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第二章 ギルド業務、再開 編

6 適性と才能

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「……お、早速始めてるみたいだな。」

ユーグ村の一角、広場になっている場所に、冒険者達が集まっていた。その真ん中には、スバルとミヨが立っている。
俺がガウル帝国のギルド本部に行っている間、二人には戦闘講習会の準備をお願いしていた。チラシを貼ったり、依頼を受けに来た冒険者にすすめたり……方法問わず宣伝したら、予定した当初の人数のおよそ二倍、50人が集まった。

「おう、戻ったぞ~。」
「あ、支部長。……どうでした?」

ミヨが持っていたバインダーを下に置き、心配そうに聞く。ここまでの準備をしておいて、まさか交渉が失敗しました、とは冒険者に言えないから、尚更だろう。

「……問題ない。ちゃんと言質は取った。」

コンキスのサインと判が入った紙を、ペラペラと見せる。それを見て、ミヨもスバルも目を輝かせた。

「おお、本部の正式な判子……!」
「そ、それじゃあ……?」
「ちゃんと許可、もらったぞ。」

よしっ、とガッツポーズを決める。それにしても、よくここまでの人数が集まったものだ。

「……予想よりも大分集まったな。」
「はい。支部長が本部へ向かった後、私たちでポスターを作り、支部の壁に貼って、余ったものを、依頼を受けに来たE~Fランクの冒険者さん達にお渡ししたんです。そしたら……。」

『へぇ、こんな面白そうなのをやんのか……。腕試しに最適そうだな!』
『ちょうど自分の力を、試したいと思ってたところなんです。こうやって、ギルド主導でやる講習会って、あまり数が少ないので……。』
『“元Aランク冒険者が、直接指導する”……か。こりゃ凄いな。俺のパーティメンバーにも話してみるよ。』

「……で、こんなに人が集まったわけか。」

狙いどおり、F~Eランク冒険者が食いついてくれた。それだけでなく、他の人に説明しやすくなるポスターを冒険者に渡したことで、クチコミで他の冒険者にもより広まった。これは短い時間でポスターをつくってくれた二人に、感謝だ。

「これだけ人がいれば、“幻影の霊ファントムゴースト”を倒せそうですね!」
「ああ。…………だが、この中で今まともに戦えるのは、せいぜい6,7人だろう。それ以外は、効率的な戦いを知らないヤツらばかりだ。それは間違いない。」
「そう…ですよね……。」

いくら俺たちが訓練をして、彼らの力の底上げを図ろうしても、その伸びは人それぞれ限界が異なる。だから、訓練についていけない者も何人かいるだろう。……だが。

「まあ、俺はそういう冒険者を見捨てるつもりは更々ない。全員、しっかりと育てる。だから、そんな不安げな顔をするな。」

スバルは、明らかに暗くなっていた。だが、俺の言葉を聞いて首を振り、表情を元に戻す。

「……そうですよね。ごめんなさい、疑っちゃって。僕が以前居た支部だと、そういう先輩がいたので……。」

普通の職員なら、効率をわざわざ悪くさせるようなことはしない。伸び代があまりないと判断したヤツを、早々に切り捨てるのは、一番合理的だ。一理あるだろう。
だが、俺はそれが嫌いだ。好き嫌いで判断するなと言われるかもしれないが、俺は人に限界を決められるのは気に食わない。だから、少し位人よりも成長が遅いヤツを、切り離すようなことは絶対しない。したくない。

「ああ。大丈夫、分かっているさ。それに、お前の“観察眼”があれば、冒険者を効率的に成長させることができる……だろ?」

俺はスバルの肩にポンと手を置く。その手をとり、スバルは強く握り返す。

「ええ、勿論です。ホンモノを見抜く鑑定士を、なめないでくださいよ?」
「おう、期待してるぞ。」

スバルと話を終え、ミヨの方へと歩いていく。

「………どうだ? なんとなく感覚は取り戻したか?」
「はい。支部長にもらった魔道具を使って、魔力の操作をする練習をしました。大丈夫です。」
「そうか。…………も、この話を聞いたら、喜んでくれると思うぞ。」
「はい…!」

ミヨが笑顔になる。俺も、ミヨに笑顔を向ける。

「……あ、支部長。そろそろ時間です。」

広場にある時計を見る。うん、九時ピッタリだ。ざわざわする冒険者の方を向き、話をする。

「時間になった。F、Eランク冒険者諸君、今日の戦闘講習会の責任者、ユンクレア支部長のフーガだ。よろしく頼む。」

冒険者の顔を見る。……まだ若く、経験が浅い者が大多数。だが、皆それぞれ己を高めようとする、強い意志がこちらからもよく見える。それを見て、かつての自分を少し思い出した。

「今日から三日間に分けて、講習会を行っていくことになる。一日目は、“適性検査”から行う。」

“適性検査”の一言で、皆ざわめき出す。“適性検査”は、“職業適性”、つまり“戦士”や“魔法使い”など、その人に合う職業を判断するために行うもので、職業を決めかねている者が行うものだ。だが、これは職業を既に決めているものには不要。例えば、親が剣士で、自分の持つスキルも“剣士”のものだから、“剣士”を選んだ者や、魔法使いに憧れて、“魔導師免許”を取り、“魔法使い”を志望する者など、だ。そう考えている者が多い。いや、ほとんどだ。
だが、それは大きな間違いだ。

