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第三章 冒険者ギルドの宿命 編

10 友に思いを馳せる

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終業後、俺たちはいつものようにミーティングをした。今日は特段変わった報告はなかった。
…それが普通なのかもしれないが。
ユンクレア支部……というよりも俺たちの周りで色々なことが起きた。
ユンクレア、ユーグ村を“陸の孤島”と化した“迷宮溢れ”ハイランク・オーガの討伐。
魔法迷宮ダンジョン“熱死の砂漠”の発見。
初心者冒険者の戦闘講習会。
“特別依頼”設定の“迷宮溢れ”幻影の霊ファントムゴーストを初心者講習会の試験として利用する前代未聞の討伐。
しかもそれを成功させた。
俺が来てからまだ一か月。その間に起きたこれらの出来事は、他に経験することのできないものとなった。冒険者をやっていた頃よりも、もしかしたら刺激的かもしれない。
元々はただ立て直しをするためだけに来たのに。
そう考えながら、すっかり暗くなった空を見上げる。

「……綺麗だな。」

思わず、零れる。
夜空に輝くは満点の星たち。遠くに見えるひときわ輝くのは、クラヌスという光の星。その名の由来は、光の女神“クラヌス”から。ロインが生まれ育った国の主神らしい。そう昔話していたのをなんとなく思い出す。
星は、夜道を歩く冒険者の道しるべ。俺も二十年前は、ロインやコンキス、それにクラムたちと一緒にあの星を目指して歩いていたものだ。クラヌスが指すは北の国。今のガウル帝国辺りを指し示す。
ガウル帝国………なぜ、帝国軍部がアスタル王国の内乱をいち早く察知したのだろうか。
アスタル王国の国民でさえ知らない人が多いというのに。アスタル王国内にも知る者には緘口令が敷かれている。漏れるはずがないのだ。いくらアスタル王国が帝国の友好国だったとしても、ありえないはず。
誰かが帝国に内通しているのか?あるいは…。
こういうことを考えるのは、俺は得意ではない。政治に関しては、滅法弱い。俺が冒険者だった頃のパーティ、その指揮を執っていたのは、コンキスだ。あいつは頭が硬いが頭がよく回り、裏に隠されたものに気づくことのできる聡明なヤツだ。帝国騎士学校卒業後、各地の王侯貴族からお声がかかり、その頭脳を欲した者は数知れず。そのくらい頭が良い。
そんなあいつは……今どうしているのだろうか。



コッ……コッ……コッ……。
時計の秒針の乾いた音が、部屋に響く。吹く風は強く、ガタガタと音を立てて通り過ぎる。
不吉な雲が、空を覆っていた。
あいつと冒険している時も、こんな夜があったか……な。
私はよく聡明だと言われるが、腕はからっきしダメだ。私が冒険者だった時のパーティ、その前衛を担い、引っ張っていたのは、他でもないフーガだ。あいつは口が悪く、悪態をつくこともあるが、私の考えに誰よりも真っ先に賛同し、それを実践してくれる懸命なヤツだ。帝国騎士学校卒業後、騎士団入隊試験の時は落ちてしまった。担当した試験官の目が腐っていたのだろうがな。だがしかし、魔法と剣術を組み合わせたその“魔法剣術”を、大陸でも他に使い手を二人と見ないくらいに極めた。そのくらいの努力家なのだ。
採算の合わない支部の立て直し、よりによって前の支部長が逃亡した支部を任せることになり、フーガが希望したことではあるが、私の心の中には罪悪感があった。
しかしあいつは、それを払拭した。口で述べたことを全て、やりとげてしまったのだ。
今後フーガほどの素晴らしい人物と知り合うことは、絶対にないだろう。
そう考えつつ、机に体を寄りかからせる。思わずため息が漏れる。

「……私も衰えてしまった。こうなる前に、幾らでも手が打てたのに。」

ユンクレアでの出来事を含め、アスタル王国では不可解な事件が相次いだ。
まず、“迷宮溢れ”であるハイランク・オーガの出現。
次に、タイミングよく現れた魔法迷宮ダンジョン“熱死の砂漠”の存在。
そして、奥深くに発生した幻影の霊ファントムゴースト
資料を机の上に並べ、もう一度考え直す。
これらの事件、魔物に共通するのは、“双腕”――つまり、冒険者だった頃のフーガの存在を知っていたこと。
そして、どちらも一度、倒したことのある魔物だということ。

……ガウル帝国には、魔物を発生させるための魔道具がある。かつて、魔物の大量発生が起きた際に用いていたものだ。召喚士は、習熟度や経験によって使役することのできる魔物に制限がある。その能力を補うために開発されたこの道具は、魔物の核――“魔石”を使用することで、誰でもその“魔石”の持ち主である魔物を、召喚することができるという便利なものだ。“魔石”を使用することから、正確には召喚というよりは、という表現が正しいらしいが。
だが、この道具は一般人がおいそれと使えるものではない。帝国内の一部権力者、またはそれと同等の資格を持つ者にしか使用が許されていないのだ。それに、そもそも召喚の素となる“魔石”がなければ使えない。
だが、ガウル帝国には“魔石”を仕組みがある。
それが、冒険者ギルド――全国冒険者協会だ。その本部がある帝都ラクロポリスの地下では、冒険者たちが倒した魔物の“魔石”を保管している施設がある。素材として持ち込まれたものをはじめ、迷宮溢れなどの強大な魔物まで、様々な種類のものを保存している。主な運用方法は研究のためではあるが……。立ち入ることのできる人物は、階級赤以上若しくは階級赤以上の者が同行する人物のみと限られてはいる。それに、警備も厳重だ。地下室の周りを、高ランク冒険者が一日中見張っている。もちろん、腕もたつ。だから、入られるはずがない。

その地下室には、かつての伝説とまで呼ばれた冒険者、“双腕”が倒した魔物も例外なく保管されている。もし、それを利用して召喚したとしたら?

帝国の権力者であり、尚且つギルド内部にも重要なポストを持っている。

これら二つの条件を満たすのは、そのような人物以外にない。

そこから私は、考えたくもない結論にたどり着いた。

「ギルド内部に、アスタル王国を貶めようとするものが……?」

コンコン……。
そう思った次の瞬間、いつの間にか風がやみ静かになった部屋に、乾いた木の音が響く。

「誰だ?」

外で、大きな雷鳴が轟く。

「お久しぶりですね、コンキスさん。あなたとお話がしたかったんですよ。」
「お、お前は……!!」

ザーッととてつもない勢いで、雨粒が地面をたたきつける。
その音をバックに見えた男の胸には、つけることが許されないはずの赤の階級章が浮かんでいた。
フーガを貶めようとして返り討ちに遭い、閑職に追いやられたはずの人物………フリューデだった。
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