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第三章 冒険者ギルドの宿命 編

14 ある日、酒場にて語る

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あれは、今思えばありえない出会い方だったのだろう。
というよりも、まさかアイツが……いや、があんなところにいらっしゃるなんて、露程も思わなかった。



俺が、冒険者として活動を始めて丁度二、三年経った位の頃だ。パーティメンバーであるコンキスと、ロインの三人で、当時は活動していた。ちなみにクラムが加わったのは、また数年後のことだ。
人々は、俺のことを“双腕”と呼び、慕ってくれている。
俺は特段、何かをやったわけではない。特別、人助けをした覚えもない。それに、自分で名乗ったこともない。
だが、民衆はいつの間にか俺のことを“双腕”と呼ぶようになり、まるで伝説の勇者の二つ名のようにその名は広まっていった。ロインは特に何も言う様子もなかった。だが、コンキスはまるで自分のことのように、俺の名声が広まるのを喜んでいたのを、今でも覚えている。
そんな冒険者として、日銭を稼いで生活をしていたある日。
俺たちは、ガウル帝国がとあるモンスターに生活圏を脅かされていると聞き、それを討伐するために、帝国に滞在していた。当時はまだ、今から数えると先々帝に当たる、ハーム帝が崩御して間もなかった。ハーム帝の政治は今でも評価されており、その治世は帝国三百年の歴史で、最も安定した時代だったと言われる位だ。そんな皇帝がいなくなったガウル帝国は、賢帝不在の不安から、民衆の暴動が日常茶飯事となっていたという。俺が実際に見た景色も、悲惨そのものだった。目の前で物取りが起きても誰も止めようとせず。大通りに今にも命つきそうな瘦せこけた老人が倒れていても、誰も助けようとせず。帝国の民は、悪い者たちばかりではない。むしろ、各国に類を見ないほどの善良な民しかいなかったのだ。
その原因は分かりきっている。
民衆に、心の余裕が無くなっていた。
何とも言えない面持ちで、その横を通り過ぎる。助けたいが、俺にはどうすることもできない。例え目の前にいる人を助けたとしても、その裏で数々の人々が困窮している。そう考えると、俺は一歩出ることができなかった。
………悔しかった。



先刻の出来事を忘れようと、俺は通りに面するとある酒場に入った。沢山の椅子が並べられていたが、それらはどれも埃をかぶっていた。机の上に無機質に積まれたカップが、かつて繫盛していたのであろう情景を辛うじて思わせた。天井から吊るされたランプは、今にも消えかかりそうだった。カウンターの前、そのランプに照らされた席に腰掛ける。

「………酒を頼む。」

カウンター向こうで、一人黙々と食器を磨いていた店主らしき男に、そう伝える。
男は一瞬顔を上げ、またすぐに顔を戻す。食器を音を立てずに置き、どこからかカップを取り出し、小さな瓶を戸棚から取った。視線の端に映ったその戸棚の中には、その瓶以外何も入っていなかったのが分かった。取り出した瓶は丁寧に栓がされていたものの、その中身は半分も入っていなかった。
ポンと微かな音を立てて栓を開け、カップにその中身を注ぐ。黄金色の液体が、カップを満たしていった。男はやはり何も言わずに、それを俺の目の前に差し出した。
薄利多売の酒場では、金を持っていない客向けではないのだが、中身を水で薄めた、最早酒とは言えないものを提供するところもある。だが、俺の目の前に差し出されたそれは、間違いなく酒だった。
これを見るだけで、店主は自分の店に誇りを持っているのだろうということが、うかがい知れた。
カップを手に取り、一口。常温でそんなにおいしくないはずだ。それなのに、俺の飲んでいるこれは全くそれを感じさせないものだった。
カップを机に置き、頬杖をついて大きくため息をつく。色々なことが頭を駆け巡った。
これまでの俺であれば、依頼のために訪れた地域のことなど、全く興味がなかった。住民のことなど、どうでも良かった。冒険者になる前、騎士団入隊試験でのあの出来事があってから、俺は感情を押し殺していたのが、その原因だ。だが、いつからだっただろうか。俺の心は、なんとなく変わっていった。それが、俺の中にある思いを何重にも複雑にしていった。カウンターに顔を伏せる。
そんな俺の脇に、ヤツは腰かけた。

