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第一章 “最弱”のギルド 編

8「助ける」こと

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「……………よし、良い調子だ。このまま打ち込んでみろ。」
「……了解っ!」

今日は訓練二日目。スバルくんと支部長が激しい打ち込みをしている。昨日まで手も足も出なかった支部長相手に、あそこまで力を発揮しているなんて…。
そんな彼に比べて、私は全然上手くいかない。最初の魔力制御訓練の時もそうだ。火の玉をイメージしても、丸くなりにくい。たまたま上手く丸くなっても、それを長時間保つことができない。なぜ、魔力制御は、上手くいかないのだろうか……。

「…よし、とりあえず休憩だ。ポーションを飲むのも忘れるなよ。」

どうやら、スバルくんの方は上手くいっているらしい。それなのに私は……………いえ、考えていても仕方がない。もっと練習しなければ…!

「……い。……おい、ミヨ。聞こえているか?」
「!?  ……は、はい。何ですか支部長?」
「お前も休め。そんなに長時間魔力を消費していると、魔力欠乏になるぞ。」

ビンに詰められたポーションを、私に手渡してくる。水に浸けていてくれたようで、キンキンに冷えていた。栓を開け、一気に飲み干す。……んんん、やっぱりポーションは独特の香りがある。だけども、スッキリとして美味しい。……と、私はいつの間にか心の中を吐き出していたようで…。

「………私だけ、ついていけてなくてすみません。」
「ついていけてないだと? そんなことはないと思うが……。」

支部長はこんな私のことも気遣ってくれる。……私が前にいた支部の支部長とは大違いだ。

「……支部長、私…………魔法が苦手なんです。」
「苦手か……………だが、俺にはお前が、そんなに不得手にしているようには見えないのだが?」
「ええ。……………実は、私は、自分自身の魔法を制御するのが苦手なのですが、他人の魔力に干渉して、それを使役するのだけはできるんです。」
「他人の魔力に干渉…………か。」
「はい。その力があるから、私はギルドに職員として加入しました……………。」



今から五年前、私は、アスタル王国とは山脈を挟んだ向こう側にある、サティナという国の、とある町でギルドに加入した。当時のサティナ王国は、魔物が各地で暴れまわっていて、冒険者の存在がとても大切にされていた。私が住んでいた村でも、魔物が暴れていて、たくさんの村人が、魔物によって命を奪われた。こんな風に語っている私も、魔物に命を狙われたことがある。森で採集をしていたときのことだった。一緒にいた友達の姿はもうなく、私は一人だった。目の前までその姿が迫ったとき、私は……死を覚悟した。そのときだった。

「………嬢ちゃん、後ろへ下がりな。」

冒険者が、魔物を退けてくれた。軽やかな身のこなしで、魔法も美しく、無駄がなかった。
見とれていると、いつの間にか魔物の姿がなくなっていた。
そして、私の後ろにいたもう一人の冒険者は、背後をとろうとしていた魔物を倒していた。

「大丈夫ですか?」
「……………はい。あの………、ありがとうございます。」
「いえ、礼なら私ではなく、もう一人の男に言ってやってください。」

その冒険者の人は、いつの間にか戻ってきていた。

「………すまない。もう少し早ければ、君の連れのことを……。」

彼は、私だけでなく、私の友達のことも気に掛けていてくれた。彼は、私の友達を弔い、墓を作ってくれた。そして、一緒に祈った。
この時私は、ああ、彼ら冒険者はなんて、なんてカッコいい人たちなんだろう………そう思ったのを、今でも覚えている。


