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第二章 ギルド業務、再開 編
10 “双腕”――最強の男
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ハイルは、昔の事を思い出していた。今から何十年も前のこと。まだ、冒険者という職業が下に見られていた頃のことだ。
◇
儂が生まれたのは、ライデンという国での。ライデンの民は皆貧しく、王族も困窮するくらいじゃった。その全ての原因は、ライデンの南にある山……ラットル山に住む巨大な魔物、ブリザード・ドラゴンのブレスじゃった。ヤツの放つブレスには、水属性上位の氷魔法が含まれており、その氷魔法によって麓の村の畑は不作に。また、その冷たい風が王国全土に吹きわたり、作物が育たぬ土地になってしもうたのじゃ。
儂の家も農家を営んでおったのじゃが、その冷たい風で、作物は全滅。家も困窮しておった。ところが、儂が生まれた。儂は生まれながらにして火の魔法を操ることができてのう、家の畑を覆っていた氷を溶かしたのじゃ。父も母も飛び上がって喜んでいたのを、今も覚えている。大きくなると、儂はその力を使って、周りの村を助けた。そのおかげで、ライデンの食糧事情が少しだけではあるが、解決した。
そして、18になり、成人の儀式を迎えた。その時に、儂に何か赤い光が宿ったようでの。光については儂は気づかなかったのじゃが、その時、突然すっと心が熱くなった気がしたのを覚えている。神官は、“火の神 ファイ”の加護が降りたと告げた。そのことは瞬く間に国中に知られ、儂は王国から“火の勇者”と呼ばれるようになった。
月日は流れ、今から二十年前。儂の魔法でなんとか堪え忍んでいたが、状況はなかなか芳しくなかった。
だから、ライデン王は、ブリザード・ドラゴンの討伐を命じられた。
やはり当時は今のように、パーティ単位の討伐ではなく、儂を中心として軍が編成され、討伐に向かった。
儂には、神の加護がついている。それに、あの日からずっと訓練も積んできた。儂は、強い。誰にも負けない。
そう、意気込んでいた。
だが………相手は、強かった。
儂は魔法を使って対抗したが、ヤツのブレスを防ぎきれず、軍にも氷魔法が及んだ。それでパニック状態に陥り、戦況は最悪になった。儂は、何度も相手に攻撃を叩き込んだ。儂は、焦っていた。こいつを倒さなければ。国のために、ライデンの民のために、勇者として……倒さなければ!!
しかし、戦況は覆らず。軍の八割を失い、儂は、敗走した。
儂は、儂の力を過信しすぎていた。王の話を聞き、補助の魔法使いを呼べば良かった。軍師の話を聞き、事前に作戦を話せば良かった。……話を聞けばよかった。
儂の持つ“火の神”の加護に頼りすぎた。人に誉められているうちに、儂は天狗になっていたのじゃ。
儂は、自分自身に絶望した。頂上では、儂の息の根を止めようとする、ブリザード・ドラゴンの鳴き声が響いていた。儂は、木陰に隠れて、じっとしていることしかできなかった。
……儂は、ダメなヤツだと、思った。
そんな時だった。
『…………………おい、あんた、大丈夫か?』
黒い服を身に纏った一人の男が、私に話しかけてきた。だが儂は、もう気力を失っていた。
『…………私はダメだ。…………“火の神”ファイの加護をいただきながら、ブリザード・ドラゴンすら倒せぬ……。』
『……あなたが、このライデン王国の勇者様ですね。』
傍らにいたもう一人男、白いローブを身に纏った魔法使いらしき人が儂に声をかけてきた。
『皆の先頭に立てず、ブリザード・ドラゴンを前におめおめ逃げ帰った儂は、最早………勇者などでは…………………。』
黒服の男は、儂に手を差しだした。
『そうか? 俺は、あんたみたいに、得体の知れない敵に立ち向かう勇気なんか出せないぜ。 ……あんたは、“勇者”だ。ホンモノのな。』
儂は、泣き崩れた。これまでのことが溢れだすように……。
男が差し出した手を取り、立ち上がる。
『……ありがとう。そなた、名は?』
『ん? ………俺は、フーガ。で、こっちのひ弱そうな魔法使いがロインだ。』
