないはずがいい。
ソフィアの瞳は困惑したように揺れたが、しかし一度まつ毛を伏せた後には、王太子妃として相応しい──どこかで良く見た覚えのある瞳をした。

「……殿下。殿下には、責務があります」

(ああ……。母上だ。母上に、似てるのか……)

何かを諦めたような、だけど固い決意を秘めたような、そんな瞳。王妃が僕になにか話す時も、こんな目をしていた。彼女は僕に、王太子としての責務を果たせと言った。彼女は、個としての自分より、王太子妃としての責任を選んだのだ。
それだけで、二十五歳の彼らの関係がわかるようだった。

魔女が現れるのは満月の日ときいていたが、僕はソフィアと呪い解呪前にセックスをする気は一切なかった。日記に書いてあったとおりに現れた魔女をナイフで刺すつもりだったし、呪いが解けた後は僕の日記を従者越しに渡して終わりにするつもりだった。絡まりあった関係だけど、彼が書いた日記を見れば、ソフィアは彼の考えを理解するだろうし、二十五歳のロウディオに物申すことも出来るはずだ。十三歳の僕ではなく──。
その日、夜に現れるはずの魔女が夕方に現れたことは驚いたが、僕は予め用意してあったシルバーナイフで魔女を刺した。
日記に書いてあった、用意されたものだ。
魔女は砂に消え、呪いの解呪は果たされた、が。僕の呪いは不完全で解呪は不可能という判断になった。その時の僕の嬉しさは、恐らく言葉では言い表せない。二十五歳のロウディオには渡さない。僕の、ソフィアだ、と──。
僕の意識がどこに消えるのかはわからなかったが、十三歳のソフィアに会うことを避けられたのは幸運だったのだろう。恐らく、もし僕が十三歳の自分に戻り、同い年のソフィアと話すことがあれば無理やりにでも彼女をものにして、その気持ちを確かめかねなかったから。

認めざるを得ないのだろう。
僕は、ロウディオ・シュテン・ローズベルトだ。
二十五歳の僕と性格は、考え方の根本は変わらない。きっと、僕はソフィアに対して歪んだ感情を持つのだろう。日記を読んで僕は、その異常性に恐るどころか、納得してしまった。
その描き殴られた感情に、共感してしまったのだ。
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