商人(あきんど)エルフは何処へ征く

拙糸

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第一章 ゼイウェンの花 編

25 “准商人”

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「“准商人”……。名前だけは聞いたことはありますけど、どんな制度なんでしょうか?」

鞄から筆記用具と手帳を取り出し、コールが尋ねてくる。

「ガウル帝国大学で、商業系・魔法学系含めた所要の課程を経て、学位を認定されると得られる資格だよ。もちろん、ただ学位を認定されるだけじゃ得ることはできない。帝国から出されるいくつかの条件を満たさないといけないんだけど、まあ年一の受かるかどうかすら分からない試験を受けるよりかは、かなりハードルは下がるよね。」

軽くジェスチャーを交えながら、コールに説明する。

「そして……これが凄いのは、金の“公商紋章トレーダークレスト”とほぼ同じ効力を持つ、というところ。」

公商紋章トレーダークレスト”が意味するのは、その商人の“信用”だ。
ガウル帝国の定めた厳しい試験を突破して付与されるそれは、小さいバッジではあるがその商人の腕前を表す。
もちろん、無くても商売はできるし、無免許で商売をしたとしても何の罪に咎められるわけでもない。
だけど………その差は、とても大きい。

収入も、取り引きの立場も、格も、何もかも。

商売にとって大切なのが……“信用”と“信頼”。
その“信用”を、“公商紋章トレーダークレスト”はいとも簡単に保証する。

公商紋章トレーダークレスト”を持てるのは、帝国が“信頼”する商人だけ。
これが意味することは、自明だ。

「ただ、月に何度も、金の“公商紋章トレーダークレスト”を持つ商人の監査を受ける必要があるから、独立は難しい。それに、取り引きにもいくつか制限がかかる。だから結局、どこかの商会付きの商人になるしかないんだけどね。」

エーナがフーロン商会に所属をしていたのも、これが理由。

「まあでも……それらのデメリットをしても、銀色の“公商紋章トレーダークレスト”はとても大きな価値を持っている。」
「価値……ですか。」

コールはペンを走らせながら、そう口にする。
ガウル帝国のある方へと目を向けると…一面緑の、のどかな車窓が広がっていた。



「………すいません。あの…。」
「どうかなさいましたか?」

……私は、意を決した。

「ここには載っていない情報……フーロン商会の、年次会計報告書の詳細を、拝見したいのです。」

私のその言葉に、担当の帝国兵が少しだけギョッとする。
無理もない。基本的に、中央図書館においては一般に公開されている情報の閲覧請求しか基本的になされないからだ。それ以上の請求はすなわち……帝国の機密情報の捜索とも言える。また、私が調べようとしているのは、私の所属する商会とは別の組織の情報だ。
私の申し出に、帝国兵は額に汗を浮かべる。

「……詳細ですか。しかし……。」
「帝国法によって、一般人が閲覧できる情報に限りがあることは、もちろん存じ上げています。」

服の後ろに隠れてしまった、首からかけたペンダントを取り出し、彼に見せる。
銀色に鈍く輝く、“公商紋章トレーダークレスト”。これは、帝国からの“信用”の証。

「しかし、“これ”があれば…………閲覧の否定はできないはずです!」
「……そうだな、ねーちゃんの仰るとおりだ。」

すると、帝国兵の後ろからコツコツと硬い足音を鳴らして、頭を軽く掻きながら別の男性が近づいてくる。

「帝国法が禁じているのは、“一般人”による情報閲覧のみ。ねーちゃんの示す“公商紋章トレーダークレスト”は、帝国による“信用”の高さの裏付けだ。つまり、ギリギリ“一般人”とは言えない。」

ボサボサの黒髪と無精髭を携えたその人は、小さくため息をつきながらそう答える。やる気があるのかないのか、分からない気だるげな表情をしていた。
……しかし。その眼光は鋭かった。

「お前………どこの回しもんだ?」



「……の、“信用”………。」

ガタッと、馬車はまた小さな石をはねる。

「銀色の“公商紋章トレーダークレスト”には、それ自体の“信用”に……ガウル帝大の学位という価値が加わる。それに……どのみち金色の“公商紋章トレーダークレスト”を持つ商人の下、動くしかない。それはつまり、裏を返せば帝国のものすごく大きな“信用”を得る人物とともに常にあるということ。」

足を組み替えると、ギシッと、椅子から小さい軋み音がした。
銀色の“公商紋章トレーダークレスト”は、金色と比べれば確かに“信用”は劣る。しかし、ガウル帝国大学を出たというその証明は……その劣りを補い、さらには金色による“信用”の補強がなされる。

「…銀の“公商紋章トレーダークレスト”の威力と正当性はなんとなく分かりました。しかし……無理やり情報を請求することがあったら、帝国から睨まれてしまうのではないでしょうか。」

コールの指摘は至極最もだ。何故なら、帝国の機密情報をグレーなやり方で探っているからね。…でもまあ、そのあたりは何とかなると思う。

「“調査研究”………。」

僕の呟きに、コールはピクッと反応する。
学位が示すのは、その人物がある学問分野のエキスパートであるということの証明だ。
帝国が認定したその評価は、帝国内では圧倒的なものである。覆ることはない。

そんな人物が、“調査研究”という名目で情報を請求したら……。

ペンを回し、空中に投げる。パシッと、右手で取ってみせる。

「帝国は、情報の閲覧を否定できるかな。」

僕は満面の笑みを浮かべた。



「アテレーゼ商会………………あのヤロウ、覚えとけよ。」

渡した名刺をまじまじと見ながら、男はボソボソ何かを呟く。そして、それを懐にしまうと、元の表情に戻った。

「仕方ねえ。ちょっとばかしグレーではあるが、“調査研究”のためならば情報を渡さないわけにはいかねえからな。」

とため息混じりに口にし、男は軽く制服を直す。

「おっと、申し遅れたな。俺は、帝国第二兵団、第三隊長のネーブルだ。ま、お前さんとこの商会長とはちょっとばかし因縁があってな……。」

腰に手を当て、懐から鍵を取り出す。そのタグは……“情報庫”。

「機密情報は手続きを踏まないと地上に持ち出せない。すまんが、地下までついてきてくれ。」
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