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第一章 ゼイウェンの花 編
6 おかしな“赤字”
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「しかし………クラムさん。あのご婦人は、一体どこのどなただったのでしょうか。それに、クラムさんに全てをお任せするって、この紙置いてどこかに行ってしまわれたし………。」
婦人が渡した紙を片手に、そう文句を言うコール。
「まあまあ………。おかげで、フーロン商会が一体何をしたかったのかがなんとなくわかってきたし。」
埃を払った椅子に腰かけ、辺りを見回す。この椅子に関してはほぼ使われていないようで、埃を被っていたが、それ以外のところは誰も人がいない空き家には似つかわしくないくらいに綺麗にされていた。
このレーヴの店舗が、つい最近まで使われていたのは間違いない。しかし、店舗の経営状況が記された帳簿も会計記録も取扱商品の一覧もなく、資料に関してはすべてが持ち出されていた。
「クラムさん。ご婦人の仰っていた“魔力矯正剤”って、結局なんなのでしょうか。」
「そうだね………。現物が一つも残っていないから、成分が何なのかを調べることもできない。よって、推測することしかできないわけだが………。」
棚の中に、唯一残されていたのが………屋台で見つけたあの広告。店内に貼ってあったのか、日を浴びて少し色あせていた。
「コーちゃん。“成長促進剤”は聞いたことがあるでしょ?」
「はい。アテレーゼ商会でも取り扱っている農業用品ですよね。苗木にひとかけするだけで、沢山の実をつけるというものだったかと。」
手帳をめくり、該当のページを示す。僕はそれに頷いて返した。これに関しては僕が仕入れた品だから、よく覚えている。ガウル帝国大学が農家の人からの意見を集め、数々の実証実験で完成された、世紀の大発明。生成に使う材料が民間でも手に入るものだったから、爆発的に広まったわけだが………。
「効果がそれだけなら良かったんだけどね。ここで、ある問題が起きた。」
手帳を一枚めくる。そこに示されていたのは、この薬品の副作用。
「苗木には効果を発するこの薬品だったが、土の中で育つ野菜には効果がなく、しかも成長が遅くなるという報告があった。」
「………なんだか、“魔力矯正剤”と似ていますよね。」
「そう。だから、この魔力矯正剤というのは、帝国大学の開発した“成長促進剤”を、改造してできたものなのではないかな。」
「………でも、改造ってそんな簡単にできてしまうものなんでしょうか。」
確かに、改造自体は単純なものではない。素人が手を出そうとすれば、失敗してしまうのが目に見えてわかる。だけど………。
「専門家………つまり、魔法道具の作り手であれば、できちゃうと思うよ。」
「そうなんですね…。」
「だけど………物凄く効率が悪い。こういった魔道具を扱う職人は、とても貴重な存在で、大陸に何百といない。もし雇おうとなったら、その金額は開発費と合わせてとんでもないことに………。」
そこまで口にして、ようやく気が付いた。
フーロン商会のこの店舗。商売をするのにとても適した立地だというのに、少なくともここ一年はずっと赤字だった。一年分の経営損失であれば、どうにかすれば稼ぐことはできたはずだ。
だが………もし………。
もし、この赤字が………………店舗経営によって生まれたものではなかったとしたら?
