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第三章 冒険者ギルドの宿命 編

27 王手

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「貴様……身分の偽りは、神聖な審議の場を汚すことと同じだぞっ!!」
「…お前が何を考えているかは知らないが、何も偽ってはいないぞ。フーガってのは俺の本名だからな。本当に調べたのか?」

悔しさに満ちた顔をする。冒険者データベースには、本名で登録されている。調べようと思えば、すぐに分かったはずだ。だが、気づいていなかったということは、冒険者をどこか甘く見ていたのだろう。
……驚愕する議場とは対照的に、ミヨはあまり驚いていなかった。

「ミヨは、そんなに驚かないんだな。」
「いえ、そんなことはありませんよ。でも、何でハイルさんやロインさんなどの重鎮と知り合いだったのかが、腑に落ちて、何となく納得しちゃいました……。それに、この前、“双腕”と支部長フーガの思い出がごっちゃになってましたし……。」
「ああ、そう……。」

もう少し、しっかりしないとな。だが、ルーフェスは相変わらず腹立つくらいに余裕な表情を浮かべていた。むしろ、因縁の相手が目の前に現れたのだから、しめたと思っているのだろう。
そんな時、俺の懐のものが、小さく震えた。そして、ルーフェスもまた口を開いた。

「勝ったつもりだろう! ……でもなあ、“双腕”! 貴様の仲間は来ない!」
「……“迷宮溢れ”で足止めをしているからか?」
「……!?」

ルーフェスは、俺たちもまた余裕そうな表情をしているという異変に、気づいたようだ。隠してあった通信用と見られる“魔石”を取り出す。そして、小声で部下に連絡を取り始めた。

「……こそこそと何をやっている?」
「…何でもない! 貴様には関係ないわっ!!」
「そうか。……なら、俺も関係なくやらせてもらおう。」

議長に筆を借り、術式を書く。そして、その魔法が発動する。各州長方の席にも、を飛ばす。映し出されたのは、遠くの映像だった。

「高位魔法“場面投影シーンスポット”。ここから離れた景色を映し出すための魔法です。今ここに映る景色は、アスタル王国の様子です。」

そこにいたのは、フラットと、冒険者たち。苦戦していたはずの“迷宮溢れ”たちは全て、地面に倒れ伏していた。

「何故っ……こんなことにっ……!?」

ルーフェスの口から、思わずそう漏れる。

「ああ、まさかだと思うよな。でも、の前じゃあ、こんなのはスライム以下だよ。」

遠くから、更に大きな魔物を担いだ、二人の男が現れる。

「昔に比べたら、大したことないのう……。」
「何言ってるんですか。私のアシストのおかげでしょう。」
「……あ、あいつらは…! 炎の勇者ハイルと、“聖なるセイクリッド魔術師ウィザード”ロイン……!」

悔しそうなルーフェスを尻目に、画面の向こうのフラットは、剣を置いてこちらにピースする。



僕が支部長に頼まれた役目。
それは、“迷宮溢れ”の討伐だった。
道中、ロインさんとハイルさんに、声をかけるように言われた。
皆で倒した方が効率がいいからだ。
だけど、ロインさんもハイルさんも、そんなに乗り気ではなかった。

「……いやあ、私たちの出る幕はないと思いますよ。」
「……同感じゃな。」

初めは、二人の発言が不思議だった。何を言ってるんだろうと。
国境付近に到着して、驚いた。
ほとんどの“迷宮溢れ”は、冒険者たちによって討伐されていたからだ。
辺りを見渡すと、見覚えのある人たちがいた。

「あっ……フラットくーん!!」
「……こっち。」
「ルリさん! ハイシュさんも、ひさしぶりだね!」

ここにいた冒険者たちは皆、あの講習会に参加した人たちばかりだった。

「……呆気なかった。“幻影の霊ファントムゴースト”に比べたら、チリみたいなもの。」
「フーガさんとの実践訓練の方が、よっぽど難しかったね。」

そういう二人に対し、僕は声が出なかった。
支部長、まさかここまで皆を強くするなんて……。ルリさんやハイシュさんだけじゃない。他の冒険者たちも皆だ。すると、僕の後ろにいたロインさんが、こう言った。

