【R-18】【完結】壊された二人の許しと治療

雲走もそそ

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中編

22.歩み寄り-3

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「治療中、何と呼べばいいですか」
「え……?」

 予想外の質問に、アルヴィドは反射的に隣のイリスへ顔を向けようとして、すんでのところで止めて前を向き直した。

「目を見て話しても、大丈夫です」
「だが……」
「平気、とは違うかもしれません。でも危険なことではないです。それなら、訓練すれば、いずれ不安は減りますよね?」

 彼が教えてくれたことだ。

 しばらくためらっていたアルヴィドは、ぎこちなく、地面を見たまま顔だけイリスの方へ向けた。
 そして、青い瞳を、何か恐れるように合わせる。
 アルヴィドにとって罪の象徴であるイリスは、彼の方からも目を背けたい存在だ。これは、お互いのための訓練だった。

「……アルヴィド、で。ノイマンも、あまり好きじゃない。私を捨てるための場所だから……」
「わかりました。アルヴィド」
「君のことも、いいのか」
「もう呼んだでしょう?」

『しっかりしろ、イリス!』

 過去との対峙訓練で自分を失い、呼吸困難へ陥ったイリスの耳へ届いた声。
 それまで目を合わせずぼそぼそと喋るばかりだったアルヴィドが、イリスの手を握り、強い言葉で呼びかけた。イリスの目を見られないほどの罪悪感を抱える彼にとって、あの治療は傷を抉るものだったはずだ。それに耐えて、イリスを現実へ呼び戻した。

「ああ、そうか。そうだな……」

 思い出したようで、親しくもないのに名前で呼んだことを、少し申し訳なさそうにしている。

 お互い、相手のことを名前で呼びかけてこなかった。職場では家名を呼んでいたし、対面ではあなたとか君といった二人称を使っていた。無意識に避けてきたのだ。

「私からも、一つ」

 アルヴィドはまだ慣れないようで、イリスの目を見たり、逸らしたりを繰り返している。
 イリスの方も、随分変わったとはいえ同じ男の青い瞳に、喉元を締められるような息苦しさと不安感を覚えた。だが、危険はないと理解して納得しなくてはならない。あの時のアルヴィドとは違うのだと。

「なんでしょうか」
「治療中は、丁寧に話さなくていい。今はただの同僚だ……。何なら、私の方が後輩になる」

 イリスがアルヴィドへ敬語を使っているのは、学生時代の先輩だからという訳でも、特別丁寧に扱うためでもない。そもそも砕けた口調で話す間柄の人間が、もはや家族以外存在しなかったからだ。上下関係のためではなく、他人行儀なだけである。

「そうですね……、いえ。そうね、わかったわ」

 アルヴィドの勘違いということになるが、イリスは特段訂正しなかった。これも一つの訓練と考えればいい。

「あなたも……」
「私か?」

 彼は仕事中以外、最初から敬語ではない。
 イリスが言及したのは言葉遣い全体とは違う。

「自分の事、僕って……」

 イリスにとっては気にせずその一人称を使えばいいという主旨だったのだが、アルヴィドは指摘と捉えたようで、恥ずかしそうに俯いた。

「それは今、直している途中なんだ……」

 とっさの時や、感情的になった時に使っていたので、まだ油断すると戻ってしまうのだろう。
 イリスと同じく、アルヴィドも交友関係が広そうには思えない。練習の機会がない所為で、なかなか直らないのかもしれない。

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