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第三章 冒険者ギルドの宿命 編
3 その男は
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ガウル帝国帝都、ラクロポリス。その中央市街は、たくさんの人々であふれかえっている。中央にそびえる王城を中心に、様々な商会の店や工房が立ち並んでいる。その市街に放射状に延びる街道の一つ、アスタル中央街道を、僕はある紙を片手に歩き回っていた。
「クラムさん………何処にいるんだろう…。」
すでに三時間。あてもなく、歩きっぱなしだ。足はもうパンパン。ユンクレアからここまで三日。フーガさんは馬車を使う許可を出してくれたが、何しろユンクレア専属の馬車ではなく、あくまで公共の馬タクシー。利用すると、お金がかかる。フーガさんもゆっくりでいいと言ってくれたから、歩きで向かうことにした。道中宿に泊まりながらの旅程の方が安上がりだからね。
「まったく………どうして私まで駆り出されるんでしょうかね。」
そうブツブツ文句を言いながら隣を歩くのは、オアシス・レッセの領主、ロイン様。かつて伝説の聖属性魔法使いとして名を馳せ、“聖なる魔術師”と呼ばれ恐れられた人だ。
先日の戦闘講習会でもお世話になった。……なんでそんな人がいるのかというと。
――三日前。
ユンクレアにふらっと現れたロイン様は、ごく普通に相談スペースで、当たり前のようにくつろいでいた。
「………やっぱり落ち着きますね。冒険者の性でしょうか。」
「お前のは性というよりも侵入癖のあるド変態だろう。」
「最後のというより、すべてが余計ですよ……。」
手に持っていたカップを机に置く。
「それよりもフーガ。急に私を呼び出してどうしたんです? まさか、私宛に送られてきたあなたの領収書、ようやく払う気になったくれたんですかね。」
「何を言っている…。もとはといえばお前がまいた種だろうが…。」
フーガさんは少々キレながらそう言う。怒るのも無理はない。ミヨさんに聞いた話では、ユンクレア支部にある家具を新調するときに、その注文をいじったらしい。例えば、木製カウンターをルーワンという最高級の石を使用したカウンターにしたり、ランプをシャンデリアに変えたり、ソファをハイウルフベアという珍しい魔物の皮を使用し、中にシリープというこれまた高い綿を詰めた国宝級のものに変えたり……。外観はごく普通の民家なのに、内装は帝都ホテルのようなとんでもなくゴージャスなものになってしまった。……うん、そりゃあ怒るな。
「そうではなく、お前にフラットの人探しを手伝ってもらいたいんだ。」
「……確かに私は以前、ユンクレア支部を手伝ったときに言いましたね。あなたに恩義があると。ですが、私も今や貴族。領地のことや、貴族同士の会合など、やることがたくさんありすぎて大変なのです…。」
頭に手を当て、ペラペラペラペラと困った顔でしゃべりだす。一方のフーガさんは……何やら悪い顔をしていた。
「そうかそうか。なら、ベティーにあのことを話してもいいのかな?」
「……ちょーっと待ってください、フーガ。そんなつれないことを言わないでくださいよ~。」
突然胡麻をすりすりし始めた。……あ、スバルさんが以前言っていた『支部長は絶対なにか弱みを握っている』って、このことだったのか。
「わかりました、お手伝いします。ただし……。」
「わかっている。お前の家にはすでにギルド本部の人間を行かせた。」
「まったく……用意周到ですね……。」
微笑みあっている二人の様子をみて、本当に仲がいいのだなと改めて思った。
というわけで、ロインさんも僕を手伝ってくれることになった。
「それにしても……。」
僕の持つ紙をひょいと取り上げる。
「クラムを探せなんて、彼もなかなかとんでもない任務をあなたに頼みましたね。」
「ロイン様、クラムさんをご存じなんですか?」
「いや、知っているもなにも……彼も私たちのパーティメンバーでしたから。」
「えぇ…………。」
僕は思わずしかめっ面をした。
◇
「「ええええええ!? 元パーティメンバー!!?」」
「あれ、話さなかったっけか。」
記録帳を棚にしまいながらそう告げると、スバルとミヨは、とんでもない大声で驚くものだから、二階の宿屋で寝ていた冒険者が、驚いて起きてしまった。
「僕たちは、“一般人”だって聞いたんですけど…。」
「ああ。一般人なのは嘘じゃない。パーティメンバーといっても、外部協力者だからな。」
元々はただの取引相手だったのだが、ある時を境に俺たちと行動を共にするようになった。もう二十年も前の話だが。
「……行動を共にしてはいたが、ちょくちょく居なくってな。本当に神出鬼没なんだ。だから、見つけるのに苦労するだろうな。」
カップを片手に、一口飲む。
「支部長、そんな人を探すのは、フラット君には荷が重いのでは……?」
ミヨが心配そうに、窓の外を見る。
「何を言っている。信用するからこそ、重要な任務を任せるんだぞ。」
ミヨとスバルが、俺の顔を見て微笑む。……急にどうしたんだ。
「やっぱり支部長は、優しい方ですね。」
「何を言っている。……お前らも頑張れよ。さあほら、始業時間だ。」
「「はい!!!」」
各々、仕事場に入ろうとした……その直前。
「ああああああ!!!」
スバルが何かが腑に落ちたのか、叫ぶ。
「どうした。急に。」
「思い出しましたよ……。クラムさんのこと! どっかで聞いた名前だと思ってたんですよ! その人は……!」
◇
ロイン様と別れて、裏通りを探す。クラムさんの手掛かりは今のところなし。あと探していないのは、この裏通りくらいだ。
「さてと……。」
裏通りの建物の間にある石造りのゲートを越える。すると…。
『…あれれ、見ない顔だねぇ。最近帝都に来たばかりかな?』
不思議な声が、あたりを包み込む。声につられて上を見上げると、くぐったゲートに腰掛ける人物が一人。あの特徴的な耳は……ハイシュと同じエルフ?
