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前編
4.復讐-1
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アルヴィドに犯されようと、無実の罪で停学処分になろうと、イリスは平静を装った。
停学処分を受けても寮には居ることができる。
遠い辺境の両親とは水晶球の魔法道具を介して連絡を取った。イリスは嘘の説明をした。友人に付き添っていった結果巻き込まれ、出されたジュースが酒と気付かず飲んでしまったのだと。その裏で受けた被害のことは、とてもではないが話せなかった。学校から処分の通知を受けた両親は心配していたが、二人はイリスに全幅の信頼を置いていた。だから家に帰らないという選択を尊重してくれた。
直接会えば、両親はイリスに何かただならぬことが起きていると察しただろう。そんな心配をかけたくなかったので、帰郷を強制されなくてイリスは安堵した。
真面目な優等生のはずだったイリスが、学内での飲酒という校則違反で処罰される。その醜聞に、同級生たちは嘲笑と軽蔑を浴びせ、数少ない友人も離れていった。目をかけてくれていた教師は失望の眼差しを向け、特に差別主義者で元からイリスを嫌っていたグンナルは、汚いものでも見るような顔をするようになった。
誰にも頼れない。
嫌でもほかの生徒と顔を合わせる寮生活は苦痛だったが、家に戻る選択肢は自ら捨てた以上、耐えるしかなかった。
イリスを嵌めたエレーンからは、涙ながらの謝罪を受けた。彼女はあの場の飲み物に酒が含まれているとは知らなかったそうだ。
いつからか、イリスに学業で後塵を拝するようになり、嫉妬心を燃やしていたという。それを本分ではないことで憂さ晴らしすることにした。知り合いもいないパーティにイリスを一人で放置して、居心地の悪さを味わわせてやる算段だった。素行の悪い先輩に、少し脅かしてもらうことも考えていた。エレーンはそう語った。
泣いて謝るエレーンを、イリスは白々しいとしか感じなかった。誰にも信じてもらえなかったイリスが、どうして彼女の弁を信用しなくてはならないのか。
許しが必要なら、全校生徒の前へ一人立ち証言するよう、突き放した。自らがイリスを騙してあの場へ連れていったと。しかし彼女は結局何もしなかった。随分と、浅くて軽い罪悪感だ。
どうせ彼女は、イリスの身に本当に起きたことと、自身がその元凶となったことは知らない。どれほどのことをしたのか、知る由もない。少し困った目に遭わせただけ。そんな風にしか思っていない相手からの償いなど、目障りでしかなかった。
ふとした拍子によみがえる、あの日の記憶。
終わったことだというのに、今まさに体験しているかのような鮮明さ。恐怖も嫌悪もまるで薄れない。眠っている時すらそれを悪夢に見る。
襲い来る記憶に心を抉られながら、落ち着くまでベッドに潜り込んで一人震えて過ごす。
停学期間を終えると、授業を受けるために寮の外へ出なくてはならなくなった。
外では、アルヴィドと遭遇するかもしれない。
次にあの男と出くわしたとき、イリスは平静を保つ自信がなかった。絶叫し、昏倒すれば、また名誉を損なうのはイリスの方だ。
そこでイリスは、よくないことだと知りつつも、セムラクを濫用するようになった。平常心を保ち、感情を先送りする魔術だ。
この術さえかけていれば、外にいる間はアルヴィドを見かけても普段通りでいられる。ただし、セムラクをかけている間に受けた精神的な衝撃は、解除時に一度に受け止めなくてはならない。その強烈な反作用を差し置いても、イリスはセムラクを使うことを選んだ。
寮の自室へ戻ってから解除して、震え、嘔吐し、これを外で出さずに済んでよかったと安堵する。
そんな極限の生活を続けるイリスの中に募ったのは、怒りだった。
体がばらばらになるような恐怖とおぞましさで荒れ狂う心の中に、いつからか、少しずつ芽生えていった復讐心。
(私が一人ですべてを抱え込んでいるというのに、なぜあの男は当然のように笑っているの?)
