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第三章 冒険者ギルドの宿命 編
9 気合いを入れて
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フラットは始業前に帰ってきてくれたが、一週間もの間一人で頑張ってくれたので、休ませることにした。本人はやる気にあふれているようだが、無理して体調を崩すのもよくない。何とか説得し、ようやく納得してくれた。やれやれ……。
ミヨとスバルに業務指示を出し、俺は支部長室へと戻る。ソファーに身を投げ、大きくため息をつく。
「……予想外の結果に驚いていますか?」
そして……当たり前のように壁にもたれかかり、ロインがいる。
「フラット君の目の前に広がる無限の可能性に気付かせ、彼を冒険者の道へと戻す。君が教えたがらなかった“魔法剣術”を学ばせてまで……ね。」
そうつぶやき、俺に微笑んでみせる。こいつの問いかけにどう答えてやろうか、そう案じていると、ロインはおもむろに俺に頭を下げた。
「……フーガの期待に応えたかったんですが、私では力不足でしたね。……本当に申し訳ない。」
調子はいつものそれだった。だが、声色は隠せない。自分への嘲笑、失敗への懺悔が含まれるような暗いものだった。体を起こし、ロインと向き合う。
「謝る必要なんてない。お前が元冒険者だとは言え、今はギルドとは無関係。そんなお前が自分の時間を削ってまで、俺なんかに協力してくれた。それだけで俺は嬉しいよ。」
俺の答えに、ロインは目を丸くする。…何か変なことを言っただろうか。そう思った次の瞬間、俺の顔を見て、フフッと笑った。
「まさか自己中心・成果主義だった君からそんな言葉が出るとは。……年月は人をここまで大きく変えるものなのでしょうかね……。」
「自己中心は否定しないが、成果主義はコンキスのことだろう。俺はそんな人間になった覚えはない。」
「どうでしょうかね。」
楽しそうに笑う。日除けの布を捲り、窓の外を覗く。フラットが新人冒険者のために、戦闘指導をしていた。あれだけ休めと言ったのに……。
「スキル“模倣”……完全とはいかないが、他人の技を、腕を盗み、まるで自分のもののようにしてしまう。体力・魔力こそ追いついていないものの、彼の動きは君そっくりですね。」
フラットのもつスキルは、当に天賦の才。俺も冒険者として長いことやってきたが、初めて見た。このスキルはロインの言った通り。人がやった動きを一度見れば、まるで同じように動けるというものだ。一生かかってその全てを得られる、いや、もしかしたら得られないかもしれない剣術を、このスキルを応用すればたったの一日……いや、それどころかたったの数時間で身につけられてしまうのだ。このスキルに、フラットは気づいていなかった。帝国騎士団士官のために剣術を学んでいたのなら、気づいていてもおかしくはない。よっぽど教わっていた指南役が、下手くそだったのだろう。
だからこそ、俺はフラットの目の前で“魔法剣術”を見せた。
気づかせるために。
ヤツに、ヤツ自身の力を。
「このままいけば、フラットは冒険者として安泰な生活を送れた。なんとしてでも引き止めたかったんだがな。」
剣を教えているフラットの姿は、生き生きしているように見えた。
「……よっぽど上司のことを尊敬しているんですね。」
「何か言ったか?」
「いえいえ。」
ひらひらと手を振って見せる。
「そういえば、フーガの持つ“力”も、似たようなものでしたね。」
机の上に置いてあった書類を、おもむろに手に取る。ふと昔を思い出す。
――冒険者だった頃の、自分を。
………忌々しい。
「あれは力じゃない。………“呪い”だ。」
ぎゅっと握りしめる。書類がぐしゃっと音を立てて歪んだ。ロインは無言でそれを見つめ、咄嗟に話題を別に振った。
「そうだ、頼まれていた物を持ってきましたよ。」
ロインが懐から封筒を取り出す。その表面には“機密事項”と書かれていた。裏面の端っこには、アテレーゼ商会長のサインと“ごひいきに”という一文が。
全く、あいつらしいな。
「それじゃあ、私はこれで。……あまり帰るのが遅くなると、あの人も心配しますしね。」
「そうだな。ありがとう、ロイン。」
手で返事をする。ロインが部屋を出てすぐ封を破き、中身を取り出す。三つ折りの手紙が二枚と、四つ折りの羊皮紙が一枚。羊皮紙の方は、何も書かれていない無地。
手紙のうち一枚は、俺宛のもの。もう一枚は……フラット宛か。大方この前のことについてだろう。
俺宛の手紙には、アテレーゼ商会が全国冒険者協会、冒険者ギルドユンクレア支部に協力するという旨、正式な書類を後で送るということ、フラットのことが書かれていた。
人の面倒を見ることがほぼなかったクラムがここまで肩入れするとは、余程フラットを気に入ったのだろう。だが……。
「……精霊暗号か。」
これは本意でない。目を凝らすと、文章の各所に、エルフの国で古くから使われている魔法術式が散りばめられている。これは現代言語に訳することができる、“言葉のもと”だ。
それを順番に並べると………。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
フーガへ
久しぶり。元気にしてた?
