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前編

3.イリスの地獄-3

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「薬はそのうち抜ける。……けど、早めに帰った方がいいだろうな。それじゃあ」

 まるで授業を終えて帰るかのような自然さで、手を振る。アルヴィドは全校生徒の憧れの輝く笑顔を貼り付けて、元の部屋ではなく廊下へ続く方の扉から出ていった。

 扉が閉まり、しんと静まり返った室内。
 もうしないと言っていた。でもまた戻ってきたら。
 体が動くようになるまで、イリスはひと時も部屋の入り口から目を離せなかった。

 そうしてどれほど時間がたったのかわからない頃。
 物に頼りながら、どうにか立てるようになった。

 帰りたい。何もなかった日常に帰りたい。
 その一心で、壁に掴まりながら部屋を出た。

 音が完全に遮断されていた室内から一転、廊下は騒がしい。使われていない建物のため、来た時は静まり返っていたというのに。
 何事かと戸惑うイリスに、鋭い声が飛ぶ。

「セーデルルンド!」

 振り返ると、学年主任である教師のグンナルと、生活指導の教師が厳しい表情で立っていた。

 同時に隣室から、エレーンを含めた学生たちが、別の教師に追い立てられながら不貞腐れた顔で出てくる。

「こんな場所を用意してまで酒が飲みたかったのか。嘆かわしい」

 法的に可能な年齢であっても、生徒は学校の敷地内での飲酒を禁じられている。

「ち、違います……。調べてください。お酒なんて、私……」
「そのように泥酔した状態でよく言い訳ができたものだ。血筋が享楽に耽らせたのだろうが、生まれの所為にできると思うな。彼らと同様にしっかりと罰を受けてもらうぞ」
「そんな……」

 イリスは立っていられなくなって、座り込んでしまった。
 侮蔑に満ちた目で、グンナルはイリスを見下ろす。

 これは酒ではなく、アルヴィドに薬を盛られたなどと、誰が信じてくれるのか。
 生まれのことでからかわれないように、真面目に生きてきた。それでも何の弁明も受け入れない教師たち。彼らの態度は、イリスのこれまでの努力が無駄だったと突きつけた。

 アルヴィドがイリスへかけた魔術により、彼の犯行の証拠は完全に消えてしまっている。あるのはイリスの記憶だけ。
 淫魔の血が流れるという本当かどうかもわからない噂で蔑まれるイリスに対し、アルヴィドは名家の子息で善良な人間と固く信じられている。イリスが被害を訴えても、どのような結果になるかは容易に想像がついた。

 そうしてイリスはアルヴィドに強姦されたことを誰にも言えず、飲酒の疑いも教師たちの偏見により満足に調査されなかったため晴れることなく、校則違反の罰として停学処分を受けた。

 イリスには、これまでの努力を損なう不名誉と、ずたずたに傷つけられた心と体が残された。
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