避けていても、遠目の視界には入ってしまう。
彼を慕う学生たちに取り囲まれ、傑出した才を称える教師に謙遜して見せ、日の当たる場所で変わらぬ笑顔を浮かべている。
あの悪魔に相応しい復讐をする。
そこからイリスの全ては、アルヴィドを壊すための努力に向けられた。
停学処分を受けても寮には居ることができる。
遠い辺境の両親とは水晶球の魔法道具を介して連絡を取った。イリスは嘘の説明をした。友人に付き添っていった結果巻き込まれ、出されたジュースが酒と気付かず飲んでしまったのだと。その裏で受けた被害のことは、とてもではないが話せなかった。学校から処分の通知を受けた両親は心配していたが、二人はイリスに全幅の信頼を置いていた。だから家に帰らないという選択を尊重してくれた。
直接会えば、両親はイリスに何かただならぬことが起きていると察しただろう。そんな心配をかけたくなかったので、帰郷を強制されなくてイリスは安堵した。
真面目な優等生のはずだったイリスが、学内での飲酒という校則違反で処罰される。その醜聞に、同級生たちは嘲笑と軽蔑を浴びせ、数少ない友人も離れていった。目をかけてくれていた教師は失望の眼差しを向け、特に差別主義者で元からイリスを嫌っていたグンナルは、汚いものでも見るような顔をするようになった。
誰にも頼れない。
嫌でもほかの生徒と顔を合わせる寮生活は苦痛だったが、家に戻る選択肢は自ら捨てた以上、耐えるしかなかった。
イリスを嵌めたエレーンからは、涙ながらの謝罪を受けた。彼女はあの場の飲み物に酒が含まれているとは知らなかったそうだ。
いつからか、イリスに学業で後塵を拝するようになり、嫉妬心を燃やしていたという。それを本分ではないことで憂さ晴らしすることにした。知り合いもいないパーティにイリスを一人で放置して、居心地の悪さを味わわせてやる算段だった。素行の悪い先輩に、少し脅かしてもらうことも考えていた。エレーンはそう語った。
泣いて謝るエレーンを、イリスは白々しいとしか感じなかった。誰にも信じてもらえなかったイリスが、どうして彼女の弁を信用しなくてはならないのか。
許しが必要なら、全校生徒の前へ一人立ち証言するよう、突き放した。自らがイリスを騙してあの場へ連れていったと。しかし彼女は結局何もしなかった。随分と、浅くて軽い罪悪感だ。
どうせ彼女は、イリスの身に本当に起きたことと、自身がその元凶となったことは知らない。どれほどのことをしたのか、知る由もない。少し困った目に遭わせただけ。そんな風にしか思っていない相手からの償いなど、目障りでしかなかった。
ふとした拍子によみがえる、あの日の記憶。
終わったことだというのに、今まさに体験しているかのような鮮明さ。恐怖も嫌悪もまるで薄れない。眠っている時すらそれを悪夢に見る。
襲い来る記憶に心を抉られながら、落ち着くまでベッドに潜り込んで一人震えて過ごす。
停学期間を終えると、授業を受けるために寮の外へ出なくてはならなくなった。
外では、アルヴィドと遭遇するかもしれない。
次にあの男と出くわしたとき、イリスは平静を保つ自信がなかった。絶叫し、昏倒すれば、また名誉を損なうのはイリスの方だ。
そこでイリスは、よくないことだと知りつつも、セムラクを濫用するようになった。平常心を保ち、感情を先送りする魔術だ。
この術さえかけていれば、外にいる間はアルヴィドを見かけても普段通りでいられる。ただし、セムラクをかけている間に受けた精神的な衝撃は、解除時に一度に受け止めなくてはならない。その強烈な反作用を差し置いても、イリスはセムラクを使うことを選んだ。
寮の自室へ戻ってから解除して、震え、嘔吐し、これを外で出さずに済んでよかったと安堵する。
そんな極限の生活を続けるイリスの中に募ったのは、怒りだった。
体がばらばらになるような恐怖とおぞましさで荒れ狂う心の中に、いつからか、少しずつ芽生えていった復讐心。
(私が一人ですべてを抱え込んでいるというのに、なぜあの男は当然のように笑っているの?)
避けていても、遠目の視界には入ってしまう。
彼を慕う学生たちに取り囲まれ、傑出した才を称える教師に謙遜して見せ、日の当たる場所で変わらぬ笑顔を浮かべている。
あの悪魔に相応しい復讐をする。
そこからイリスの全ては、アルヴィドを壊すための努力に向けられた。
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