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第二章 ギルド業務、再開 編

11 意思、如何に

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戦闘講習会二日目の夜。俺たちは応用訓練を終えて、相談スペースに集まる。今日のデータをまとめるために、俺はホワイトボードを引っ張ってくる。

「さて、それじゃあ夜のミーティングを始めよう。ミヨ、訓練の進捗状況はどうなっている?」

ミヨは、バインダーに挟んであるデータを見る。

「今のところ、50人全員が応用訓練の最終段階にいます。そのうち12人は、応用訓練を終えて、実戦形式で、ロインさんやハイルさんに稽古をつけてもらっています。」
「そうか。“職業適性”の通りに職業変更ジョブチェンジした冒険者たちは?」

スバルがすっと立ち上がり、データを記録した紙をホワイトボードに貼って言う。

「それについては、僕の方から報告を…。比較的に若い10代の冒険者は、職業変更ジョブチェンジ後も目立った癖が残ったりすることなく、変更後の職業の訓練をしています。支部長のお話を聞いたせいなのか、ギブアップをする人は一人も出ていません。」
「……それなら良かった。」

これも一つの懸念事項だった。今回はあくまでもE~Fランクの冒険者を相手に訓練やアドバイスなどをしている。彼らはこれからどんどん成長する。伸び代があって、まだまだ手を加えやすい。だが、これがいくらか研鑽を積んだ中ランク、つまりC~Dランク冒険者になると、その職業にプライドを持つ人がかなり増える。自分はこの道で何年もやっている、だから職業変更ジョブチェンジなど受け入れられるか、と。“職業適性”が示す職業に就いた方が固有スキルを手に入れやすいし、レベルも積みやすい。俺の場合、経験した上での話だが、これに気づかない人がかなりいるのだ。この講習会を通じて、自分の“適性”に沿う職業の方が、力が上がりやすいことに気づいてくれれば良いと思っていたのだが、幸い皆物分かりの良い者たちばかりで良かった。

「ロインやゲイザー卿の訓練までいかなくとも、彼らのレベルは優に10を越えている。Dランク冒険者の最低レベルが大体15くらいで、ここまで彼らの力を高められたのだから、今回の講習会は成功したと言って間違いないだろう。……だが、今回の俺たちの目的は、E~Fランクの冒険者のレベル底上げだけじゃない。あくまでも、“幻影の霊ファントムゴースト”の討伐だ。ヤツを討伐する適正ランクはA。その最低レベルは40だ。」

スバルが、講習会の記録の一番新しいヤツをホワイトボードに貼る。

「しかし支部長、ロインさんとハイルさんが稽古をつけてくれたからと言って、それでも彼らはEやFランク冒険者。戦いの手法は学んだかもしれませんが、それでも最高レベルは20ちょっとですよ。このまま戦っても、彼らが危険なだけです!!」

スバルが言いたいことも分かる。確かに、このまま戦っても無駄に体力を減らすだけだ。

「だから、頭を使うんだ。……そういえば、“幻影の霊ファントムゴースト”に関する情報を伝えてなかったな。これを見てみろ。」

図書館にあった魔物図鑑を、机の上に置き、付箋の貼ってあるページを開く。そこには、“幻影の霊ファントムゴースト”の基本情報が書いてある。

「お前らにも言ったと思うが、“幻影の霊ファントムゴースト”は二十年前に現れた所謂いわゆるアンデッドモンスター種だ。……じゃあ、有効な魔法の属性は?」
「もちろん、光魔法ですよ!」

ミヨが自信満々に答える。

「その通りだ。ヤツらは明るい場所が嫌いだ。暗い所によく住み着く。だから魔法迷宮ダンジョンの内部に居着いたんだろうな。俺がロインとパーティを組んで討伐した時も、ロインの聖魔法で動きを鈍らせてからとどめをさした。」
「……あー、ロインさんは聖属性魔法のスペシャリストですからね……そりゃあいくらアンデッドでも弱りますよ……。」