「それにしては背が小さいけど…。」
『何か、失礼なことをつぶやかなかった?』
まずい、聞かれた……?
『よっこいしょっと…。』
スタッと、上から飛び降り、きれいに着地を決める。あの動き……冒険者か…?
それにしては、随分貧相な身なりをしている。通常冒険者は、街中でも襲われないように装備を常に着ている。だとすると…。
目の前にいる男…いや、顔つきはまるで少年のそれだが、男は僕のことをじっと見ている。
「なるほど……君は良い姿勢をしているね。……だけど、殺気はもっと隠さなきゃだめだよ。」
「………っ!??」
一瞬で見抜いた?
「なんてね。僕、昔ちょこっと冒険者をしていてね。まあそんな警戒しないで。」
落ち着いてと、手でジェスチャーをする。
「ごめんよ、見ない顔だと思ってね。」
「そうでしたか。こちらこそごめんなさい。……実は、人探しをしていまして…。」
懐から、フーガさんから預かった人相書きを取り出す。
…それを見て気づいた。この人は…。
「あなたってもしかして……!」
「おっと、自己紹介が遅れたね。」
かぶっている帽子をとって、深くお辞儀をする。
「僕はクラム・アテレーゼ。しがない商人さ。…君は?」
「僕は……冒険者ギルド、ユンクレア支部で見習いとして働いている、フラットと申します。」
「そっか。ユンクレアの……ね。」
ニッと、歯を見せて笑う。
「よろしくね、フラ君♪」
「フラ……君……?」
◇
スバルがバタバタと、自室から新聞を取ってくる。その見出しは……。
「やっぱり……! クラム・アテレーゼ。大陸三大商会の一つ、アテレーゼ商会の商会長じゃないですか!」
「え…………えええええええええええ!!!」
ミヨがとんでもない声を発する。新聞には、満面の笑みでピースサインをするクラムが写っていた。
「クラムさん………何処にいるんだろう…。」
すでに三時間。あてもなく、歩きっぱなしだ。足はもうパンパン。ユンクレアからここまで三日。フーガさんは馬車を使う許可を出してくれたが、何しろユンクレア専属の馬車ではなく、あくまで公共の馬タクシー。利用すると、お金がかかる。フーガさんもゆっくりでいいと言ってくれたから、歩きで向かうことにした。道中宿に泊まりながらの旅程の方が安上がりだからね。
「まったく………どうして私まで駆り出されるんでしょうかね。」
そうブツブツ文句を言いながら隣を歩くのは、オアシス・レッセの領主、ロイン様。かつて伝説の聖属性魔法使いとして名を馳せ、“聖なる魔術師”と呼ばれ恐れられた人だ。
先日の戦闘講習会でもお世話になった。……なんでそんな人がいるのかというと。
――三日前。
ユンクレアにふらっと現れたロイン様は、ごく普通に相談スペースで、当たり前のようにくつろいでいた。
「………やっぱり落ち着きますね。冒険者の性でしょうか。」
「お前のは性というよりも侵入癖のあるド変態だろう。」
「最後のというより、すべてが余計ですよ……。」
手に持っていたカップを机に置く。
「それよりもフーガ。急に私を呼び出してどうしたんです? まさか、私宛に送られてきたあなたの領収書、ようやく払う気になったくれたんですかね。」
「何を言っている…。もとはといえばお前がまいた種だろうが…。」
フーガさんは少々キレながらそう言う。怒るのも無理はない。ミヨさんに聞いた話では、ユンクレア支部にある家具を新調するときに、その注文をいじったらしい。例えば、木製カウンターをルーワンという最高級の石を使用したカウンターにしたり、ランプをシャンデリアに変えたり、ソファをハイウルフベアという珍しい魔物の皮を使用し、中にシリープというこれまた高い綿を詰めた国宝級のものに変えたり……。外観はごく普通の民家なのに、内装は帝都ホテルのようなとんでもなくゴージャスなものになってしまった。……うん、そりゃあ怒るな。
「そうではなく、お前にフラットの人探しを手伝ってもらいたいんだ。」
「……確かに私は以前、ユンクレア支部を手伝ったときに言いましたね。あなたに恩義があると。ですが、私も今や貴族。領地のことや、貴族同士の会合など、やることがたくさんありすぎて大変なのです…。」
頭に手を当て、ペラペラペラペラと困った顔でしゃべりだす。一方のフーガさんは……何やら悪い顔をしていた。
「そうかそうか。なら、ベティーにあのことを話してもいいのかな?」
「……ちょーっと待ってください、フーガ。そんなつれないことを言わないでくださいよ~。」
突然胡麻をすりすりし始めた。……あ、スバルさんが以前言っていた『支部長は絶対なにか弱みを握っている』って、このことだったのか。
