【R-18】【完結】壊された二人の許しと治療

雲走もそそ

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中編

17.恐怖の低減-4

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 二人はベンチに腰かけて、無言でイリスの不安が低減するまで待つ。

 そうしているうちに、近所の子供たちが公園へやってきた。
 イリスたちのいる公園の奥までは来ずに、入り口の階段を使って遊んでいる。何を話しているかは聞こえずとも、時折無邪気な笑い声が届いた。

「どんな、子供でしたか」

 アルヴィドと会話を楽しみたいわけではないが、自分の中の恐怖と向き合い続けるより、話してそちらへ気を逸らしたかった。そこで何とは無しに選んだ話題だ。

「覚えていない」

 たっぷり時間をかけて考えられた返答は、それだけだった。

「誰と、何をして遊んだとか、あるでしょう」
「……弟は、いた。一学年下、君の同級生のはずだ。だが、遊んだ覚えはない。……君は?」

 どうやらアルヴィドは、昔の話はしたくはないようだ。イリスはそう受け取って、代わりに自分のことを語りだした。

「故郷は、田舎だけど、みんな優しい穏やかな場所で、決して低俗な人間が集まる場所ではありませんでした。魔法動物と、生きている場所の距離が少し近いだけ」

 イリスの故郷は、魔物の生きる場所と境界を接する、かなりの田舎であった。実家のある村は、村民に淫魔の血が流れていると噂されていたおかげで、学生時代は非常に不快で不躾な視線を受けたものだ。

『他の生き物の精を貪ることしか頭にない淫魔の雑ざりものじゃあ、気付かなくても当然か』

 ひどい言葉だった。だが、周囲からどう見られているのか、よく分かる言葉でもあった。
 飲酒の冤罪の所為で、イリスがその噂の信憑性を高めてしまった。学内で校則違反の飲酒に手を出す堕落した人間。やはり、享楽を追求する魔物の血が流れているからだ、と。
 グンナルとの取引材料にしたため、イリスは冤罪を晴らす手段を自ら捨てた。同級生たちに自らの、そして故郷の潔白を示すことは二度と叶わない。

「私も昔は、あんな風に弟たちや近所の子たちとごっこ遊びをしてました…。みんな、普通の……」

 特別ではない。アルヴィドとも同じ、普通の人間だ。
 今や、それを訴えられる相手は、事情を知るアルヴィドとグンナルだけになってしまった。
 悔しくて、イリスの目からはまた涙があふれてきた。

「理解している」

 端的な言葉は、イリスが煩わしくてあしらっているように聞こえた。

「なら……!」

 怒りが、イリスを突き動かす。
 久しぶりの苛烈な怒りを抑えられない。これまでは、セムラクで先送りしたものを解除時に受けはしていたが、その際には時間が空いているために冷めてしまっていて、このように声を荒げるほど感情が暴れはしなかった。

 視界へ入れることさえ震えるほど恐ろしい相手だったというのに、イリスは隣のアルヴィドを睨みつけていた。

「なら、どうしてあんなことを言えたんですか!?」

 対等な人間であると心から理解していれば、あのような言葉を口にできたはずはない。
 なぜあそこまでのことが言えたのか。その理由を真っ向から否定して、侮辱を取り消してほしかった。

 だが、アルヴィドは正面を見据えるばかりで、イリスと向き合おうとしない。

「わからない」
「はぐらかさないで!」

 一瞬、その唇が震えたように見えた。
 すぐに顔を背けられて、隠れてしまう。

「覚えていないんだ……」

 アルヴィドは逃げるようにベンチから離れた。
 だが、イリスを置いては帰れないことを思い出したのか、すぐに立ち止まる。

「いや、違う。覚えている。君にどれほど酷い言葉を吐きかけたのか」

 責任逃れのように記憶にないと言ったり、一方で反省しているかのように振舞ってみせたり、アルヴィドの行動は理解し難かった。それでいて、謝罪は決して口にしない。
 謝ってもらって何か意味があるのか、自分が満足するかもわからない。しかしアルヴィドの態度はイリスの神経を逆なでした。

 イリスはまた非難しかけて、握りしめた手の指輪の感触を思い出し、唇を引き結んだ。
 今はセムラクで平静を保っていない。激高し、勢いあまってアルヴィドを殺すかもしれない。

「今日はもう帰ろう。課題は、最初はグンナル先生と進めればいい」

 そうして二人は、お互いの顔を見ることもなく、無言で帰宅の途に就いた。
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