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後編
26.部活-1
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二学期の、学期末の試験目前の平日。
アルヴィドは朝、自室でいつもより早い時間に起床した。
ベッドから降りカーテンを開けると、室内が日光で明るくなる。最近は、寝覚めがあまり悪くない。夜中熟睡できているからだろう。
アルヴィドは教科を担当する教師ではないため、研究室を持っていない。男性教職員の研究室や私室の集まる棟に、普通の寝起きするためだけの部屋を割り当てられている。
あまり広くない部屋は、ベッドだけで部屋の四分の一超を占拠される。木製のベッド、こぢんまりしたテーブル、椅子一脚、キャビネット。装飾品の類いは一切なし。備え付けの家具と日用品以外置かれていない、殺風景な部屋。
アルヴィドは洗面台へ向かい、歯を磨き、顔を洗って、髭を剃り始める。
作り付けの洗面台の鏡は、布で覆われていた。
そのため、アルヴィドは自分がどうなってるかわからない状態で髭を剃っており、おそらくここだろう、というところへ剃刀を滑らせている。
「痛っ……」
案の定負傷したが、それを無視してとりあえず必要そうな個所は剃り上げた。
顔を水で流して、普段通り治癒魔術をかけて切れてしまったところを治す。
洗面台だけでなく、この部屋の備え付けの鏡は全て鏡面を隠している。窓は映り込みやすい夜になる前に、カーテンを閉める。
アルヴィドは自らの男性恐怖症をおおむね治した。しかし、一番根深いところは、結局治せなかった。
それは、イリスによって植え付けられた、彼女がかつてのアルヴィドに凌辱される記憶の、最も恐怖を感じる部分。すなわち、昔の自分の顔だった。
獣欲と嘲笑で歪んだ、最低な男の顔。
鏡に映るその顔が、何よりも怖かった。だから、記憶を共有して以来、顔の映る物を避けてきた。そのため鏡には布をかぶせ、たとえ頻繁に負傷しようとも、鏡なしで髭を剃り続けている。
イリスには隠している、みっともない秘密だ。
キャビネットを開くと、あまり質のよくないシャツとスラックスが三組と、くたびれたコートが一着、他に比べて格段に新しいジャケットが一着、吊り下がっていた。この限りなく見た目の同じシャツとスラックスを、交替で着ている。コートはいつ買ったか忘れた。ジャケットは世話になった元精神科医の老人が、就職を機に贈ってくれたものだ。アイロンを持っていないのでシャツにはしわが寄ったままである。
アルヴィドがこの職員寮へ入った時の荷物は、トランク一つに収まっていた。中の空間を魔術で拡張していない、普通のトランクだ。今仮に出ていくとしても、引き続き同じように全部収納できる。
ルーヘシオンに雇われて半年以上経つ。住居費と食費がかからないため、薄給だが給金は生活費を引いてもほとんど手元に残った。それでもう少しまともな服を買い足せるはずであるが、アルヴィドはそうせず貯めている。
この職は一年の期限付きだ。男性恐怖症のことを抜きにしても、アルヴィドはどこか仕事運が悪かった。次の仕事がすぐ見つかるとは限らない。求職期間中の生活のために、少しでも多く取っておきたかった。
他人からするとわびしい生活に映るだろうが、アルヴィドは何も感じない。
かつては名家の子息として豪邸で当然のように生活していたはずだが、その記憶は消されている。敷地外の記憶は残っているので、外出先などから上等な暮らしぶりはわかる。それでも、その暮らしがなくて困る記憶量ではなかったし、惜しむほどの魅力も感じられなかった。
それに、長らく、普通の満たされた暮らしを楽しめるような、そんな普通の心持ちにもなっていなかったので、この必要最低限の暮らしで十分でもあった。
着替えて、戸締りをすると、アルヴィドは出勤した。
アルヴィドは朝、自室でいつもより早い時間に起床した。
ベッドから降りカーテンを開けると、室内が日光で明るくなる。最近は、寝覚めがあまり悪くない。夜中熟睡できているからだろう。
アルヴィドは教科を担当する教師ではないため、研究室を持っていない。男性教職員の研究室や私室の集まる棟に、普通の寝起きするためだけの部屋を割り当てられている。
あまり広くない部屋は、ベッドだけで部屋の四分の一超を占拠される。木製のベッド、こぢんまりしたテーブル、椅子一脚、キャビネット。装飾品の類いは一切なし。備え付けの家具と日用品以外置かれていない、殺風景な部屋。
アルヴィドは洗面台へ向かい、歯を磨き、顔を洗って、髭を剃り始める。
作り付けの洗面台の鏡は、布で覆われていた。
そのため、アルヴィドは自分がどうなってるかわからない状態で髭を剃っており、おそらくここだろう、というところへ剃刀を滑らせている。
「痛っ……」
案の定負傷したが、それを無視してとりあえず必要そうな個所は剃り上げた。
顔を水で流して、普段通り治癒魔術をかけて切れてしまったところを治す。
洗面台だけでなく、この部屋の備え付けの鏡は全て鏡面を隠している。窓は映り込みやすい夜になる前に、カーテンを閉める。
アルヴィドは自らの男性恐怖症をおおむね治した。しかし、一番根深いところは、結局治せなかった。
それは、イリスによって植え付けられた、彼女がかつてのアルヴィドに凌辱される記憶の、最も恐怖を感じる部分。すなわち、昔の自分の顔だった。
獣欲と嘲笑で歪んだ、最低な男の顔。
鏡に映るその顔が、何よりも怖かった。だから、記憶を共有して以来、顔の映る物を避けてきた。そのため鏡には布をかぶせ、たとえ頻繁に負傷しようとも、鏡なしで髭を剃り続けている。
イリスには隠している、みっともない秘密だ。
キャビネットを開くと、あまり質のよくないシャツとスラックスが三組と、くたびれたコートが一着、他に比べて格段に新しいジャケットが一着、吊り下がっていた。この限りなく見た目の同じシャツとスラックスを、交替で着ている。コートはいつ買ったか忘れた。ジャケットは世話になった元精神科医の老人が、就職を機に贈ってくれたものだ。アイロンを持っていないのでシャツにはしわが寄ったままである。
アルヴィドがこの職員寮へ入った時の荷物は、トランク一つに収まっていた。中の空間を魔術で拡張していない、普通のトランクだ。今仮に出ていくとしても、引き続き同じように全部収納できる。
ルーヘシオンに雇われて半年以上経つ。住居費と食費がかからないため、薄給だが給金は生活費を引いてもほとんど手元に残った。それでもう少しまともな服を買い足せるはずであるが、アルヴィドはそうせず貯めている。
この職は一年の期限付きだ。男性恐怖症のことを抜きにしても、アルヴィドはどこか仕事運が悪かった。次の仕事がすぐ見つかるとは限らない。求職期間中の生活のために、少しでも多く取っておきたかった。
他人からするとわびしい生活に映るだろうが、アルヴィドは何も感じない。
かつては名家の子息として豪邸で当然のように生活していたはずだが、その記憶は消されている。敷地外の記憶は残っているので、外出先などから上等な暮らしぶりはわかる。それでも、その暮らしがなくて困る記憶量ではなかったし、惜しむほどの魅力も感じられなかった。
それに、長らく、普通の満たされた暮らしを楽しめるような、そんな普通の心持ちにもなっていなかったので、この必要最低限の暮らしで十分でもあった。
着替えて、戸締りをすると、アルヴィドは出勤した。
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