『“ひ弱そうな”は余計ですよ。ロインです。よろしく。』
黒服の男……フーガが、儂の方へと視線を向ける。
『……で、あんたはブリザード・ドラゴンが倒せなくて、困っていたんだっけか?』
『はい。…………ですが、無茶です。相手は、長年このライデンを苦しめてきた魔物。何千もの兵が戦いましたが、これまで勝てていないんです。絶対に無理です……!』
『……そうか? でもな、お生憎様、俺は諦めるのが大嫌いなんだ。それにな……。』
すると、ブリザード・ドラゴンが森の木を薙ぎ払い、三人の事を見つけた。儂は、もう終わりだと思った。だが、次の瞬間。
『……人生って、何が起こるか、分からないぜ。』
それは刹那だった。ロインが魔法を放ち、ドラゴンの足止めをし、その僅かの間でフーガは腰に刺さる剣を取り、火魔法を込めて、ドラゴンの弱点、“逆鱗”に突き立てた。
『終わりだ! ブリザード・ドラゴン!!』
そして………何十年もの間ライデンを苦しめたヤツは、僅かの数秒で姿が消えた。そして―――彼らも、どこかに消えてしまった。
◇
ブリザード・ドラゴン討伐の報は、すぐに王国全土に流れた。“火の勇者”ハイルが討伐したという、噂つきで。
その噂を流したのは、間違いなくヤツらだ。儂は王から表彰を受け、国の最高勲章を受け取った。だが、儂の心はなんだか晴れなかった。
それから暫くして……。ライデン王国は、東のアスタル王国と盟約を結び、自治領となって分割吸収された。その頃、冒険者“双腕”と“聖なる魔術師”の噂が、大陸中で大きく流れていた。二人が、アスタル王国に復活したブリザード・ドラゴンを討伐した、と。儂はアスタル王国で“勇伯”という地位を授かり、貴族として生活していた。……彼らの行方を、追いながら。宮殿で、彼らを見つけることができなかったという報告を聞いたある晩、バルコニーで物思いに耽っていた。
『おいおい、貴族になったのに随分辛気臭い顔をなさっておいでですね……。』
不馴れな敬語を聞き、顔をあげる。儂の目の前に、あの時の黒服の男……フーガが、立っていた。
『そ、そなたは………! ………儂はそなたに礼を言おうと思って……。』
『気にしないでください。もう二十年も前の話です。』
『じゃが、そうせんと儂の気が収まらぬ……!』
『はあ………。』
大きくため息をつき、儂の方へと近づいてくる。
『じゃあ、こうしましょう。“あなたは、俺のパーティの元メンバー。ライデンで組んで、一緒に討伐した。”どうです?』
『むむ…………だが、そなたは本当にそれで良いのか?』
『ええ。俺は、もう貰ってますから。』
儂に、ブリザード・ドラゴンの魔石を見せてくる。
『そうか……………。ずっと、ずっと聞きたかったのだが、なぜあの時、儂を助けてくれたのじゃ?』
一刻置き、満面の笑みで、
『冒険者の気紛れです。』
そう答えおった。
◇
「そういう付き合いから、今もこうやって仲良くしているのじゃ。」
「そうだったんですか。」
「ああ。ヤツの二つ名、というか、民衆から呼ばれた“双腕”という名は、“剣と魔法、双方の腕前を極めし者”から取られたのじゃ。」
魔法剣士というのは、この国どころか、大陸でも稀な才能の持ち主だ。魔法も剣も両方とも扱えるから、支部長がただ者ではないことは薄々感じてはいたが、まさか数々のSランク魔物を打ち倒し、その名を轟かせた最強の“双腕”だったとは。僕は、なんだか寒気がした。
「フーガは儂に上級者訓練をさせているが、あやつの方が力は上じゃ。儂が剣術を教えるなど、恐れ多いのじゃが、頼まれてしまったからな………。」
少し、自虐的な笑い方をする。僕は、ハイルさんが弱いとは、決して思ってないんだけどな。
「そういえばあやつ、儂のことが嫌いだとか言っていなかったか?」
「………え、ええ……まあ、それっぽいことは……。」
少し言葉を濁して言う。
「……そうか。……フーガはな、“諦めること”だけが嫌いなのじゃ。どんな苦境に立たされようとも、ヤツは絶対に立ち上がる。儂はかつて一度弱音を吐いたから、嫌いだと言ったのかもしれんな。」
わっはっはっはと、大きな声で笑う。僕も一緒になって笑った。
