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第一章 ゼイウェンの花 編
26 信じてやってくれ
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「さて……と。」
中央図書館の廊下突き当たり。大きく重たい鉄の扉が、そこにはあった。ネーブルは懐から鍵を取り出し、扉に強めに差し込む。ひねると、中から何か外れる音がはっきり聞こえた。
「そんじゃ、ねーちゃん。開けるから、そっちの扉を俺の合図で押してくれ。いくぞ!せーのっ……。」
掛け声を合わせ、腰と足に力を込めて、誰か人を押し倒す勢いで扉を強く押す。すると、鈍く低い音とともに、少しずつ開いていった。
奥の方は暗くて何も見えないが、外の明かりで照らし出された手前の部分から……奥行きが広く、地下へと続く階段があることがうかがえた。
「どれ……。そんじゃ、行くか。」
壁際に置かれた鉄のランタンを手に持ち、ネーブルさんとともに中へと入っていった。
◇
「それにしても……大胆なことを思いついたもんだな。」
石造りの古い階段を降りながら、先頭を歩くネーブルはそう私に声をかける。
「帝国の内部資料は、おいそれと見れるものではありませんから。」
「だが、やってることはグレーゾーンだからな。それだけは覚えておいてくれよ。」
ネーブルさんはぼやきながらも、どこか清々しそうだった。
「そういえば。ネーブルさんは、クラムさんのことをご存じなんですね。」
そう声を掛ける。少し間を開けて、返事が返って来る。
「……そうだな。知っているというか、因縁というか、何というか…。」
なんとも歯がゆい答え方をする。そして、階段をどんどん降りてゆく。
「……騎士学校時代の同級生なんだ、あいつは。」
「えっ……クラムさんって、騎士学校の出身なんですか!?」
勝手に、商人の育成機関で経済学を学んだのかと勘違いしていたけど……。騎士学校。全然毛色が違うのに……何故、クラムさんは商人を…?
頭が堂々巡りしているが、そんなことを他所に、ランタンの周りにだけ照らされてようやく見える石造りの階段は、まだ奥へと続く。
「そうだ。まあ、何の因果か知らんが…あいつは商人になったけどな。」
壁も石積ではあるが、四角く加工されたものが規則正しく積まれており、しっかりと時間をかけて丁寧に作られている印象を受けた。
「そんなことよりも、君は……クラムの弟子なのか?」
「……いいえ。ついこの間、雇ってもらったばかりです。」
ネーブルに、ここまでの経緯をなんとなく話す。
レーヴの街のこと。クラムさんのこと。畑のこと。魔力矯正剤のこと。領主夫人のこと。
そして……私のこと。
彼は、また少し黙った。
「そうか……。」
一言だけ、そう呟く。
からーんと、何か小さいものの転がる音が、通路を響かせた。
「まあなんだ。俺も昔……色々あってな。」
ボサボサの頭を、また少しだけかく。
「もう十年以上前も話だ。俺がヒラの頃、一度だけ交易に関する役職に就いたんだがな…。失敗して……大赤字を作ってしまった。」
ま、口約束だけの俺が悪いんだけどな、とばつが悪そうに笑う。
交易に関する役職……。多分、各団体と帝国との交渉の仲介に立つ、“渉外官”のことだろう。
各団体との利害の均衡を取ることは容易ではないだろう。それは、大陸西部の各国が良い意味でも悪い意味でも……“主張が強い”から。そのバランサーの重圧は…果てしないはずだ。
「そんな時だ。……アイツが現れたのは。」
ようやく広い空間に降り立つ。その細長い石造りの廊下の両脇には、扉がたくさんついていた。
通路をどんどん、先へと進む。
「帝国兵団の足元を見ていた商人に取り次いで、ひと筋縄じゃいかなかった魔導石の値下げ交渉を、やつは成功させたんだ。……とっておきの切り札を使って、な。」
「切り札………?」
