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16.待望-2
口の堅い占術師に記憶の治し方を問えば、まずは時間が解決すると告げられた。占術師は基本的に医師を兼任する。
たしかにシュルークは、父親に見捨てられ、兵士から凌辱され、心身共に深い傷を負っていた。その強い衝撃が一時的に記憶を損なわせたのなら、体調が回復すればいずれ記憶も戻ると期待できる。
シュルークは思い出と呼べる記憶はないが知識は残っており、敵国の上流階級の子女相当の教養はあった。幼い子供のように振る舞っていたが、父親の叱責を避けるために家庭教師の指導は真面目に受けていたらしい。また、父親の不在中、屋敷のほとんどの使用人を脅迫して支配する程度には利口だった。
逆に言えば平民や奴隷に混じって働いた経験はなく、重労働には耐えられないはずだ。そこでシュルークを、帝国で女が得られる最もよい労働環境である、皇宮の侍女として働かせることにした。
奴隷にする道もあったが、奴隷とは平民以上の持てる個人的な所有物である。戦争捕虜を奴隷にするのはよくある処遇だ。そのような一般的な行動であろうと、ファルハードは彼女を形だけでも所有したくなかった。それは欲しいと宣言するようなものに思えたのだ。ただし、自由を与えるつもりもないので、私財を持たせず、絶対に皇宮の外へ出られないようにした。
シュルークは戸惑うでもなく、歩く訓練や侍女としての行儀作法を学ぶと、素直に働き始めた。
――この足の傷は、捕虜にされた時に負ったのですか。
目覚めてすぐのまだ休んでいた頃、シュルークはそう投げかけてきた。
彼女の中に腱の切れた足を庇って歩く知識が存在しないことから、記憶をなくす直前の負傷と推測したようだ。
シュルークの右足の腱を切ったのは、彼女の父親である。娘が捕虜を勝手に牢から出し、客人に恥を晒したことを咎めて切りつけた。
――お前の足の腱は、私が断った。
しかしファルハードは、彼女の父に捕虜にされたことへの報復を装い嘘を教えた。
なぜ父親に切りかかられたのか。なぜファルハードを牢から出していたのか。その真実を語っては、彼女の記憶の上書きになりかねない。
何より、シュルークの負傷を含む一連の出来事は、ファルハードにとっては許しがたくも、結果的に自身の命を繋いだ。頼みも望みもしなかったが、ファルハードを助けたことでシュルークは記憶を手離すほどの凄惨な仕打ちを受けたのだ。自分のためにそんな目に遭ったとは、何も覚えていない彼女には口が裂けても言いたくない。口にすれば、助けられたと認めることになってしまう。それなら、ファルハードは自分が切ったと公言する方がまだ良かった。受け取り方によっては間接的な事実でもあるのだから。
シュルークはその説明に違和感を持つこともなく、納得して、杖を頼りに歩く練習を始めただけだった。
たしかにシュルークは、父親に見捨てられ、兵士から凌辱され、心身共に深い傷を負っていた。その強い衝撃が一時的に記憶を損なわせたのなら、体調が回復すればいずれ記憶も戻ると期待できる。
シュルークは思い出と呼べる記憶はないが知識は残っており、敵国の上流階級の子女相当の教養はあった。幼い子供のように振る舞っていたが、父親の叱責を避けるために家庭教師の指導は真面目に受けていたらしい。また、父親の不在中、屋敷のほとんどの使用人を脅迫して支配する程度には利口だった。
逆に言えば平民や奴隷に混じって働いた経験はなく、重労働には耐えられないはずだ。そこでシュルークを、帝国で女が得られる最もよい労働環境である、皇宮の侍女として働かせることにした。
奴隷にする道もあったが、奴隷とは平民以上の持てる個人的な所有物である。戦争捕虜を奴隷にするのはよくある処遇だ。そのような一般的な行動であろうと、ファルハードは彼女を形だけでも所有したくなかった。それは欲しいと宣言するようなものに思えたのだ。ただし、自由を与えるつもりもないので、私財を持たせず、絶対に皇宮の外へ出られないようにした。
シュルークは戸惑うでもなく、歩く訓練や侍女としての行儀作法を学ぶと、素直に働き始めた。
――この足の傷は、捕虜にされた時に負ったのですか。
目覚めてすぐのまだ休んでいた頃、シュルークはそう投げかけてきた。
彼女の中に腱の切れた足を庇って歩く知識が存在しないことから、記憶をなくす直前の負傷と推測したようだ。
シュルークの右足の腱を切ったのは、彼女の父親である。娘が捕虜を勝手に牢から出し、客人に恥を晒したことを咎めて切りつけた。
――お前の足の腱は、私が断った。
しかしファルハードは、彼女の父に捕虜にされたことへの報復を装い嘘を教えた。
なぜ父親に切りかかられたのか。なぜファルハードを牢から出していたのか。その真実を語っては、彼女の記憶の上書きになりかねない。
何より、シュルークの負傷を含む一連の出来事は、ファルハードにとっては許しがたくも、結果的に自身の命を繋いだ。頼みも望みもしなかったが、ファルハードを助けたことでシュルークは記憶を手離すほどの凄惨な仕打ちを受けたのだ。自分のためにそんな目に遭ったとは、何も覚えていない彼女には口が裂けても言いたくない。口にすれば、助けられたと認めることになってしまう。それなら、ファルハードは自分が切ったと公言する方がまだ良かった。受け取り方によっては間接的な事実でもあるのだから。
シュルークはその説明に違和感を持つこともなく、納得して、杖を頼りに歩く練習を始めただけだった。
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