「スバルよ、フーガはまさしく最強じゃ。ヤツのやることに間違いはなかろう。だが、もし………もし彼が、無茶をするようなことがあったら、その時は……どうか、助けてやってくれ。」
「…………はい!」
ハイルさんは、静かに微笑んだ。
◇
儂が生まれたのは、ライデンという国での。ライデンの民は皆貧しく、王族も困窮するくらいじゃった。その全ての原因は、ライデンの南にある山……ラットル山に住む巨大な魔物、ブリザード・ドラゴンのブレスじゃった。ヤツの放つブレスには、水属性上位の氷魔法が含まれており、その氷魔法によって麓の村の畑は不作に。また、その冷たい風が王国全土に吹きわたり、作物が育たぬ土地になってしもうたのじゃ。
儂の家も農家を営んでおったのじゃが、その冷たい風で、作物は全滅。家も困窮しておった。ところが、儂が生まれた。儂は生まれながらにして火の魔法を操ることができてのう、家の畑を覆っていた氷を溶かしたのじゃ。父も母も飛び上がって喜んでいたのを、今も覚えている。大きくなると、儂はその力を使って、周りの村を助けた。そのおかげで、ライデンの食糧事情が少しだけではあるが、解決した。
そして、18になり、成人の儀式を迎えた。その時に、儂に何か赤い光が宿ったようでの。光については儂は気づかなかったのじゃが、その時、突然すっと心が熱くなった気がしたのを覚えている。神官は、“火の神 ファイ”の加護が降りたと告げた。そのことは瞬く間に国中に知られ、儂は王国から“火の勇者”と呼ばれるようになった。
月日は流れ、今から二十年前。儂の魔法でなんとか堪え忍んでいたが、状況はなかなか芳しくなかった。
だから、ライデン王は、ブリザード・ドラゴンの討伐を命じられた。
やはり当時は今のように、パーティ単位の討伐ではなく、儂を中心として軍が編成され、討伐に向かった。
儂には、神の加護がついている。それに、あの日からずっと訓練も積んできた。儂は、強い。誰にも負けない。
そう、意気込んでいた。
だが………相手は、強かった。
儂は魔法を使って対抗したが、ヤツのブレスを防ぎきれず、軍にも氷魔法が及んだ。それでパニック状態に陥り、戦況は最悪になった。儂は、何度も相手に攻撃を叩き込んだ。儂は、焦っていた。こいつを倒さなければ。国のために、ライデンの民のために、勇者として……倒さなければ!!
しかし、戦況は覆らず。軍の八割を失い、儂は、敗走した。
儂は、儂の力を過信しすぎていた。王の話を聞き、補助の魔法使いを呼べば良かった。軍師の話を聞き、事前に作戦を話せば良かった。……話を聞けばよかった。
儂の持つ“火の神”の加護に頼りすぎた。人に誉められているうちに、儂は天狗になっていたのじゃ。
儂は、自分自身に絶望した。頂上では、儂の息の根を止めようとする、ブリザード・ドラゴンの鳴き声が響いていた。儂は、木陰に隠れて、じっとしていることしかできなかった。
……儂は、ダメなヤツだと、思った。
そんな時だった。
『…………………おい、あんた、大丈夫か?』
黒い服を身に纏った一人の男が、私に話しかけてきた。だが儂は、もう気力を失っていた。
『…………私はダメだ。…………“火の神”ファイの加護をいただきながら、ブリザード・ドラゴンすら倒せぬ……。』
『……あなたが、このライデン王国の勇者様ですね。』
傍らにいたもう一人男、白いローブを身に纏った魔法使いらしき人が儂に声をかけてきた。
『皆の先頭に立てず、ブリザード・ドラゴンを前におめおめ逃げ帰った儂は、最早………勇者などでは…………………。』
黒服の男は、儂に手を差しだした。
『そうか? 俺は、あんたみたいに、得体の知れない敵に立ち向かう勇気なんか出せないぜ。 ……あんたは、“勇者”だ。ホンモノのな。』
儂は、泣き崩れた。これまでのことが溢れだすように……。
男が差し出した手を取り、立ち上がる。
『……ありがとう。そなた、名は?』
『ん? ………俺は、フーガ。で、こっちのひ弱そうな魔法使いがロインだ。』
『“ひ弱そうな”は余計ですよ。ロインです。よろしく。』
黒服の男……フーガが、儂の方へと視線を向ける。
『……で、あんたはブリザード・ドラゴンが倒せなくて、困っていたんだっけか?』
『はい。…………ですが、無茶です。相手は、長年このライデンを苦しめてきた魔物。何千もの兵が戦いましたが、これまで勝てていないんです。絶対に無理です……!』