スバルが少し上の空に笑う。

「確かにロインは聖属性に長けてはいるが、ごく一般的な魔力の魔法使いの光魔法でも、ヤツを弱らせることはできる。というか、一人見つけたんだろ? 素晴らしいを。」

俺はニヤリとスバルの方を見る。スバルは苦笑いする。

「いや、まあ…確かに一人いますけど、彼女はまだレベルが低くて、とても危険です……。それに、まだ身体強化魔法もほぼ未習得で……。やる気はあるんですけど……。」
「大丈夫だ。援護は俺がする。それに、彼女にはやる気があるんだろ? それを伸ばさなくてどうする。」

スバルは一刻置き、決心したように頷く。

「……そうですね。」
「支部長、まさか50人全員を“幻影の霊ファントムゴースト”討伐に連れていくつもりなんですか?」

ミヨがずっと疑問に思っていたのであろうことを聞いてくる。今回の講習会は三日間に分けて行い、最終日には、“自分より強い魔物”を相手にして最終訓練をするという旨の説明をした。だから、今回講習会に参加した全員を、“幻影の霊ファントムゴースト”討伐に連れていくと思っていたのだろう。だが、流石の俺でもそんなことはしない。

「いや、50人の中から選抜しようと思っていたのだが…。」
「そうすると、全員が“強い魔物”との訓練をするという公約が達成できなくなりますよ?」
「別になにも、強い魔物は“幻影の霊ファントムゴースト”だけじゃないだろ?」
「??」

ミヨもスバルも疑問符を浮かべている。まあ、しょうがないか。はまだあいつらの他に誰にも言ってないしな。

「実は、ロインとゲイザー卿に討伐依頼で、強い魔物を探してもらっているんだ。そいつらの相手を、選抜メンバー以外にやってもらえば、最初に示した条件に何ら違反しないだろ?」

だから、“幻影の霊ファントムゴースト”討伐に講習会の上位冒険者を選抜しようが、他に何体かいる強い魔物を選抜されなかった冒険者で戦ってもらえば、文句は無いだろう。

「なるほど……それなら、心置きなく選抜できますね。」
「ああ。それに、今ロインたちが捜索している魔物は、“幻影の霊ファントムゴースト”並みとは言えないが、Bランク上位の魔物ばかりだ。」
「ひぇっ……初心者に何を相手させようとしてるんですか!」
「なに、心配はいらないだろ。ミヨとスバル、お前たちに補佐役についてもらうからな。」
「「えっ……………えええええ!?」」

二人とも、とんでもない顔で驚く。

「いくら戦闘講習で経験値を積んだとて、彼らはE~Fランク冒険者。メンタルや魔物との実戦がほとんど無い連中ばかりだ。だから、お前らに彼らを補佐してもらいたいんだ。…………やはり、不満か?」

ミヨとスバルは、これまで俺がやりたいことの手伝いや、冒険者たちの指導に、たくさん尽くしてくれた。だが、そんな彼らを今回の“幻影の霊ファントムゴースト”討伐から外すのだ。相当、堪えるものがあるだろう。
……と、スバルはビックリした顔で答える。

「いえ、支部長が僕たちに、冒険者の指導を任せてくれるのに驚いて……。」
「私たちも、意外と頼られているんだなぁ……と。」
「ふぇ…?」

俺は、拍子抜けして間抜けな声を出してしまった。

「僕らは、何も言いませんよ。支部長が“幻影の霊ファントムゴースト”なんかに負けるような人じゃないことくらい分かってます。それに、あなたがついたほうが、選抜メンバーたちみんなが、安心して戦えます。」
「私たちが、残った冒険者さんたちを全力でサポートします。だから、支部長もがんばってくださいね!」

二人とも、俺にニヤリと笑顔を見せる。
……俺は、どこかミヨとスバルを侮っていたのか、そんな感情に襲われた。俺も、二人に笑顔で答える。

「当たり前だ。お前たちも、精一杯サポートしろよ!」
「はいっ!!」

いよいよ、明日殴り込みに行く。目指すは、魔法迷宮ダンジョン“熱死の砂漠”、第二階層。“幻影の霊ファントムゴースト”だ。



ガウル帝国、冒険者ギルド本部の副本部長室。コンキスは机に肘をついて手を組み、渋い顔で何かを祈っていた。

「…………何も、悪いことが起きなければ良いのだが……な。」

ポツリと、呟いた。
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