上 下
47 / 64
第三章 冒険者ギルドの宿命 編

15 不穏(色々な意味で)

しおりを挟む
「ノブルム帝は、父であるハーム帝崩御後、混乱を収めるためにすぐに戴冠した。ノブルム帝もハーム帝に劣らず、政治に関しては一流の才を有していた。何せ崩御直前まで、帝国学院で見聞を広めるために、より良い執政のための研究をしていたくらいだからな。」

ハーム帝の跡継ぎは、ノブルム帝一人しかいなかった。歴代皇帝は二人以上妻帯することがざらにあったために、沢山の跡継ぎが生まれていたのだが、ハーム帝は生涯たった一人の女性しか愛さなかったという。他にも子供はいたが、皆同盟国の王子の下へと嫁いでしまったそうで、必然的に跡取りとして選ばれたそうだ。はじめから自分が帝位を継ぐことを分かっていたからこそ、自身の能力を最大限高めようとしたのだろう。

「ですが、そんな才をお持ちのノブルム帝が後を継いだのに、何故帝国は諸外国との立ち回りが上手くいかなかったのでしょうか……。まさか、帝国の民が…?」

ミヨがふとそんなことを口にする。

「いや、帝国民はノブルム帝を慕っていたよ。現に、ノブルム帝が支援した全国冒険者協会は今も残っているだろ?」

それに、頭の後ろに腕を組んでソファーにもたれながら、クラムは返した。

「そうだな。ノブルム帝崩御の後も、全国冒険者協会が活動できているのは、間違いなくノブルム帝の威光のおかげでもある。もし嫌われているいるようなら、まず協会は間違いなく、批判のやり玉に上がるだろう。」
「…ならば、何故帝国は安定しなかったのでしょうか。」

フラットはメモを取りながら、俺に疑問を投げかける。ここまで完璧な皇帝が跡を継いだのに、何故なのだろう、と。
……ガウル帝国の事情を知らない者にとっては、考えもつかないだろう。茶をまた一口飲み、フラットの問いに答える。

「……対立していたんだ。」
「……どこと…ですか?」
「……軍部だ。」

ホワイトボードに、“帝国騎士団”と書いた。



某日。
帝都ラクロポリス。その中心に位置する王城に、鎧に身を包んだ一団が入城した。
城壁から王城を結ぶ中央街道を、物々しい雰囲気で一歩乱さず歩くその様子は、異様ささえ醸し出していた。一団の真ん中、騎馬する兵士が持つ大旗に刻まれているのは、“双剣と盾”の紋様。
一団は、帝国騎士団であった。

先頭を進む将兵は、部下である数人を引き連れ、王城西側にある、騎士団長の部屋へと入った。
部屋奥にある椅子には、一際豪華な鎧に身を包んだ男が、腰掛けていた。男は、棚から取り出した煙草を手に取り、火を付け、大きく吸った。吐き出した煙は、天井へと昇る。

「団長。第三班が召喚紋を用いた魔物召喚に成功し、予定通りアスタル王国内で活動を始めました。大陸法に基づく裏取りも完了したと、報告が上がっています。」

将兵は、短く報告する。男は、ただ煙を吐くだけだったが、緊張感が辺り一帯を包んでいた。
報告を聞き終わると、男は口の端に笑みを浮かべ、煙草の火を灰皿に擦り付けて消す。おもむろに立ち上がると、窓の外を見上げた。空には不気味な青い月が、大きく浮かんでいた。

「ボケ腐った先帝ノブルムは、我ら帝国騎士団をないがしろにし、事もあろうに冒険者などという劣等愚民に肩入れをした。この愚行に反せず、ただ従属すれば我ら騎士団の名が折れる。今こそ立ち上がり、冒険者に鉄槌を下さねばならない。」

独り言のようで、誰か聞かせるように喋ったその言葉は、将兵とその部下たちを包む。
――恐怖。それが、将兵たちの抱いた感情に相応しい表現であろう。



帝国軍は、長年にわたり皇帝家と対立していた。対立という表現は正しくないかもしれないが、帝国の全権を有する皇帝は、唯一持っていない指令系統がある。
それが、軍部。つまり、帝国騎士団だ。
実は、ガウル帝国は沢山の小国が同盟を結び成立したという歴史がある。その中枢が、同盟締結の主体を担ったサブラス王国の王家。つまり、今の皇帝家だ。そのこともあって、今でもガウル帝国の実権は旧サブラス王家が保有している。そして、帝国議会の議員として、各国の長であった旧王家の者が参加する、議会連立制度を取っている。この制度は、絶対的な権力者として皇帝が在位しつつも、乱心し、ガウル帝国に不利益をもたらしかねないと判断された時、議会の三分の二以上の賛成があればその権力をはく奪し、議会へと移るというものだ。そして、帝国騎士団はこの時、独立した動きを求められることから、皇帝の指示系統から外れているというわけだ。
この制度は当時、完璧なものだった。だが、時代が進むにつれて、ほころびを見せるようになった。
それが、“軍部の増長”だった。

