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雪解けを待つ
しおりを挟む「おっと、すまない。話の邪魔をしてしまったかな」
「……アスベルト殿下!」
このひとはいつもいつも、突然現れないと気が済まないのか。飛び上がるほど驚いたが、それがアスベルトだったのは救いだった。
なにより、これ以上デストロイと一緒に居なくて済む。
アスベルトは木漏れ日が眩しいのか手で遮るようにしながらこちらに歩いてきた。
「やあ、リズレイン嬢。今日も美しいね」
「殿下もお元気そうでなによりですわ」
アスベルトがリズの手を取り、紳士のマナーとして手の甲に口付けを落とす。突然現れたアスベルトに、デストロイは苦々しく顔をゆがめている。
「もう話は住済みましたので、戻るところでした。殿下は本日はどのようなご用件で……?」
リズが声をかけると、アスベルトは頷いて彼女を見る。
「今日は伝書鳩の役割ではない。先日の回答はそろそろ貰えそうかな?と思ってね。ついでに、公爵家のティータイムにお邪魔しようかと」
(……本音は後半のような気もするけど)
ともあれ、アスベルトが現れたことで助けられたのは事実。リズは、メイドに言いつけて今日はいつもより豪華なティータイムにすることに決めた。
回答、というのはあれよね。
デストロイをどうする気か?っていう問いかけへの返答。リズの中で答えは既に決まっている。
今回は、思わぬ強硬手段を取られたので失敗しかけたが。
だけど、アスベルトが来たことで風向きは変わった。
リズに著しく有利な状況となったのだ。
デストロイの愚行はアスベルトに証言してもらえば問題ないだろう。リズだけではデストロイを嫌がるあまり偽りを口にしていると思われかねない。その点、アスベルトであれば証言者としてこれ以上の適任はいない。
「回答なら既に提出できそうですわ。貴賓室に案内します。こちらに」
「リズレイン嬢」
デストロイが声をかけた。
まだ何かあるのか。
リズがちらりとそちらを向くと彼は痛みを覚えたような顔をしていた。なぜそんな顔をするのか、リズには分からない。
(さっき加害を与えようとしてきたのはそっちのくせに……被害者ぶった顔をするなんて何を考えているのかしら)
リズはさっき、名誉を汚されそうになったのだ。既成事実を成すとはそういうこと。
「今日は退散いたします。ですが、色良い返事を期待することは変わりません」
「残念ですが、リーズリーから正式にアトソン家にお断りの返事を出させていただきます。デストロイ様、私はあなたに失望しているんですのよ」
アスベルトがいる以上、デストロイも下手な真似はしないだろう。そのためリズは言葉を選ぶことなく本心を口にした。
「淑女に乱暴をしようとする方だったなんて思いませんでした。私は、そのような方を夫に望みません」
「……それはきみが男を知らないだけだと思いますよ」
苦し紛れなのか、デストロイはそれだけ口にすると踵を返した。静かになった庭園で、腕をくんだアスベルトが傍観者の顔で言う。
「きみは男を引っ掛ける天才かもね」
「言葉選びに悪意を感じます」
静かに抗議する。
「いや、でも……そうだね。きみは見た目通りじゃないから、女に慣れている男ほど嵌ってしまうものなのかもしれない」
アスベルトの言葉にリズは胡乱げに顔を上げた。アスベルトの言葉は、まるでデストロイが本気でリズを想っているとでもいいたげだ。
そんなはずがない。
デストロイはなにか思惑があって──レドリアスの指示でリズに接触している可能性が高い。
なにせ、それまでリズはデストロイと会話らしい会話をしたことがなかったのだから。
「まあ、今のでおおよそきみの回答は分かった。だから後は、公爵家の美味しいお菓子をいただくことにしようかな」
「……」
(やっぱりアスベルト殿下はお菓子目当てでうちまでいらっしゃったのでは……)
その思いを隠せないリズだった。
日に日に、ヴェートルのことが心配になる。なにせ、一ヶ月療養を要する大怪我だ。
それなのに無理を押してリーズリーの領地に行ったなど。
(……大丈夫、なのかしら)
アスベルトにそれとなく聞いても彼からの連絡はまだ来てないとのことだった。
定期報告がそろそろ来るはずだから、連絡があり次第教えてくれるとも言っていた。
不安で仕方ない。
ヴェートルはリズを殺した人だ。
リズを生贄に捧げた人だ。
彼女を裏切った、人だ。
それなのに、彼への気持ちを殺せない。
消すことが出来ない。
(……ヴェートル様が無事でいますように)
せめてものと、リズは毎日寝る前に神に祈りを捧げ、ヴェートルの無事を願った。
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