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巣ごもりオメガと運命の騎妃
59.兆し
(……なんだ?)
メラを出発して五日目、昼過ぎのことだった。
馬を休ませるために途中で立ち寄ったオアシスで馬車から降りたミシュアルは、妙な感覚に首を傾げた。
砂漠を渡る風はいつも通りのはずなのに、やけに肌がひりつく。それでも気のせいかと思い、しばらくオアシスのほとりで風にあたったままでいると、今回大隊を率いているザネリ副師団長と話をしていたイズディハールがずんずんと歩いてきた。
「へ……」
陛下、とかけようとした声は最後まで言葉にならなかった。おそろしい顔をして近づいてきたイズディハールが、あっという間にミシュアルの手を掴むとそのままぐいと引っ張って馬車に向かい始めたからだ。
「へ、陛下? どうしたんですか、俺、なにか」
一体なにごとだとこちらを見る周囲の視線が痛い。しかしそれをものともせずにミシュアルを馬車に引きずり込んだイズディハールは、肺の空気をすべて吐き出したような深いため息を吐いた。
「あの、イズディハール様……」
オアシスで風に吹かれて涼んでいただけだ。裸になって水に飛び込んだりしていないし、水を飲んでいる馬にちょっかいをかけたりもしていない。
なにがイズディハールを怒らせたのかとあわてたミシュアルだが、突然走った震えにすべてを察した。
「……これが副作用か」
イズディハールがうなるように言う。その目は閨で見るときと同じ光を放っていて、ミシュアルはたまらずため息を漏らした。
まだ先だと思っていたから気のせいかと思ったが、この感覚をミシュアルは知っている。
あと二週間は期間があるはずの発情期が、急速にその肌をしっとりと汗ばませた。
それからすぐ、国王とその婚約者を含んだ大隊はふたつに分けられた。ひとつはイズディハールとミシュアルを乗せた馬車と、それを守るためのザネリ副師団長が率いる少数の精鋭部隊がひとまとめになった小隊。もうひとつはそれ以外の兵がまとめられたザネリの副官が率いる大隊だ。大隊はもともとの日程で進み、小隊はイレクスへ最速で戻ることになった。
最速とは言っても一日程度の違いだ。それでも、その差さえミシュアルには惜しい。それほど早く、薬の副作用はオメガの体を蝕んだ。
翌日になってどうにか王宮へ戻ったころにはほとんど発情期は始まっていて、馬車でそのまま中庭に乗り付けるという異例中の異例を経たことすら、朦朧としていたミシュアルは覚えていなかった。
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