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魔女編
12:火事(3)
火事の翌日。メルセデスへの面会を終えたシヒスムンドは、皇帝ダビドの執務室にいた。
「あの女、相当な役者だ」
部屋に入って早々、部屋の中央に置かれたソファへ部屋の主を差し置いて腰かける。人払いしており、二人だけしかいない。
「どうした」
机で書類仕事を続けるダビドは、顔を上げることも、目元を遮る薄布を外すこともなく応対する。
シヒスムンドは、昨夜の火事の現場での出来事を話す。
容易に逃げられるのに、火が服へ燃え移るまでその場にとどまり続けたこと。恐怖のあまり動けなかったかのように振る舞ったこと。
「まるで自分が最下層の生き物とでも言うかの如く、弱々しく振る舞って見せる」
「お前の前では皆そうだろう。本当に演技かどうか聞いてみればどうだ」
苛立たし気なシヒスムンドに対し、ダビドはこともなげに軽口を言うほどだ。
「はっ。俺はどこぞの愛妾ではない。魔女の嘘は見抜けん」
「魔女、か。……シグ。お前に王国の話はしただろうか」
考え込むそぶりを見せるダビド。シヒスムンドは何も思い当たることはない。
「何分王国へは片道でひと月かかるからな。情報も命令も遅い。マリエルヴィの王太子の処刑は終わった。最後まで魔女に唆されたのだと訴えていたそうだ」
「見下げ果てた男だ」
「それは同意する。だが、お前から聞いた話では分別のありそうだった国王までもが、それに同調して王太子に責はないと言い張ったらしい」
「何?」
降伏の意思に反して勝手に兵を挙げた王太子を、指揮官として庇い、実際には影武者を立てて戦場へ送った息子に失望していたあの国王が、影武者を務めたメルセデスへいつの間に責任転嫁を始めたのか。
「国王どころか、誰もかれもが魔女のせいだと口にすると聞く。他の言葉が出てこない」
「遅れた国だ。他に謗りが出てこないのでは?」
「何か、魔女という呼び方にこだわりでもあるように思う」
魔女という言葉は帝国になかったが、文字から連想する通り邪悪な女という蔑称だろう。ダビドはよく気のつく男だが、些事に囚われるともいえる。言葉の選び方などシヒスムンドにとってはどうでもいいことだった。
「帝国の法で裁けんとしても、あの女は罪人。中傷を受けてしかるべきだ」
正規の戦闘要員であれば、あの強大な魔力を評価され、相応の待遇で迎えられたはず。メルセデスが下働きで貧しい暮らしをしていたということは、機会がなかったか何かで能力を知られなかったのあろう。今回の戦争は、メルセデスにとって評価を受ける絶好の機会だったに違いない。
しかし国王は降伏する方針を取っていた。それでは評価を受けられない。そこで、功名心のあった王太子を焚きつけ、自らを売り込んで先遣隊を襲撃するよう進言したのは想像に難くない。
王太子がメルセデスに唆されたと言い張る理由も、彼女ほどの人材がいなければ、そもそも勝ち目もなく、勝手に抗戦するなどという愚行は冒さなかったことからきているのだろう。指揮官としてその作戦を取ったのは王太子なのだから、唆された、という言い訳自体は全く許容できないが。
「シグ。先遣隊の無念はわかる。だが法は守らねばならない。我々が断固としてその姿勢を見せなければ、国民に示しがつかない」
まるで窘めるような口調のダビドに、シヒスムンドはまた小言が始まったとうんざりした様子だ。
「それは言うまでもないことだ。安心しろ。しかし……」
「なんだ?」
「なんでもない。なに、俺たちの野望の妨げにはさせん。むしろ存分に役立ってもらう」
(その命を以てな)
王国の謁見の間の前でメルセデスを愛妾にしたのは、医務室で語ったように珍しい女だったから、ではない。
実のところは、残念ながら法的に罪のない彼女を、怒り狂った兵士たちの手で私刑にさせないためだった。目の届かない遠い異国へそのまま置いておけば、兵士たちが彼女に何をするかわかったものではない。帝国が法を守ることを、兵士を含めた国民だけでなく、外国にも見せなければならない。
そして、メルセデスを手荒に扱い、脅すようにして愛妾になるか選ばせたのは、周りの兵士たちのためだ。
法を守るために、彼らには仲間を失った、そして仇が後宮で優雅に暮らす愛妾となる怒りを呑み込ませなければならない。メルセデスへやり場のない怒りを向けてくすぶらせ続けるより、シヒスムンドが独断で彼女を愛妾に選び、メルセデスは脅されてやむなくそうした印象を与えたほうが、反感がシヒスムンドに向く。そしてシヒスムンドはいくら反感を買おうが、憎まれようが、それを撥ね退けるほど恐れられている。兵士たちはシヒスムンドに不満を抱いても、どうしようもないと諦めるはずだ。
シヒスムンドとて、大事な部下たちの仇であるメルセデスに、何も感じていないわけではない。むしろ法がなければ、あの場で真っ先に叩き斬ってやった。後宮で一生飼い殺しになった時点で、気持ちを切り替えて頭の中から追い出していたが、火事の現場での彼女の身勝手な行動で怒りが再燃している。
そんな折、先ほどメルセデスに会って、彼女からもたらされた言葉。法を守りつつ、シヒスムンドも含め、国民の溜飲を下げる方法。
(全く、憎悪の的とは妙案だ。最大限利用してから、病死でも事故死でも、法に触れないように始末してやる)
帝国の悪魔は唇を歪めてほくそ笑む。
