16 / 114
前編
5.再会-3
しおりを挟む
グンナルが語ったのは、卒業後のアルヴィドの身上だった。
エーベルゴート家の直系嫡男として十分な素質を持っていたアルヴィドは、ゆくゆくは官僚となり、いずれ政府の要職へ就く輝かしい将来が期待されていた。
しかしイリスの復讐により凄惨な記憶を植え付けられたアルヴィドは、様子がおかしくなった。エーベルゴートの家長は彼を後継ぎとして不適格と判断し、排除を決めた。ほぼ無関係といえるほど遠い傍流のノイマン家へ養子に出し、名実ともにエーベルゴート家から追放したのだ。
ノイマン家は、戸籍は存在すれど家人は消息不明で家屋もない。加えて、家門の後ろ盾を前提にしていた卒業後の働き口はなくなった。全てを失ったアルヴィドは、一人で生きていくことを余儀なくされた。
名家の嫡男という自尊心が邪魔をしたのか、アルヴィドはどの職も長続きしない。実家から渡された僅かな手切れ金を切り崩しながら、職のない期間をやり過ごしていた。
そんな中もたらされた、非常勤講師の仕事。薄給だが、金に困っている状況においては十分な職だっただろう。
イリスは、アルヴィドとエーベルゴートに関する情報を全て断ってきた。またエーベルゴート家も、余計な噂を招きかねない一連の動きが、人々の口に上らないよう対処した。その結果、イリスは彼の近況をグンナルに聞かされて初めて知った。
優等生だったアルヴィドしか知らない人の目には、随分気の毒な状況に映るだろう。しかし、イリスからすれば自業自得だ。
凌辱されたイリスの方は、過去の記憶を抑え込みながら働いている。対して、加害者である彼の方が、家を追い出されたぐらいでまともに働けなくなるなど、甘えにしか思えない。
第一、自分が犯した相手の職場で働こうなどと無神経にも程がある。記憶を植え付けられたことはともかく、イリスにしたこと自体は軽視している証左だ。
「わかりました。その経歴なら、ここでの仕事もそう長くは続かないでしょう……」
アルヴィドの行動に、セムラクを使っていなければ怒りが湧いただろうが、イリスの復讐は八年前に終わった。
その時々の感情にのまれ、追加の復讐を自分に許してしまえば、最終的に彼を殺すまで納得できなくなる。イリスはそう理解しているからこそ、彼の神経を逆なでする行為に何もしない。イリスが今でも過去の記憶に苛まれているとしても、アルヴィドへの対応はあれで終わったのだ。
彼が一年を待たずに自ら仕事を辞めることを願って、イリスは引き下がった。
「これからどうするつもりだ」
「……逆恨みを受けている可能性もありますから、最低限自衛はします。ですが、これまで通り、誰にも知られないようにします。先生も、私たちが同時期にこの学校に在籍していたことは話さないでください」
再会したとき、イリスは初対面と思ったが、アルヴィドの方は様子がおかしかった。目の前の相手の名を聞いて、かつて自分が犯した女だと気付いたのだろう。
その後、職員室で彼がエーベルゴートだと露見した際、アルヴィドはイリスを一瞥した。イリスに合わせて初対面のふりをした理由に、後ろめたいものがあるのかもしれない。
イリスは用心しつつ、彼の出方をうかがうことに決めた。
エーベルゴート家の直系嫡男として十分な素質を持っていたアルヴィドは、ゆくゆくは官僚となり、いずれ政府の要職へ就く輝かしい将来が期待されていた。
しかしイリスの復讐により凄惨な記憶を植え付けられたアルヴィドは、様子がおかしくなった。エーベルゴートの家長は彼を後継ぎとして不適格と判断し、排除を決めた。ほぼ無関係といえるほど遠い傍流のノイマン家へ養子に出し、名実ともにエーベルゴート家から追放したのだ。
ノイマン家は、戸籍は存在すれど家人は消息不明で家屋もない。加えて、家門の後ろ盾を前提にしていた卒業後の働き口はなくなった。全てを失ったアルヴィドは、一人で生きていくことを余儀なくされた。
名家の嫡男という自尊心が邪魔をしたのか、アルヴィドはどの職も長続きしない。実家から渡された僅かな手切れ金を切り崩しながら、職のない期間をやり過ごしていた。
そんな中もたらされた、非常勤講師の仕事。薄給だが、金に困っている状況においては十分な職だっただろう。
イリスは、アルヴィドとエーベルゴートに関する情報を全て断ってきた。またエーベルゴート家も、余計な噂を招きかねない一連の動きが、人々の口に上らないよう対処した。その結果、イリスは彼の近況をグンナルに聞かされて初めて知った。
優等生だったアルヴィドしか知らない人の目には、随分気の毒な状況に映るだろう。しかし、イリスからすれば自業自得だ。
凌辱されたイリスの方は、過去の記憶を抑え込みながら働いている。対して、加害者である彼の方が、家を追い出されたぐらいでまともに働けなくなるなど、甘えにしか思えない。
第一、自分が犯した相手の職場で働こうなどと無神経にも程がある。記憶を植え付けられたことはともかく、イリスにしたこと自体は軽視している証左だ。
「わかりました。その経歴なら、ここでの仕事もそう長くは続かないでしょう……」
アルヴィドの行動に、セムラクを使っていなければ怒りが湧いただろうが、イリスの復讐は八年前に終わった。
その時々の感情にのまれ、追加の復讐を自分に許してしまえば、最終的に彼を殺すまで納得できなくなる。イリスはそう理解しているからこそ、彼の神経を逆なでする行為に何もしない。イリスが今でも過去の記憶に苛まれているとしても、アルヴィドへの対応はあれで終わったのだ。
彼が一年を待たずに自ら仕事を辞めることを願って、イリスは引き下がった。
「これからどうするつもりだ」
「……逆恨みを受けている可能性もありますから、最低限自衛はします。ですが、これまで通り、誰にも知られないようにします。先生も、私たちが同時期にこの学校に在籍していたことは話さないでください」
再会したとき、イリスは初対面と思ったが、アルヴィドの方は様子がおかしかった。目の前の相手の名を聞いて、かつて自分が犯した女だと気付いたのだろう。
その後、職員室で彼がエーベルゴートだと露見した際、アルヴィドはイリスを一瞥した。イリスに合わせて初対面のふりをした理由に、後ろめたいものがあるのかもしれない。
イリスは用心しつつ、彼の出方をうかがうことに決めた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!
柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる