春夏秋冬の翼

わぞー

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灰色から有彩色へ

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 オークションという制度は嫌いではないが
出品されるものによっては嫌悪感に苛まれる
なぜ今、自分はオークション会場にいるのだろうか。
今夜開催されるオークションは有翼人種のオークション
貴族の間では愛玩として有翼人種を買うのが一般常識なのである。
スポットライトに照らされ怯える有翼人種を見ながら
値段を釣り上げていく貴族たちの声に苛立ちながら
早く家に帰りたいと考える。
「本日の大目玉、数少ない赤い翼の持ち主」
そんな声と同時に赤い翼を持った少女がスポットライトに照らされる
それと同時に貴族たちは更に値段を釣り上げる
(罵声も甚だしい・・・ここは道楽に狂った阿呆の集まりなのか?)
苛立ちは増えていくばかり
少女は怯えるというより自分を買ってくれる者に助けを求めているかのように見える
赤い翼に青緑色の髪、インクブルーの鮮やかな瞳に黒いワンピースの少女と目が合う
助けてほしい、少女の口がそう動いた気がした。
衝動に駆られるがまま声を張り上げる
幸い、金には余裕がある
これは救済なのか?
自分はこの少女を愛せるのか?
そういった感情を一度捨て、最高金額を叩き出す
自己満足でもよかった
よくわからない感情のまま行動した
薄汚い金に汚れた奴らに渡されるよりはずっといのかもしれない。
流れていく夜景を見ながらこれからのことを考えていく
有翼人種というのは寿命は人間と同じだが
食事は水と果物だけである
気の向くままに歌を歌い、種によっては空を飛ぶ者も存在する
貴族の一般常識としてはるか昔に叩き込まれたことを思い出す
視線に気づき少女の方へ顔を向ける。
少女はこちらの顔を見ると嬉しそうに微笑んだ
「よろしくお願いします」
か細く鈴のような声がする
目の前の少女からその声がする
星が零れ落ちるかのような水が氷になる瞬間のような
刹那を今この瞬間目にした
「あ、そうですね・・・よろしくお願いします」
全ての価値観が解けていく感覚がした
まるで雪解け、春の訪れを感じるかのような
そんな詩的な表現で言い表せないほど
自分の中の何かが変わっていく感じがした。

 朝になり使用人たちに促されるまま支度をする
一階に降り朝食を待つ。
今までは一人だったが今朝は違う
少女は先に座り葡萄を一粒、口に運んでいた
こちらに気付くと少女は微笑み挨拶をする
「おはようございます」
「・・・おはようございます」
(ある程度の礼儀作法は身に着けている様子・・・)
使用人たちが用意をしている最中に少女に近寄り疑問を少女にぶつける
「そういえば、貴方の名前を聞いていませんでしたね」
「名前・・・?」
「ええ、貴方があの施設で何と呼ばれていたのか教えてほしいのです」
「ええと・・・あの人たちは私のことをジェーン・ドゥって・・・」
名無しジェーン・ドゥか・・・ああ、そうですね貴方の名前を決めましょう」
「名前を?」
「ええ、貴方の名前はソレイユ」
「それいゆ・・・ソレイユ・・・ソレイユ!」
自分の新しい名前を何度も復唱しては嬉しそうに微笑むソレイユを見て
こちらも嬉しくなってくる
「こちらの名前も教えておきましょう
ノクト・フォン・メーヌリス・・・ノクトと呼んでください」
「ノクト・・・さん!」
「よくできました」
ノクトはソレイユの頭を撫でる
嬉しそうに微笑むソレイユの顔を見て
ノクトは自分が彼女に与えた名前に後悔はないと強く思った。
(太陽のような微笑みから貴方の名前を決めたなんて
口が裂けても言えませんけどね・・・)
朝食を頂くとき、またしてもソレイユに対しての疑問がよぎったが
今は口にするべきではないと思い食事に集中した
「ソレイユ」
「はい」
「貴方に家庭教師をつけました、基本的な学びや礼儀作法といったものは
家庭教師が教えてくれるでしょう」
「・・・はい」
「本当は私自らが教えたいのですが、あいにく仕事が立て込んでおりまして・・・」
「はい、わかりました」
「今度は一緒に勉強しましょうね」
(理解力は高い方・・・そうせざるを得ないように教育いや洗脳されたか・・・)
「はい!。」