“副作用については、どのような条件の元発生するのかは未だ不明である”。
以前、何処かで聞いた話が、頭にぱっと浮かんできた。
「なるほど、ねェ~………そーいうことだったんだア。」
「クラムさん、どうしたんですか?」
「いや………ね。そうだ、実際にその畑を見に行ってみようか。ね、善は急げっていうでしょ?」
「話をそらさないでくださいよっ! ちょっと………意味が違いますし………!!」
◇
二人が店を出て、畑に向かったその様子。それを、窓に片手を当てながら、黙って見ている人物が一人。その人物の脇で、地面に片足をつき、男が首を垂れていた。
「………あの商人、本当に信用にたるでしょうか。私はっ………!」
キッと歯を食いしばる。男を見て、窓辺の人物はため息をついた。
「言ったでしょう。私が直に見定めました。大丈夫ですよ、きっと。」
窓から手を放し、姿勢を低くして男と視線を合わせる。
「あの………クラムという方は、私の正体に気づいています。知っていて、私の目の前で、この街には何もない………と言ってのけました。」
「なんと…。」
「ですが、彼は言いました。『僕が三流でないことだけは、保証しますよ』とね。それが、信用できる証拠ですよ。」
そう言って淑やかに微笑んだ女を見て、男は更に大きなため息をついた。
婦人が渡した紙を片手に、そう文句を言うコール。
「まあまあ………。おかげで、フーロン商会が一体何をしたかったのかがなんとなくわかってきたし。」
埃を払った椅子に腰かけ、辺りを見回す。この椅子に関してはほぼ使われていないようで、埃を被っていたが、それ以外のところは誰も人がいない空き家には似つかわしくないくらいに綺麗にされていた。
このレーヴの店舗が、つい最近まで使われていたのは間違いない。しかし、店舗の経営状況が記された帳簿も会計記録も取扱商品の一覧もなく、資料に関してはすべてが持ち出されていた。
「クラムさん。ご婦人の仰っていた“魔力矯正剤”って、結局なんなのでしょうか。」
「そうだね………。現物が一つも残っていないから、成分が何なのかを調べることもできない。よって、推測することしかできないわけだが………。」
棚の中に、唯一残されていたのが………屋台で見つけたあの広告。店内に貼ってあったのか、日を浴びて少し色あせていた。
「コーちゃん。“成長促進剤”は聞いたことがあるでしょ?」
「はい。アテレーゼ商会でも取り扱っている農業用品ですよね。苗木にひとかけするだけで、沢山の実をつけるというものだったかと。」
手帳をめくり、該当のページを示す。僕はそれに頷いて返した。これに関しては僕が仕入れた品だから、よく覚えている。ガウル帝国大学が農家の人からの意見を集め、数々の実証実験で完成された、世紀の大発明。生成に使う材料が民間でも手に入るものだったから、爆発的に広まったわけだが………。
「効果がそれだけなら良かったんだけどね。ここで、ある問題が起きた。」
手帳を一枚めくる。そこに示されていたのは、この薬品の副作用。
「苗木には効果を発するこの薬品だったが、土の中で育つ野菜には効果がなく、しかも成長が遅くなるという報告があった。」
「………なんだか、“魔力矯正剤”と似ていますよね。」
「そう。だから、この魔力矯正剤というのは、帝国大学の開発した“成長促進剤”を、改造してできたものなのではないかな。」
「………でも、改造ってそんな簡単にできてしまうものなんでしょうか。」
確かに、改造自体は単純なものではない。素人が手を出そうとすれば、失敗してしまうのが目に見えてわかる。だけど………。
「専門家………つまり、魔法道具の作り手であれば、できちゃうと思うよ。」
「そうなんですね…。」
「だけど………物凄く効率が悪い。こういった魔道具を扱う職人は、とても貴重な存在で、大陸に何百といない。もし雇おうとなったら、その金額は開発費と合わせてとんでもないことに………。」
そこまで口にして、ようやく気が付いた。
フーロン商会のこの店舗。商売をするのにとても適した立地だというのに、少なくともここ一年はずっと赤字だった。一年分の経営損失であれば、どうにかすれば稼ぐことはできたはずだ。
だが………もし………。
もし、この赤字が………………店舗経営によって生まれたものではなかったとしたら?
“副作用については、どのような条件の元発生するのかは未だ不明である”。
以前、何処かで聞いた話が、頭にぱっと浮かんできた。
「なるほど、ねェ~………そーいうことだったんだア。」
「クラムさん、どうしたんですか?」
「いや………ね。そうだ、実際にその畑を見に行ってみようか。ね、善は急げっていうでしょ?」
「話をそらさないでくださいよっ! ちょっと………意味が違いますし………!!」
◇
二人が店を出て、畑に向かったその様子。それを、窓に片手を当てながら、黙って見ている人物が一人。その人物の脇で、地面に片足をつき、男が首を垂れていた。
「………あの商人、本当に信用にたるでしょうか。私はっ………!」
キッと歯を食いしばる。男を見て、窓辺の人物はため息をついた。
「言ったでしょう。私が直に見定めました。大丈夫ですよ、きっと。」
窓から手を放し、姿勢を低くして男と視線を合わせる。
「あの………クラムという方は、私の正体に気づいています。知っていて、私の目の前で、この街には何もない………と言ってのけました。」
「なんと…。」
「ですが、彼は言いました。『僕が三流でないことだけは、保証しますよ』とね。それが、信用できる証拠ですよ。」
そう言って淑やかに微笑んだ女を見て、男は更に大きなため息をついた。
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