時は過ぎ、私は成人し、職業を選ぶことになった。そして、私はギルドの職員として、働くことを決意した。彼らのような、冒険者を支える存在として……。

「一体何をやっているんだ!」

働きはじめて間もなく、私は冒険者を支える、支援役としてギルド支部に配属された。だが、私はろくな魔法を扱うことができず、いつも上司に怒られていた。でも、怒られながらも、私は密かに初心者冒険者を助けていた。
私は、他人の魔力に干渉できる、特別な力を持っていた。それらは、体力を回復させることはもちろん、普段眠っている力の数倍を引き出すことができる、というものだ。
初心者冒険者で、上手く戦えない、もしくは立ち回りかたをよく知らない人たちのために、内緒で一緒についていき、私の力を使いながら、一緒に強くなっていった。だが、それも長くは続かなかった。いや、続けたらいけなかったのかもしれない。私は、とある男の子の面倒を見ていた。その子は、小さい頃に魔物に故郷を襲われた経験があって、それを少しでもなくすために、冒険者になったそう。
私は、彼にシンパシーを感じていた。今思えば、私は彼に、自分自身を重ねていたんだと思う。だから、魔法を上手く扱えずにいる彼のことを、助けてあげたかった。でも、それが間違いだった。間違いだったんだ……!
一緒に訓練をしている時、横から考えもつかない相手が襲ってきた。初心者訓練場には現れないはずの、Cクラス魔物、ホワイトウルフは、その鋭い爪を、私と彼に突き立ててきた。その攻撃は、容易にかわすことができた。だから、私達は、根拠のない自信を持った。それが、大きな過ちだった。
ホワイトウルフは、強かった。私達はその強さに蹂躙された。私達は、いや、私は、力を見誤った。自信過剰になっていた。死力を尽くして戦った。でも、戦いが終わった頃には、私も彼も体がすぐには動かせなかった。力を振り絞り、彼の方を向く。そして声をかける。

「……………倒せたね。よく頑張っ…………………………。」

私は、声を失った。彼の片腕は、消えていた。

すぐに治療院へと連れていき、一命は取り留めた。だが、彼の腕は治らず、冒険者として、活動していくのはもう無理だろうと言われた。私は、罪悪感で心が押し潰されそうだった。私のせいだ。………私のせいで、彼は………人生を…………。
そんなとき、彼は目覚め、私にこう話しかけた。今にも消えそうな、か細い声で。

「………職員………さん。………ありがとう…………ございました。あなたのお陰で……………僕……にも………魔物が…………………。」

私は、泣き崩れた。彼の優しさと、罪悪感と………心の中は、もうぐちゃぐちゃだった。
やっぱりダメなんだ。私なんかには、人のことを手助けすることすらできないのだと。

この一件が支部に通達されたあと、私はユンクレアへと異動命令が出た。配置替え、支援役を外された上でだ。当然だ。私なんかに、存在価値はない。
異動した後、名前を聞けなかった彼がどうなったのか、今でも分からない。



話す私の腕に、涙がポロポロと溢れる。

「………私には………私には、なにもする資格はありません。何も…………何もできなかった。何もしてあげられなかった…………私は………………私一人じゃ……………!」

支部長が立ち上がり、私の顔にハンカチを当てる。

「………ミヨ。お前はもう、既に色んな人を助けているぞ。」
「…………え…………………。」

木陰からスバルくんの方を向く。

「ユンクレア支部は、確かに落ちこぼれだ。俺が来たとき、前の支部長は夜逃げしていて、お前らにも希望は全く無かった。でも、変わった。お前らの姿は、以前とは全く見違えるものになった。」
「……それは……支部長が来てくれたからで………。」
「いや、違う。確かに俺がきたことが、お前らにとって起爆剤になったかもしれないが、それでも、得体の知れない奴だと感じて、俺を受け入れないことだってできた。だが、お前はスバルを説得した。全く自信の無かったスバルに、お前はやる気を持たせた。お前は、支部を救う手助けをしたんだ。それを何もできてないと言えるか?」
「でも………………。」
「それに、お前はその少年だって救っている。自分に自信が持てず、燻っているくすぶっている奴に道を示し、導いた。お前がいなかったら、もしかしたらそいつは、いつまでも魔物を倒せずにいたかもしれないだろう?」
「だけども………彼は結果、片腕を…………。」
「違うぞ、ミヨ。そいつは感謝こそすれ、恨んでなどいない。彼は、助けてくれたお前に、ずっとずっと感謝していた………そう思う。絶対にだ。じゃなかったら、自分の片腕がなくなってまで、ありがとうなんて口が裂けても言えない。」
「……………………。」
「今、自分に自信がなくてもいい。これから、自分の意識を変えれば良いんだ。絶対に、今度こそ、全てを助ける、と。お前の目の前には、無限の可能性が広がっている。今、それを閉ざしてどうなる。彼が見たかった景色、魔物を倒して、ユンクレアを救った景色を、変わりに見てやれ。」
「……………………っ!! ………支部長…………私、私………絶対にやり遂げます。皆さんを、精一杯サポートします。遠くからの魔法になるかもしれない。皆さんと一緒の舞台で戦えないかもしれないけど、全力でサポートしますっ!!!」
「………おう、その意気だ。ガンバレよ!!」
「モチロンですっ!!」



魔法使役は難しい。他人の魔力に自分の魔力で干渉するから、消費も激しい。体が痛い。でも、私は絶対に三人を助ける。私の底力を、見せてやる!
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