 朝食を済ませるとノクトは書斎にこもる
「・・・トートいますか?」
「こちらに」
天井から顔を出した男
男は音を立てずに着地するとノクトの方に視線を向ける。
「それで次の要件は?」
「こちらの宗教施設を調べてほしいのです」
ノクトは書類を男に渡す
トートと呼ばれた男は簡単に資料に目を通す
「これってあれだろ?資金難とかで維持が難しくなった孤児院だろ?」
「トート、それはいったい・・・
私たち貴族には宗教施設として伝わっていたはずなのですが」
「街の奴らはあれを孤児院と言ってる
俺のように親を亡くした子供や捨てられた子供達が行きつくのがあの孤児院だ
聖都の汚点と指摘するやつもいるが・・・」
「あの施設には枢機卿猊下が訪れたという証拠も残っている
いずれにせよ、あの施設を聖都の汚点と指摘する者は度胸がありますね」
「というと?」
「枢機卿猊下と争うなんて良い度胸ですよ
一家取り潰しの上に死罪辺りが妥当かと」
「まあ取りあえず言われた仕事はきっちりやるのが俺の仕事なんで」
「ええ、お願いします頼りにしていますよトート」
トートは先程と同じように天井に上り姿を消した。
「私の方でも色々と調べてみますか・・・」
元々与えられた仕事の合間に例の施設について分かる範囲の資料に目を通す
(資金難によりソレイユをオークションに出品した・・・?
あの施設は出来てから20年も経っていなかったはず
有翼人種を手放すのは容易いことだがオークションに出品しなくてもいいのでは?
何か隠していることがある・・・しかしこれは私の仕事ではない
枢機卿猊下のお耳に入れれば容易く解決されてしまうだろう・・・)
扉をノックする音。
「どうぞ」
「失礼します」
書斎に入ってきたのはソレイユの家庭教師を務めている女性である
「どうかされましたか」
「ソレイユ様についてなのですが・・・」
家庭教師は紙をノクトに渡す
「先ほどまで教えていた内容なのですが・・・」
紙に書かれたのはミミズが這いつくばったかのような文字とは言えないもの
「授業に対する内容の理解は早いのですが・・・
多少の読みと書き物、計算が・・・」
家庭教師は顔を曇らせる。
「なるほど・・・」
(あえて読み書きや計算を教えなかった・・・?
いや、まさか宗教的象徴だからと言って
多少の礼儀と笑っているだけで許されると?)
静かに怒りが湧く、手のひらに食い込んだ爪の痛みで我に返る
「大丈夫です、これならまだ間に合います
ソレイユを売り払った奴らに見せつけるのです」
何かを思いついたかのような表情をノクトは浮かべる
「見せつけると言いますと・・・」
「後悔させるのです、自分たちが勉学を教えなかったという後悔を」
それを聞き、家庭教師は嬉しそうにクスクスと笑う
「そういうことでしたら私にお任せくださいませ
勉学に礼儀作法、必要とあらば歌に剣術・・・色々とソレイユ様に教えましょう」
家庭教師は不敵な笑みを見せる
「ええ、だからこそ貴女に家庭教師を頼んだのです
聖都一の才女、シエル・フォン・オルテンシア」
「お任せあれ、私がソレイユ様を立派なレディに」
シエルは服の裾をつまみ軽く持ち上げ腰を曲げて深々と頭を下げた。
「では、私は午後の授業の準備を」
「分かりました、よろしくお願いします」
「失礼しました」
シエルは退室した
「・・・もうそんな時間でしたか」
日の傾きから昼時と感じ、一度書斎から出る

 キッチンへ向かい軽食と飲料を手に取り
書斎へと戻ろうとした
「ノクトさんも食事・・・?」
「ソレイユもですか?」
「はい、朝は葡萄だったので昼は柑橘類を食べようと」
たどたどしく硬い言葉遣い
「良いですね、私もご一緒しても?」
「はい、もちろんです!」
笑顔を見せるソレイユを見て
ノクトはシエルを家庭教師にして正解だとつくづく実感した。
「外でお昼にしましょうか、天気もいいですし」
「そうしましょう!」
昼食を外に運び出す
庭先の東屋で食事を始める
「勉強はどうですか?」
「難しいです・・・でも孤児院の子供たちが教わっていたものと同じものです」
「一緒に教わらなかったのですか?」
「えっと・・・大人の人がお前は象徴だから
椅子に座ってヘラヘラ笑っていればいいって言ってたのは・・・」
疑問は確信へと変わる
「そうですか・・・話してくださりありがとうございます」
複雑そうな表情を浮かべるノクトを見てソレイユは不思議そうに首をかしげる
「ああ、ソレイユ貴方は気にしなくていいのです」
「・・・・・・分かりました」
それだけを返事するとソレイユはオレンジを口に運ぶ。
昼の風が二人を揺らす
重苦しい雰囲気を壊すかのように庭園の花が散っていく
鮮やかで艶やかな花が幾多も春の強風で散っていく
無情にも移ろいゆく季節を何年も見てきた
季節は何度も死んでゆく
(本当に私はソレイユと共に生きていけるのか・・・)
「ノクトさん・・・・・・?」
「どうかしましたか、ソレイユ」
「ノクトさん、調子悪い?」
「いいえ、大丈夫ですよ
少し考え事をしていました」
「そっか、それならよかった
大人の人が言っていたんだ
調子が悪い人がいたら、こうやってやるんだって」
ソレイユはノクトの額に触れる
「こうすると調子悪いのが治るんだって、嘘なのにね」
自分の行いが嘘にまみれているとソレイユは気づいている
「・・・でも、少しは元気になりましたよ」
「それなら、私も嬉しい」
「さて、私は午後の仕事があるので先に戻りますね
また夕食のときに会いましょう」
「はい、分かりました」
軽く昼食を済ませ、ノクトは書斎へと戻っていった。
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