魔法術式を無駄に使って世間話をしてもどうしようも
ないから、早速本題に入るよ。
ガウル帝国軍部は、アスタル王国の不穏な空気を察知
した。完全に把握したわけじゃないけど、内乱が起き
そうになっていることがバレるのは時間の問題かもね。
帝国の軍人は血の気が多い奴ばかり。ちょっとまずい
かも。
戦争は、君も避けたいだろ?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
アスタル王国とガウル帝国は、互いに条約を締結している。それ以外にも、数々の他国と条約を結んでいる。その条約の保険が、俺たち冒険者ギルド――全国冒険者協会だ。
これは、後々三人とも“確認”をしないとな。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今のところは大丈夫だよ。君は心配せずに業務を続け
ると良い。アスタル王国にいる限りは、ね。
暫くの間、帝国には近づかない方がいい。
そんなわけだから、今後の連絡は商会の秘匿通信を使
ってね。使い方はわかるよね?
てなわけで、よろしく。
p.s.
おまけについている羊皮紙だけど、魔力を通してみて
よ。確か“熱砂”の攻略ドロップアイテムらしいね。
フラットが嘆いてたよ。
「なんで紙切れが…」
ってね。
でもそれ、とんでもないお宝だったよ。
スバル君に鑑定を頼まなかったでしょ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
そうか、これはあの時の……。ただの紙切れではないだろうと俺も気づいてはいた。だが、どうせ大したものじゃないだろうと割り切っていた。だから、好きにしろとフラットたちに渡したのだが…。
「とんでもないお宝……か。」
魔力を込める。すると、羊皮紙に魔法陣が怪しげな光とともに浮かび上がる。そして、その魔法陣に刻まれた術式が展開されていく。
「こ、これは………!!」
存在自体は知っていたが、実際に見たのは初めてだ。これはいつか役に立つかもしれない…。
展開を取消し、羊皮紙をしまう。
…明日からまた忙しくなる。まずは、フラットの採用試験。そして、支部の立て直しと人材確保。それに……アスタル王国の内乱。やることが色々ある。
大きく背伸びし、腰に手を当てる。頬をパンっとはたく。
「………よし。」
気合を入れて、取り組もう。ギルドのためにも、ユンクレア支部のためにも、ミヨとスバルとフラットのためにも。
ミヨとスバルに業務指示を出し、俺は支部長室へと戻る。ソファーに身を投げ、大きくため息をつく。
「……予想外の結果に驚いていますか?」
そして……当たり前のように壁にもたれかかり、ロインがいる。
「フラット君の目の前に広がる無限の可能性に気付かせ、彼を冒険者の道へと戻す。君が教えたがらなかった“魔法剣術”を学ばせてまで……ね。」
そうつぶやき、俺に微笑んでみせる。こいつの問いかけにどう答えてやろうか、そう案じていると、ロインはおもむろに俺に頭を下げた。
「……フーガの期待に応えたかったんですが、私では力不足でしたね。……本当に申し訳ない。」
調子はいつものそれだった。だが、声色は隠せない。自分への嘲笑、失敗への懺悔が含まれるような暗いものだった。体を起こし、ロインと向き合う。
「謝る必要なんてない。お前が元冒険者だとは言え、今はギルドとは無関係。そんなお前が自分の時間を削ってまで、俺なんかに協力してくれた。それだけで俺は嬉しいよ。」
俺の答えに、ロインは目を丸くする。…何か変なことを言っただろうか。そう思った次の瞬間、俺の顔を見て、フフッと笑った。
「まさか自己中心・成果主義だった君からそんな言葉が出るとは。……年月は人をここまで大きく変えるものなのでしょうかね……。」
「自己中心は否定しないが、成果主義はコンキスのことだろう。俺はそんな人間になった覚えはない。」
「どうでしょうかね。」
楽しそうに笑う。日除けの布を捲り、窓の外を覗く。フラットが新人冒険者のために、戦闘指導をしていた。あれだけ休めと言ったのに……。
「スキル“模倣”……完全とはいかないが、他人の技を、腕を盗み、まるで自分のもののようにしてしまう。体力・魔力こそ追いついていないものの、彼の動きは君そっくりですね。」
フラットのもつスキルは、当に天賦の才。俺も冒険者として長いことやってきたが、初めて見た。このスキルはロインの言った通り。人がやった動きを一度見れば、まるで同じように動けるというものだ。一生かかってその全てを得られる、いや、もしかしたら得られないかもしれない剣術を、このスキルを応用すればたったの一日……いや、それどころかたったの数時間で身につけられてしまうのだ。このスキルに、フラットは気づいていなかった。帝国騎士団士官のために剣術を学んでいたのなら、気づいていてもおかしくはない。よっぽど教わっていた指南役が、下手くそだったのだろう。