先ほどまで規則正しく積まれていた石造りの壁に、通路のある一点からほころびが見え始めた。
「奴曰く……一見、十全で完璧に見える堅牢な壁も、年月が経てば穴ぼこだらけのただのハリボテだったと分かる……だとさ。」
そう言うと、懐からたくさんのカギがついたケースを取り出す。
「――帝国の保管する、機密資料。あいつは、同じことを前にもやったんだ。」
そのうちの一本に目をつけ、パッと振って目当てのものを捕まえた。
「まあ、なんにせよ………………一流だ。あいつは。それだけは、はっきり言える。」
「………………………。」
通路の突き当たりに行き着く。そこには、鉄製の扉が一つあった。そんなに頻繁に開けられていないのだろう、ところどころに錆が出ていた。
「あの後、あいつに聞いた。なぜ、俺を助けてくれたのか、な。あいつは、なんて答えたと思う?」
ランタンを壁から飛び出た釘にひっかける。カギを刺して回すと、右に小さくついた蓋を開け、もう一つの鍵穴を露出させた。
「……帝国に恩を売って、大きな利益を取るため、だとさ。」
「あはは………。」
「ま、そういうやつなんだ、あいつは。どうも……強大な商売のスキルと引き換えに、倫理観を失ったんだろうな。だがまあ……商売に関しては、秀でていることは確かだ。解せないが。」
彼の表情は見えない。しかし……信頼しているのだろう、そのことだけは、言葉の節々からよく伝わってきた。
すると、ネーブルは懐から小さな何かを取り出す。金属でできているのであろうそれは…古びているせいか、ところどころ傷が見られるけども、輝きがあることから大切にされていることがしっかりと伺えた。
その中から小さな鍵を取り出し、鍵穴に差し込み、右へと回す。
ガチャリと、重く鈍い音が響いた。
「エーナ。まあ…そのなんだ。ちょっとばかし、というかかなり倫理的に終わってる部分があるし、なんとも空気の読めない節が多々あるが……クラムは、悪い奴じゃない。それだけははっきりと言える。」
鉄の扉を押し、中をあらわにする。閉ざされていた空間に光が差し込むと…壁に掛けられた古びたランタンに、自動で火が灯りだした。
「……信じてやってくれ。」
「……………………………はい。」
何処かから、風が吹き込んだ。
中央図書館の廊下突き当たり。大きく重たい鉄の扉が、そこにはあった。ネーブルは懐から鍵を取り出し、扉に強めに差し込む。ひねると、中から何か外れる音がはっきり聞こえた。
「そんじゃ、ねーちゃん。開けるから、そっちの扉を俺の合図で押してくれ。いくぞ!せーのっ……。」
掛け声を合わせ、腰と足に力を込めて、誰か人を押し倒す勢いで扉を強く押す。すると、鈍く低い音とともに、少しずつ開いていった。
奥の方は暗くて何も見えないが、外の明かりで照らし出された手前の部分から……奥行きが広く、地下へと続く階段があることがうかがえた。
「どれ……。そんじゃ、行くか。」
壁際に置かれた鉄のランタンを手に持ち、ネーブルさんとともに中へと入っていった。
◇
「それにしても……大胆なことを思いついたもんだな。」
石造りの古い階段を降りながら、先頭を歩くネーブルはそう私に声をかける。
「帝国の内部資料は、おいそれと見れるものではありませんから。」
「だが、やってることはグレーゾーンだからな。それだけは覚えておいてくれよ。」
ネーブルさんはぼやきながらも、どこか清々しそうだった。
「そういえば。ネーブルさんは、クラムさんのことをご存じなんですね。」
そう声を掛ける。少し間を開けて、返事が返って来る。
「……そうだな。知っているというか、因縁というか、何というか…。」
なんとも歯がゆい答え方をする。そして、階段をどんどん降りてゆく。
「……騎士学校時代の同級生なんだ、あいつは。」
「えっ……クラムさんって、騎士学校の出身なんですか!?」
勝手に、商人の育成機関で経済学を学んだのかと勘違いしていたけど……。騎士学校。全然毛色が違うのに……何故、クラムさんは商人を…?