「わかりました、お手伝いします。ただし……。」
「わかっている。お前の家にはすでにギルド本部の人間を行かせた。」
「まったく……用意周到ですね……。」
微笑みあっている二人の様子をみて、本当に仲がいいのだなと改めて思った。
というわけで、ロインさんも僕を手伝ってくれることになった。
「それにしても……。」
僕の持つ紙をひょいと取り上げる。
「クラムを探せなんて、彼もなかなかとんでもない任務をあなたに頼みましたね。」
「ロイン様、クラムさんをご存じなんですか?」
「いや、知っているもなにも……彼も私たちのパーティメンバーでしたから。」
「えぇ…………。」
僕は思わずしかめっ面をした。
◇
「「ええええええ!? 元パーティメンバー!!?」」
「あれ、話さなかったっけか。」
記録帳を棚にしまいながらそう告げると、スバルとミヨは、とんでもない大声で驚くものだから、二階の宿屋で寝ていた冒険者が、驚いて起きてしまった。
「僕たちは、“一般人”だって聞いたんですけど…。」
「ああ。一般人なのは嘘じゃない。パーティメンバーといっても、外部協力者だからな。」
元々はただの取引相手だったのだが、ある時を境に俺たちと行動を共にするようになった。もう二十年も前の話だが。
「……行動を共にしてはいたが、ちょくちょく居なくってな。本当に神出鬼没なんだ。だから、見つけるのに苦労するだろうな。」
カップを片手に、一口飲む。
「支部長、そんな人を探すのは、フラット君には荷が重いのでは……?」
ミヨが心配そうに、窓の外を見る。
「何を言っている。信用するからこそ、重要な任務を任せるんだぞ。」
ミヨとスバルが、俺の顔を見て微笑む。……急にどうしたんだ。
「やっぱり支部長は、優しい方ですね。」
「何を言っている。……お前らも頑張れよ。さあほら、始業時間だ。」
「「はい!!!」」
各々、仕事場に入ろうとした……その直前。
「ああああああ!!!」
スバルが何かが腑に落ちたのか、叫ぶ。
「どうした。急に。」
「思い出しましたよ……。クラムさんのこと! どっかで聞いた名前だと思ってたんですよ! その人は……!」
◇
ロイン様と別れて、裏通りを探す。クラムさんの手掛かりは今のところなし。あと探していないのは、この裏通りくらいだ。
「さてと……。」
裏通りの建物の間にある石造りのゲートを越える。すると…。
『…あれれ、見ない顔だねぇ。最近帝都に来たばかりかな?』
不思議な声が、あたりを包み込む。声につられて上を見上げると、くぐったゲートに腰掛ける人物が一人。あの特徴的な耳は……ハイシュと同じエルフ?
「それにしては背が小さいけど…。」
『何か、失礼なことをつぶやかなかった?』
まずい、聞かれた……?
『よっこいしょっと…。』
スタッと、上から飛び降り、きれいに着地を決める。あの動き……冒険者か…?
それにしては、随分貧相な身なりをしている。通常冒険者は、街中でも襲われないように装備を常に着ている。だとすると…。
目の前にいる男…いや、顔つきはまるで少年のそれだが、男は僕のことをじっと見ている。
「なるほど……君は良い姿勢をしているね。……だけど、殺気はもっと隠さなきゃだめだよ。」
「………っ!??」
一瞬で見抜いた?
「なんてね。僕、昔ちょこっと冒険者をしていてね。まあそんな警戒しないで。」
落ち着いてと、手でジェスチャーをする。
「ごめんよ、見ない顔だと思ってね。」
「そうでしたか。こちらこそごめんなさい。……実は、人探しをしていまして…。」
懐から、フーガさんから預かった人相書きを取り出す。
…それを見て気づいた。この人は…。
「あなたってもしかして……!」
「おっと、自己紹介が遅れたね。」
かぶっている帽子をとって、深くお辞儀をする。
「僕はクラム・アテレーゼ。しがない商人さ。…君は?」
「僕は……冒険者ギルド、ユンクレア支部で見習いとして働いている、フラットと申します。」
「そっか。ユンクレアの……ね。」
ニッと、歯を見せて笑う。
「よろしくね、フラ君♪」
「フラ……君……?」
◇
スバルがバタバタと、自室から新聞を取ってくる。その見出しは……。
「やっぱり……! クラム・アテレーゼ。大陸三大商会の一つ、アテレーゼ商会の商会長じゃないですか!」
「え…………えええええええええええ!!!」
ミヨがとんでもない声を発する。新聞には、満面の笑みでピースサインをするクラムが写っていた。
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