そして、それを薄布の奥から、密かに気を揉みながら見つめる皇帝であった。
「あの女、相当な役者だ」
部屋に入って早々、部屋の中央に置かれたソファへ部屋の主を差し置いて腰かける。人払いしており、二人だけしかいない。
「どうした」
机で書類仕事を続けるダビドは、顔を上げることも、目元を遮る薄布を外すこともなく応対する。
シヒスムンドは、昨夜の火事の現場での出来事を話す。
容易に逃げられるのに、火が服へ燃え移るまでその場にとどまり続けたこと。恐怖のあまり動けなかったかのように振る舞ったこと。
「まるで自分が最下層の生き物とでも言うかの如く、弱々しく振る舞って見せる」
「お前の前では皆そうだろう。本当に演技かどうか聞いてみればどうだ」
苛立たし気なシヒスムンドに対し、ダビドはこともなげに軽口を言うほどだ。
「はっ。俺はどこぞの愛妾ではない。魔女の嘘は見抜けん」
「魔女、か。……シグ。お前に王国の話はしただろうか」
考え込むそぶりを見せるダビド。シヒスムンドは何も思い当たることはない。
「何分王国へは片道でひと月かかるからな。情報も命令も遅い。マリエルヴィの王太子の処刑は終わった。最後まで魔女に唆されたのだと訴えていたそうだ」
「見下げ果てた男だ」
「それは同意する。だが、お前から聞いた話では分別のありそうだった国王までもが、それに同調して王太子に責はないと言い張ったらしい」
「何?」
降伏の意思に反して勝手に兵を挙げた王太子を、指揮官として庇い、実際には影武者を立てて戦場へ送った息子に失望していたあの国王が、影武者を務めたメルセデスへいつの間に責任転嫁を始めたのか。
「国王どころか、誰もかれもが魔女のせいだと口にすると聞く。他の言葉が出てこない」
「遅れた国だ。他に謗りが出てこないのでは?」
「何か、魔女という呼び方にこだわりでもあるように思う」
魔女という言葉は帝国になかったが、文字から連想する通り邪悪な女という蔑称だろう。ダビドはよく気のつく男だが、些事に囚われるともいえる。言葉の選び方などシヒスムンドにとってはどうでもいいことだった。
「帝国の法で裁けんとしても、あの女は罪人。中傷を受けてしかるべきだ」
正規の戦闘要員であれば、あの強大な魔力を評価され、相応の待遇で迎えられたはず。メルセデスが下働きで貧しい暮らしをしていたということは、機会がなかったか何かで能力を知られなかったのあろう。今回の戦争は、メルセデスにとって評価を受ける絶好の機会だったに違いない。
しかし国王は降伏する方針を取っていた。それでは評価を受けられない。そこで、功名心のあった王太子を焚きつけ、自らを売り込んで先遣隊を襲撃するよう進言したのは想像に難くない。
王太子がメルセデスに唆されたと言い張る理由も、彼女ほどの人材がいなければ、そもそも勝ち目もなく、勝手に抗戦するなどという愚行は冒さなかったことからきているのだろう。指揮官としてその作戦を取ったのは王太子なのだから、唆された、という言い訳自体は全く許容できないが。
「シグ。先遣隊の無念はわかる。だが法は守らねばならない。我々が断固としてその姿勢を見せなければ、国民に示しがつかない」
まるで窘めるような口調のダビドに、シヒスムンドはまた小言が始まったとうんざりした様子だ。
「それは言うまでもないことだ。安心しろ。しかし……」
「なんだ?」
「なんでもない。なに、俺たちの野望の妨げにはさせん。むしろ存分に役立ってもらう」
(その命を以てな)
王国の謁見の間の前でメルセデスを愛妾にしたのは、医務室で語ったように珍しい女だったから、ではない。
実のところは、残念ながら法的に罪のない彼女を、怒り狂った兵士たちの手で私刑にさせないためだった。目の届かない遠い異国へそのまま置いておけば、兵士たちが彼女に何をするかわかったものではない。帝国が法を守ることを、兵士を含めた国民だけでなく、外国にも見せなければならない。
そして、メルセデスを手荒に扱い、脅すようにして愛妾になるか選ばせたのは、周りの兵士たちのためだ。
法を守るために、彼らには仲間を失った、そして仇が後宮で優雅に暮らす愛妾となる怒りを呑み込ませなければならない。メルセデスへやり場のない怒りを向けてくすぶらせ続けるより、シヒスムンドが独断で彼女を愛妾に選び、メルセデスは脅されてやむなくそうした印象を与えたほうが、反感がシヒスムンドに向く。そしてシヒスムンドはいくら反感を買おうが、憎まれようが、それを撥ね退けるほど恐れられている。兵士たちはシヒスムンドに不満を抱いても、どうしようもないと諦めるはずだ。
シヒスムンドとて、大事な部下たちの仇であるメルセデスに、何も感じていないわけではない。むしろ法がなければ、あの場で真っ先に叩き斬ってやった。後宮で一生飼い殺しになった時点で、気持ちを切り替えて頭の中から追い出していたが、火事の現場での彼女の身勝手な行動で怒りが再燃している。
そんな折、先ほどメルセデスに会って、彼女からもたらされた言葉。法を守りつつ、シヒスムンドも含め、国民の溜飲を下げる方法。
(全く、憎悪の的とは妙案だ。最大限利用してから、病死でも事故死でも、法に触れないように始末してやる)
帝国の悪魔は唇を歪めてほくそ笑む。
そして、それを薄布の奥から、密かに気を揉みながら見つめる皇帝であった。
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