頭が堂々巡りしているが、そんなことを他所に、ランタンの周りにだけ照らされてようやく見える石造りの階段は、まだ奥へと続く。
「そうだ。まあ、何の因果か知らんが…あいつは商人になったけどな。」
壁も石積ではあるが、四角く加工されたものが規則正しく積まれており、しっかりと時間をかけて丁寧に作られている印象を受けた。
「そんなことよりも、君は……クラムの弟子なのか?」
「……いいえ。ついこの間、雇ってもらったばかりです。」
ネーブルに、ここまでの経緯をなんとなく話す。
レーヴの街のこと。クラムさんのこと。畑のこと。魔力矯正剤のこと。領主夫人のこと。
そして……私のこと。
彼は、また少し黙った。
「そうか……。」
一言だけ、そう呟く。
からーんと、何か小さいものの転がる音が、通路を響かせた。
「まあなんだ。俺も昔……色々あってな。」
ボサボサの頭を、また少しだけかく。
「もう十年以上前も話だ。俺がヒラの頃、一度だけ交易に関する役職に就いたんだがな…。失敗して……大赤字を作ってしまった。」
ま、口約束だけの俺が悪いんだけどな、とばつが悪そうに笑う。
交易に関する役職……。多分、各団体と帝国との交渉の仲介に立つ、“渉外官”のことだろう。
各団体との利害の均衡を取ることは容易ではないだろう。それは、大陸西部の各国が良い意味でも悪い意味でも……“主張が強い”から。そのバランサーの重圧は…果てしないはずだ。
「そんな時だ。……アイツが現れたのは。」
ようやく広い空間に降り立つ。その細長い石造りの廊下の両脇には、扉がたくさんついていた。
通路をどんどん、先へと進む。
「帝国兵団の足元を見ていた商人に取り次いで、ひと筋縄じゃいかなかった魔導石の値下げ交渉を、やつは成功させたんだ。……とっておきの切り札を使って、な。」
「切り札………?」
先ほどまで規則正しく積まれていた石造りの壁に、通路のある一点からほころびが見え始めた。
「奴曰く……一見、十全で完璧に見える堅牢な壁も、年月が経てば穴ぼこだらけのただのハリボテだったと分かる……だとさ。」
そう言うと、懐からたくさんのカギがついたケースを取り出す。
「――帝国の保管する、機密資料。あいつは、同じことを前にもやったんだ。」
そのうちの一本に目をつけ、パッと振って目当てのものを捕まえた。
「まあ、なんにせよ………………一流だ。あいつは。それだけは、はっきり言える。」
「………………………。」
通路の突き当たりに行き着く。そこには、鉄製の扉が一つあった。そんなに頻繁に開けられていないのだろう、ところどころに錆が出ていた。
「あの後、あいつに聞いた。なぜ、俺を助けてくれたのか、な。あいつは、なんて答えたと思う?」
ランタンを壁から飛び出た釘にひっかける。カギを刺して回すと、右に小さくついた蓋を開け、もう一つの鍵穴を露出させた。
「……帝国に恩を売って、大きな利益を取るため、だとさ。」
「あはは………。」
「ま、そういうやつなんだ、あいつは。どうも……強大な商売のスキルと引き換えに、倫理観を失ったんだろうな。だがまあ……商売に関しては、秀でていることは確かだ。解せないが。」
彼の表情は見えない。しかし……信頼しているのだろう、そのことだけは、言葉の節々からよく伝わってきた。
すると、ネーブルは懐から小さな何かを取り出す。金属でできているのであろうそれは…古びているせいか、ところどころ傷が見られるけども、輝きがあることから大切にされていることがしっかりと伺えた。
その中から小さな鍵を取り出し、鍵穴に差し込み、右へと回す。
ガチャリと、重く鈍い音が響いた。
「エーナ。まあ…そのなんだ。ちょっとばかし、というかかなり倫理的に終わってる部分があるし、なんとも空気の読めない節が多々あるが……クラムは、悪い奴じゃない。それだけははっきりと言える。」
鉄の扉を押し、中をあらわにする。閉ざされていた空間に光が差し込むと…壁に掛けられた古びたランタンに、自動で火が灯りだした。
「……信じてやってくれ。」
「……………………………はい。」
何処かから、風が吹き込んだ。
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