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中編
14.読めない真意-4
しおりを挟む「一年もかかったのは、記憶を語る治療が出来なかったからだろうと、その人は言っていた。本来はもう少し早く治療が終わるそうだ。それでも僕、……私は、君と違って、自分の身に実際に起きたことではないと、一歩引いて考えることができたから、他人に語らなくても記憶の整理が進んだのかもしれない」
「私も時間をかければ、あなたに記憶を語らなくても治療できますか」
「それは勧められない。一年経つ前に私は任期を終えてルーヘシオンを去る。それに、正直なところ、私の治療は完全ではなかった。だから、今はほとんど問題は起きなくなったが、少し、解決していないこともある」
「本当にあなたは治ったのですか。治ったのなら、なぜルーヘシオンへ来る前は仕事に就いていなかったのですか」
二年前に老人と出会って、一年かけて治療したというなら、その後の一年間は何をしていたのか。
疑問をぶつけると、アルヴィドは困ったように顔を曇らせた。
「おおむね問題ない程度まで治ったのは嘘ではない。ここへ来る三か月ぐらい前までは、魔法薬の仲卸の会社で事務をしていた。だが会社の業績不振による人員整理で解雇された。男性恐怖症は関係ない。グンナル先生に調べてもらっても構わない」
イリスは念のため、後日グンナルへ事実確認をすることにして、この場ではそれ以上問い詰めないことにした。
「疑念はもっともだが、私は君を治す。信用しろ」
「あなたが私をこのようにしたんですよ。それを治すから信用しろだなんて、よく口にできたものですね」
イリスの非難に、アルヴィドはぐっと言葉を詰まらせる。
まるで感情的な振舞いのイリスだが、実際のところセムラクを使っているのだから、元凶であるアルヴィドの白々しい言葉に、今すぐには何の怒りも湧かない。考えて、あえて恨み言をぶつけている。
その意図は、彼を揺さぶって真意を引き出すためだ。
アルヴィドがイリスの治療を引き受けた理由。それは、グンナルからの依頼というていを取っているが、実質イリスによるクビ切りを回避するためだったはずだ。
しかし、彼の話によると、男性恐怖症は治り、ルーヘシオンに雇われる少し前まで普通に働いていたという。
ならば、ここでの仕事に固執する必要はないのだ。クビにされても彼は他で働くことができる。非常勤講師の職が薄給とはいえ、寮生活で生活費は衣服以外ほぼかからない。採用されて三か月は経っているのだから、少しの求職期間を凌ぐ蓄えはあるだろう。
働き始めた理由は金に困ってのことだったかもしれない。だが、命懸けでイリスの治療へ協力してまで、働き続ける理由はもうない。その裏にある真意を見極めたかった。一体何を企んでいるのか。
「ああ。そうだな。だが私は、……これ以上職を失うわけにはいかない」
どうやらまだ建前を崩すつもりはないらしい。
魔法道具の指輪を使えば、真意を語らせることもできるが、それはやめておくことにした。
他に誰もいないこの場で本音を語らせれば、かつてイリスを凌辱したときに浴びせられたような、聞くに堪えない暴言を聞かされるかもしれない。それはイリスに逆行再現を引き起こすおそれがある。
もたらされた感情がセムラクの許容量を超えれば、術は破れ、増幅された反作用でイリスは錯乱し、指輪に命じてアルヴィドを殺すだろう。何かあれば命を奪えるようにというお守りではあるが、積極的に使いたくはない。こんな男のために両親を人殺しの親にしたくない。
イリスは、アルヴィドへの尋問は、必要に応じて止めてくれるグンナルの前で行うことにした。
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