だからこそ、俺はフラットの目の前で“魔法剣術”を見せた。
気づかせるために。
ヤツに、ヤツ自身の力を。
「このままいけば、フラットは冒険者として安泰な生活を送れた。なんとしてでも引き止めたかったんだがな。」
剣を教えているフラットの姿は、生き生きしているように見えた。
「……よっぽど上司のことを尊敬しているんですね。」
「何か言ったか?」
「いえいえ。」
ひらひらと手を振って見せる。
「そういえば、フーガの持つ“力”も、似たようなものでしたね。」
机の上に置いてあった書類を、おもむろに手に取る。ふと昔を思い出す。
――冒険者だった頃の、自分を。
………忌々しい。
「あれは力じゃない。………“呪い”だ。」
ぎゅっと握りしめる。書類がぐしゃっと音を立てて歪んだ。ロインは無言でそれを見つめ、咄嗟に話題を別に振った。
「そうだ、頼まれていた物を持ってきましたよ。」
ロインが懐から封筒を取り出す。その表面には“機密事項”と書かれていた。裏面の端っこには、アテレーゼ商会長のサインと“ごひいきに”という一文が。
全く、あいつらしいな。
「それじゃあ、私はこれで。……あまり帰るのが遅くなると、あの人も心配しますしね。」
「そうだな。ありがとう、ロイン。」
手で返事をする。ロインが部屋を出てすぐ封を破き、中身を取り出す。三つ折りの手紙が二枚と、四つ折りの羊皮紙が一枚。羊皮紙の方は、何も書かれていない無地。
手紙のうち一枚は、俺宛のもの。もう一枚は……フラット宛か。大方この前のことについてだろう。
俺宛の手紙には、アテレーゼ商会が全国冒険者協会、冒険者ギルドユンクレア支部に協力するという旨、正式な書類を後で送るということ、フラットのことが書かれていた。
人の面倒を見ることがほぼなかったクラムがここまで肩入れするとは、余程フラットを気に入ったのだろう。だが……。
「……精霊暗号か。」
これは本意でない。目を凝らすと、文章の各所に、エルフの国で古くから使われている魔法術式が散りばめられている。これは現代言語に訳することができる、“言葉のもと”だ。
それを順番に並べると………。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
フーガへ
久しぶり。元気にしてた?
魔法術式を無駄に使って世間話をしてもどうしようも
ないから、早速本題に入るよ。
ガウル帝国軍部は、アスタル王国の不穏な空気を察知
した。完全に把握したわけじゃないけど、内乱が起き
そうになっていることがバレるのは時間の問題かもね。
帝国の軍人は血の気が多い奴ばかり。ちょっとまずい
かも。
戦争は、君も避けたいだろ?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
アスタル王国とガウル帝国は、互いに条約を締結している。それ以外にも、数々の他国と条約を結んでいる。その条約の保険が、俺たち冒険者ギルド――全国冒険者協会だ。
これは、後々三人とも“確認”をしないとな。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今のところは大丈夫だよ。君は心配せずに業務を続け
ると良い。アスタル王国にいる限りは、ね。
暫くの間、帝国には近づかない方がいい。
そんなわけだから、今後の連絡は商会の秘匿通信を使
ってね。使い方はわかるよね?
てなわけで、よろしく。
p.s.
おまけについている羊皮紙だけど、魔力を通してみて
よ。確か“熱砂”の攻略ドロップアイテムらしいね。
フラットが嘆いてたよ。
「なんで紙切れが…」
ってね。
でもそれ、とんでもないお宝だったよ。
スバル君に鑑定を頼まなかったでしょ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
そうか、これはあの時の……。ただの紙切れではないだろうと俺も気づいてはいた。だが、どうせ大したものじゃないだろうと割り切っていた。だから、好きにしろとフラットたちに渡したのだが…。
「とんでもないお宝……か。」
魔力を込める。すると、羊皮紙に魔法陣が怪しげな光とともに浮かび上がる。そして、その魔法陣に刻まれた術式が展開されていく。
「こ、これは………!!」
存在自体は知っていたが、実際に見たのは初めてだ。これはいつか役に立つかもしれない…。
展開を取消し、羊皮紙をしまう。
…明日からまた忙しくなる。まずは、フラットの採用試験。そして、支部の立て直しと人材確保。それに……アスタル王国の内乱。やることが色々ある。
大きく背伸びし、腰に手を当てる。頬をパンっとはたく。
「………よし。」
気合を入れて、取り組もう。ギルドのためにも、ユンクレア支部のためにも、ミヨとスバルとフラットのためにも。
応援ありがとうございます!
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