商人(あきんど)エルフは何処へ征く

拙糸

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第一章 ゼイウェンの花 編

23 婦人の笑顔(?)

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翌日。
朝日が昇り始め、街の人々がようやく動き始めた頃、僕らもまた出立の準備をしていた。
広場の木々からは、日の出とともに目覚めたのであろう、寝ぼけた鳥のさえずりが聞こえ始めた。

「……あら、随分と早い出発なのね。」

領主邸から軽く、伸びをしながら出てきた婦人が、そう問いかけてくる。
いつもの着飾ったドレスではなく、随分と質素な格好だ。まあそれは当然だ、寝起きですぐ来たのだろうから。しかし、足元だけは高そうな(十中八九高いんだろうけど)革靴が覆っていた。

「ええ。そうしないと、間に合いませんから。」

ここから王都マーゼまでは、途中の休憩を挟んで二日程度の道のりだ。
それを何故急ぐのかというと……。

「国営鉱山のコンペティション、もうすぐ始まるものね。」

国営鉱山運営主体募集に係るコンペティション。
ここが、最大の山場となる。
このコンペには、フーロン商会を初め、国営鉱山運営に名乗りを上げようと模索する商人や貴族たちが集まる。わずか三日程度の会期ではあるが、ここで全ての決着がつく。
つまり……これが終わるまでに僕たちはジャール不正の証拠を集めなければならないのだ。

「まあ間に合わせるためって目的もありますけど…………王都に行く前に、ちょっと寄らなきゃいけないところがありましてね…。だから、早めに出たいんです。」
「………そう。」

婦人は何かを考えるように、あごに手を当てた。

「おはようございます、婦人。」

馬車の荷台の幌の中で作業をしていたコールが、婦人の靴音に気づき、声を掛ける。婦人はそれに笑顔で返した。

「それにしても、随分と大きな馬車で行くのね。」

婦人が、荷馬車の幌を前後に見渡してそう言った。確かに、僕らが今回使う馬車は、商人が使うものとしてはかなり大きな部類に入る。もちろん、これには理由があるのだけども…。

「ええ。があるものですから。」

そう言って、幌の中を婦人に見せる。中には、大量の藁が詰められている。

「クズ藁……?」
「ええ。昨日のうちにエルガさんに交渉して、畑で使わなくなったクズ藁を分けてもらったんですよ。」

備品のカウントをしながら、婦人の問いかけにコールが答える。
今年は不作であったが、昨年までの藁のあまりを何かに使えるだろうと倉庫に保存していたようで、尋ねたところ持ち出しを快く許諾してくれた。
エルガには感謝してもしきれない。
婦人は荷台の手前にポロポロと落ちてる藁を手に取り、広げる。

「…こんなもの、たくさん持っていってどうする気?」
「んーと、そうですね…。」

この藁には追々助けられることになるだろう。
そんなことはつゆ知らず、婦人の顔には疑問符が浮かんでいた。
を伝えても良いところだけど、何処で誰が聞いてるか分からないからなぁ…。でもまあ、本当のことを少し言う分には問題ないか。

「ジャールへの贈り物ですよ。」
「……………………。」

ため息をつく婦人が心のなかで何を思ったのかは知らない。だけど、僕には………自信がある。

「ま、結果は………見てのお楽しみってことですよ。」

そう言い、婦人に笑顔を向ける。婦人は何故か、僕の笑顔を驚いた表情で見ていた。僕らの後ろから、日の光が建物のすき間を縫って差し込んだ。そのまぶしさに思わず、目を閉じる。

「そうね……。」

目を開けると、婦人は少しだけ何かを考え、頷いた。

「…まあいいわ。あなたの中には、勝算があってのことなのでしょうから。」
「当たり前ですよ、勝てない勝負はしない主義なんでね。」

そう言い婦人にニッと笑顔を見せると、婦人は苦笑した。

「そうだ。何か困ったことがあったら、すぐに連絡してちょうだい。」

そう言うと、懐から小さな石を取り出す。これは……。

「これって“伝書石”ですよね、実物は初めて見ました……。」

いつの間にか作業を終えたコールが、脇から婦人の持つ石をのぞき込み、そう言った。
“伝書石”というのは、一種の転送装置ワープポータルのようなもので、一対の魔導石装置を置いて初めてその効果を表す魔導具だ。石を登録したい地点に置き、記録をすると、その二点間を結んでちょっとしたものを移動させることができる。一つの石に複数箇所を登録することもできる。だけども……。

「この石には、レーヴにある私の執務室が記録されているわ。」
「婦人……。これ、何処で手に入れたんですか?」

“伝書石”を持っている人は限られる。名のある大商人、それこそ大陸三大商会であったり、公爵位くらいの高い身分の貴族であったり、王族であったり。
そんな石がなぜ、レーヴの領主邸にあるのか。
……答えは一つしかないけども。

「……内緒。あなたの作戦と、同じね。」

そう婦人は、意地悪っぽい笑顔を見せた。
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