「ざわめくのも無理はないが、“適性検査”はその人に本当にピッタリな職業を見極めることができる大事なものだ。受けて損は絶対にない。これは“支部長”である俺が保障する。」

“支部長”、という肩書きはなかなか使える。ギルド支部長の階級は黄色。上から表すと、黒→赤→黄→青→緑……となり、ギルド支部長は上から三番目に権力を有する立場、つまり依頼を管理し、数々の冒険者を見てきたという証明にもなる。冒険者ギルドで権力を持つ、それすなわち、“経験豊富”であることの証明。この事を他意なく言えば、冒険者は多少の不満はあるものの、納得してくれるだろう。さあ、後もう一押しだ。

「確かに、お前達の言いたいことは分かる。憧れた職業を選び、冒険者としてその腕を振るう。それがどれだけ名誉な事なのか。俺も、かつてはそうだった。だが、現実は違った。」

の経験が、彼らを納得させるきっかけになってくれれば……。

「俺は、当時“剣士”に憧れていた。剣を俺の住んでた国で騎士団に仕えていた人に習い、騎士学校へ入学。そして、卒業した。俺は、ここから輝かしい騎士としての人生を歩めると思った。だが、現実は違った。………………俺は騎士団入隊試験の初日、試験官にこてんぱんに負けたんだ。」

「「えっ……………………!?」」

驚くのも無理はないだろう。今ギルドで支部長をやっているような人間が、かつて失敗したことがあるなどということが、本当にあるのか、と。それだけ、俺たちのような人間は完璧に見られがちだ。現に、ミヨとスバルも驚いている。
だが、これは本当だ。確かあれは……雨の日だったか。



「……………受験番号4046、オルド・フレイア、参ります!!」

雨粒に混じり、激しく打ち合う剣の音。辺りに響く雄叫び。騒がしい会場だったことは、今もよく覚えている。
俺は、騎士に憧れていた。弱きを助け、強きをくじく。そんな、存在に。だが今思えば、高望みだったのかもしれない。

「……次、来い!」

俺の出番になった。筆記試験は完璧。この日までに勉強してきた。後は実技だけ。

「受験番号4047、フーガ・ラドカルト、参ります!!」、

そう思っていた。

「………………………………………………。」

剣を構え、体を前に出し、試験官をかわし、切りかかろうとした次の瞬間。……俺の体は、飛んでいた。

「……………お前の攻め方は確かに良かった。だが、。お前にはがない。」

雨が激しく体に打ち付ける。その一言で、これまでの努力が全て泡のように消えていくように感じた。

―――“才能がない”。
俺は、“職業適性”を受け、“剣士”の判定が出なかった。それでも、なんとかなると思っていた。だから、努力をした。他のヤツらよりも必死に勉強した。だけど、最後には………………“才能”だった。神は残酷だ。今思えば、神なんていないと思い始めたのも、この頃だったか。
絶望に打ちひしがれ、一度は死のうかとも考えた。だが、俺の友はそれを許さなかった。

「“才能がない”わけがないっ! あいつらの見る目がないだけだ! お前には、大きな才能がある! どれだけ悪い状況に立たされようとも、絶対に立ち上がる、その“強さ”が!! それは絶対に誰にも負けない、誰にも引けをとらない、お前の才能だ!! それを無駄にしてどうする!?」

俺は、その言葉にどれだけ助けられたことだろうか。本当に良い友を持った。
―――ああ、そうだ。あいつ、今思えば、あの時だけ合理的な頭が固いことを言わなかったんだっけか。

俺は、その後“冒険者”という存在を知った。“無謀に挑戦する人々―――”。冒険者という名前のついた、その職業の意味が、初めて俺にピッタリだと理解した。俺の才能は、“強さ”。
“職業適性”が騎士じゃなくても、努力できたその力。
これを生かせるのは、どれだけ安月給でも、どれだけ無謀な依頼でも、挑戦するこの仕事しかない。
ああ、やっぱり、“職業適性”ってのは、あながち間違いじゃないんだな、と。
俺があの時出した“職業適性”は―――“冒険者”。あのときは騎士に夢中だったからなんとも思わなかったが、こういう巡り合わせがあるとは、思いもよらなかった。

堅苦しいのが嫌いだったから。一人が好きだったから。
違う、そんなのが冒険者になったきっかけじゃない。
今の今まで、忘れていた。考えるまで、思い出せなかった。
自分が少しだけ恥ずかしくなる。

俺が冒険者になったのは、友達のためだ。



「……………お前らにも、希望する職業があるかもしれない。だが、俺は絶望を経験しているからこそ、お前達に失敗しないための指導ができる。…そう、思っている。お前達のフォローも、サポートもしっかりとする。だから、俺の話を聞き入れ、一度、“適性検査”を受けてもらえないだろうか。」

冒険者達のざわめきが止む。どうやら、俺の話を聞いてくれたようだ。
すると、一人の少年が俺に声をかけてくる。

「ごめん、職員さん。俺、何も考えずに批判を……。」

俺はそいつに、笑顔を向ける。

「良いんだ。批判をすることも、また大事なこと。俺の話も最初から聞いてもらえるなんて思っちゃないさ。お前達の気持ちは、俺がよく知っているからな。」

熱くなりすぎて、いつの間にか壇上から降りて話をしてしまっていた。咳払いをし、再び壇上に戻る。

「もう一度聞く。どうか、“適性検査”を受けてくれるだろうか?」
「「はい!!」」

彼らの大きな声が、空までこだました。
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