「国境周辺まで砂漠が広がる、このアスタル王国。ここの砂漠も、ユンクレア支部の管轄だ。…フーガがわざわざ講習会を開いた理由が、何となく分かったでしょう。」

ユンクレア支部周辺は、元々弱い魔物しか現れない。だから、集まってくる冒険者たちも皆、なり立ての初心者や、EランクやFランク冒険者たちばかり。ユンクレア支部は万年財政難が続いていた。僕はずっと、講習会を開いたのは、ユンクレア支部に集まる人を増やすのと、初心者を鍛えることだけが目的なのかとずっと思っていた。
だけど、“迷宮溢れ”が現れた。
ユンクレアは、本来なら弱い冒険者しかおらず、簡単に倒れていたかもしれない。
でも、講習会で、底上げどころか、皆“迷宮溢れ”を簡単に倒せるくらいに力を身につけていたから、簡単に対処できた。

……支部長は、全てを計算していたのか。

気づいた瞬間、全身がぞわっとした。恐ろしいわけじゃない。

「すごいだろう、お前のところの支部長は。」

ハイルさんが自慢げに、そう言った。

「…はいっ!」

僕はそれに、大きく同意した。



「…国境付近の“迷宮溢れ”は、全て片付きました。今、そっちにスバル先輩が、“魔石”とともに向かっています。」
「……そうか、ありがとう。」

通信を切る。それと同時に扉が開き、息を切らせたスバルが大きな包みとともにやって来た。

「支部長……“魔石”、お待たせしました。」
「お疲れさん。ミヨの脇の椅子に座って休んでくれ。」
「はい……。」

そのまま、倒れこむように椅子に身をもたげる。急いで駆けつけてくれたのだろう、砂漠の砂で靴はボロボロに、服も汚れていた。
スバルから受け取った“魔石”。皆の意思を、握りしめる。

「支部長、“魔石”を、証拠として提出します。」
「……うむ。」

議長が、目を通す。そして、そこに刻まれている“召喚紋”をまた、映し出す。
スバルが持って来てくれた“魔石”の“召喚紋”は、全て同じもの。
“召喚秘具”のものだった。

「これらの証拠から、確かに“迷宮溢れ”を、“召喚秘具”をもとに召喚したことが証明できるかと思いますが、いかがでしょう。」

州長方に問いかける。すると、ガゼル州長が口を開いた。

「これだけ揃っている。私は証明できると思うがな。皆々方は?」
「ガゼル殿がそう仰るなら……。」
「異議なし……。」

ガメルに買収されていたのであろう州長たちも皆、渋々同意する。
ルーフェスは、ギリッとこちらに聞こえるくらい大きな音で、歯ぎしりをする。

「くそっ………だがなあ、肝心の供給元はどう説明する? それが分からない限り、完全な証明はできないっ!!!」

そして、そう大きな声で叫ぶ。だが、ヤツの顔には焦りが見えていた。先程まで余裕だった顔は、見えない。
しかし、ヤツの言う通りだ。それだけが、どうしても分からない。一体どこから、持って来ているのだろう。こんな時に、コンキスがいてくれたら……。
そんな俺の様子を察し、ルーフェスは、下衆な笑い方をする。

「……そうだよなあ。冒険者だった貴様の傍には、いつもコンキスがいた。貴様が困った時、ヤツはいつも道筋を教えてくれる。そんなコンキスはいないからなあ!!」
「お前……コンキスに何をしたっ!?」
「フフフ…どうだかなあ?」

ルーフェスは何も考えずに、醜態を晒す。
とうとう手段を選ばずにきたか。ヤツは、勝ち誇った顔をする。

「貴様の負けだっ! “双腕”っ!!」

だが、次の瞬間。

「…………果たして、どちらの負けだろうな。」

そう、低い声が響く。扉に目をやると、コンキスが立っていた。やつれている。どこかに捕まっていたのだろうか。
そして、その傍に立っている男は……。

「フリューデ……っ!! 貴様!!」

俺のかつての部下で、俺を恨んでいた男――フリューデだった。
だが、そんなフリューデを見て、慌てていたのは、ルーフェスであった。
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