皇帝の絶対権力による弊害を防ぐための制度は整っていた。だが、軍部に関しては、全く想定に入れてなかった。帝国騎士団は、縛られるものが議会の指示だけであったために、騎士団長が持つ力はとてつもないものとなった。

「“皇帝”が政の頂点ならば、“騎士団長”は武力の頂点。だからこそ、軍部は独立した権力という大義名分の下に、皇帝の指示を聞かなかったのだろうな。だが、ハーム帝の時代は違った。軍部と皇帝の関係が良好だったんだ。だとすると、崩御後、帝国民たちが不安に陥るのも訳ないだろう?」
「そうですね。跡を継いだ皇帝…ノブルム帝が、軍部をまとめられるのか、ということになりますもんね。」

合点し、頷きながらスバルは言った。

「ああ。結果は、予想通り。代替わりした皇帝を、騎士団長は認めなかった。再び、騎士団は力を強めていったことで、各地の村や町を間接的に騎士団が関わるようになった。当時帝国民が困窮していた原因は、まさしく騎士団の仕業によるものだろう。だから、ノブルム帝はずっと頭を悩ませていた。そんな時、皇帝の耳に、“冒険者がギルドを作る”という情報が入った。」
「成程……。だとすると、皇帝が賭けをしてまで冒険者の支援に回った理由が、わかる気がします。」

フラットはメモを閉じ、ポンを手をたたいた。スバルもそれに同調するが、ミヨだけは疑問符が残っているようだった。

「ですが、何故支部長はそこまでご存知なんですか? これって、“双腕”しか知りえないはずでは……。」

思わず、茶を噴き出す。…ま、マズイ。

「い、いや、それはほら、本部にいたときに……コン……副本部長に聞いたんだよ!」
「そ、そうですよミヨさん! 絶対その筈ですっ!!」

何故だかスバルも、俺のフォローに回る。それも必死に。ありがたいは、ありがたいんだが…。

「そうですか。まあ、そうですよね。何せ、勇者や神の商人がパーティメンバーでしたもんね…。」

へくちっ、とクラムはくしゃみする。
その納得のされ方もまたどうかとは思うが…。まあいいだろう。

「それで支部長、朝のミーティングの大事な話がそのことだそうですが、一体業務と何の関係が…?」

メモを閉じ、フラットが俺にまた疑問を投げかける。

「決まっているだろう。フラット、実はこの内容が、採用試験の知識事項として出るんだ。」
「し、支部長……僕のために……!」

俺の言葉に、フラットは目を輝かせる。スバルとミヨも、うんうんと頷く。

…まるで、

「何を蚊帳の外のような顔をしているんだ、ミヨ、スバル。まさか忘れたとは言わせないぞ。」
「「へ………?」」

未だとぼけた顔をする。……仕方ない、証拠を出すか。
懐から、二つの書類を取り出す。宛名は、ミヨとスバル、それぞれに宛てられたものだ。

「あっ……それ…!」
「…そんな、しっかりと隠したはずなのに……んっ!」

スバルが慌てて口を塞ぐ。だが、もう遅い。

「フラット、お前は知らないだろうから説明するがな、実は職員は四年に一度、職員採用試験と同じ問題を解かなければならないんだ。」

勿論、酷い点数をとってもクビにはならんがな、と付け加える。
この試験の目的は、職員の知識とサービスの質をしっかりと保つためのものだ。低い点数をとっても注意を受けるだけであり、特段問題はない。だが、支部立て直しのためには、基礎知識をつけることもまた大切だ。

「お前らも一緒に、改めて学ぼうな☆」

ニコッと、二人に今までで一番の笑顔を向ける。

「「……は、はい。」」

二人の笑顔は、引きつっていた。
フラットはアハハ……、と同情の笑みを浮かべた。
しおりを挟む

処理中です...