「………俺にも、隣の兄ちゃんと同じのをくれや。」

そして、そう言った。俺は顔を上げ、そいつの顔を横目で見る。
帝国の民衆には見ない、珍しい髪の色をしていた。だが、ヤツの身につけている服は、民衆と同じものなのだから、違和感があった。
店主の反応が、俺の違和感を更に増幅させた。先程まで全く無表情だったその顔に、驚きが見えた。
だが、酒を出す速さは俺の時と変わらなかった。

「………兄ちゃん、この国の人間じゃないだろう?」

おもむろに、話しかけてきた。

「………ああ。」

俺は、それに一言で返す。

「………兄ちゃんの目に、この国はどう映る?」

予想外の質問に、俺は一瞬固まる。……だがその答えは、すらすらと出てきた。

「………一言で言えば、最低だ。」

俺の返答に、隣人は固まる。店主もまた、眉をひそめた。酒をまた一口飲み、男は質問を続ける。

「………何故、そう思った?」

俺は一瞬思考する。だが、この答えも、何故だかすらすらと出てきた。

「俺はこれまで、沢山の国を見てきた。この国のように貧乏な国も。豊かな国もだ。豊かだ、と言っても、国力の話じゃない。人々が豊かという意味だ。」

男は、黙って俺の言葉に耳を傾ける。

「そもそも、豊かとは何だろう。それを考えたときに俺が真っ先に思い浮かべるのが、人々がどれだけ“夢を見ているか”ということだ。」
「夢を……見る?」
「貧しく、生活が苦しい人々は、必然と目の前のことだけに意識が向くようになり、将来を考える暇など無くなる。つまり、夢を見られなくなってしまう。じゃあ、反対に夢を見る人というのは? 夢といっても、大層なものじゃなくたっていい。おいしいご飯を食べたい。おしゃれをしたい。沢山冒険したい。なんだっていい。些細なことでも、憧れの思いは夢だ。そういった憧れを抱くのは、必然と豊かな人々になる。」

店主も手を止め、話を聞く。

「俺は為政者じゃないから、偉そうなことを言う資格がないのは分かっている。だが、この状況は誰が見ても異常だ。帝国は、善良な市民で満ち溢れている。俺は、依頼で帝国各地の人々と交流するきかいがあったが、不快な思いをしたことは一度たりともなかった。」

拳を握りしめ、声を振り絞る。

「そんな人々が……困窮し、周りが見えなくなる。……これを最低と言わずしてなんと表す? 皇帝亡き後、人々を主導すべき王族は一体何をしているんだ。こんなに人々が苦しんでいるのを、俺は見過ごすことができないっ…!!」

思わず、カウンターに拳をたたきつけた。苦しんでいるの見過ごせない。これは、さっきの後悔を、自分自身に向けた言葉でもあった。俺の一連の行動・言動に、店主は慌てていた。男は一間置き、一気に酒を全て飲み干し、こう言った。

「………兄ちゃん…いや。君は、帝国の民のことを思ってくれているのだな。………君になら、話してもいいかもしれない。」

男は、そう呟くと、席を立ち上がる。俺は、ふと疑念を抱いたことを、男に聞いた。

「そういえば、あんたは一体………何者だ?」

男はキョトンとした。そして、すぐにガハハと、大声を上げて笑った。

「やはり、市井に紛れると気づかれないか。…だから国もまとめられなんだ。」

懐から、小さなバッジを取り出す。それに刻まれていたのは、“双剣と翼”の御紋だった。

「申し遅れた。俺は、ノブルム・フォン・サブラス。ガウル帝国、第七代皇帝である。」

男は、俺に笑顔でそう告げた。
だが、名前なんぞどうでも良い。
俺は、とんでもない事実に頭がやられていた。

皇族の前で、国家批判をしてしまった………!
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