『……そうか? でもな、お生憎様、俺は諦めるのが大嫌いなんだ。それにな……。』
すると、ブリザード・ドラゴンが森の木を薙ぎ払い、三人の事を見つけた。儂は、もう終わりだと思った。だが、次の瞬間。
『……人生って、何が起こるか、分からないぜ。』
それは刹那だった。ロインが魔法を放ち、ドラゴンの足止めをし、その僅かの間でフーガは腰に刺さる剣を取り、火魔法を込めて、ドラゴンの弱点、“逆鱗”に突き立てた。
『終わりだ! ブリザード・ドラゴン!!』
そして………何十年もの間ライデンを苦しめたヤツは、僅かの数秒で姿が消えた。そして―――彼らも、どこかに消えてしまった。
◇
ブリザード・ドラゴン討伐の報は、すぐに王国全土に流れた。“火の勇者”ハイルが討伐したという、噂つきで。
その噂を流したのは、間違いなくヤツらだ。儂は王から表彰を受け、国の最高勲章を受け取った。だが、儂の心はなんだか晴れなかった。
それから暫くして……。ライデン王国は、東のアスタル王国と盟約を結び、自治領となって分割吸収された。その頃、冒険者“双腕”と“聖なる魔術師”の噂が、大陸中で大きく流れていた。二人が、アスタル王国に復活したブリザード・ドラゴンを討伐した、と。儂はアスタル王国で“勇伯”という地位を授かり、貴族として生活していた。……彼らの行方を、追いながら。宮殿で、彼らを見つけることができなかったという報告を聞いたある晩、バルコニーで物思いに耽っていた。
『おいおい、貴族になったのに随分辛気臭い顔をなさっておいでですね……。』
不馴れな敬語を聞き、顔をあげる。儂の目の前に、あの時の黒服の男……フーガが、立っていた。
『そ、そなたは………! ………儂はそなたに礼を言おうと思って……。』
『気にしないでください。もう二十年も前の話です。』
『じゃが、そうせんと儂の気が収まらぬ……!』
『はあ………。』
大きくため息をつき、儂の方へと近づいてくる。
『じゃあ、こうしましょう。“あなたは、俺のパーティの元メンバー。ライデンで組んで、一緒に討伐した。”どうです?』
『むむ…………だが、そなたは本当にそれで良いのか?』
『ええ。俺は、もう貰ってますから。』
儂に、ブリザード・ドラゴンの魔石を見せてくる。
『そうか……………。ずっと、ずっと聞きたかったのだが、なぜあの時、儂を助けてくれたのじゃ?』
一刻置き、満面の笑みで、
『冒険者の気紛れです。』
そう答えおった。
◇
「そういう付き合いから、今もこうやって仲良くしているのじゃ。」
「そうだったんですか。」
「ああ。ヤツの二つ名、というか、民衆から呼ばれた“双腕”という名は、“剣と魔法、双方の腕前を極めし者”から取られたのじゃ。」
魔法剣士というのは、この国どころか、大陸でも稀な才能の持ち主だ。魔法も剣も両方とも扱えるから、支部長がただ者ではないことは薄々感じてはいたが、まさか数々のSランク魔物を打ち倒し、その名を轟かせた最強の“双腕”だったとは。僕は、なんだか寒気がした。
「フーガは儂に上級者訓練をさせているが、あやつの方が力は上じゃ。儂が剣術を教えるなど、恐れ多いのじゃが、頼まれてしまったからな………。」
少し、自虐的な笑い方をする。僕は、ハイルさんが弱いとは、決して思ってないんだけどな。
「そういえばあやつ、儂のことが嫌いだとか言っていなかったか?」
「………え、ええ……まあ、それっぽいことは……。」
少し言葉を濁して言う。
「……そうか。……フーガはな、“諦めること”だけが嫌いなのじゃ。どんな苦境に立たされようとも、ヤツは絶対に立ち上がる。儂はかつて一度弱音を吐いたから、嫌いだと言ったのかもしれんな。」
わっはっはっはと、大きな声で笑う。僕も一緒になって笑った。
「スバルよ、フーガはまさしく最強じゃ。ヤツのやることに間違いはなかろう。だが、もし………もし彼が、無茶をするようなことがあったら、その時は……どうか、助けてやってくれ。」
「…………はい!」
ハイルさんは、静かに微笑んだ。
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