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10.罠-1
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イザークはグィリクスを訪問した夜、催された宴席の上座にて、王と二人で酒を酌み交わしていた。
この国の手厚い歓待とグィリクス王の応対に、周辺諸国がこの国の姫を妻に迎える羽目になったのは本当に嵌められたからなのだろうかと、強い警戒へ傾いていた天秤が水平に戻りそうになって、いやあれほど複数の国が同じ窮地に陥るはずはないと、浮いた皿を元通り下げる。
どちらに非があるのかは分からないが、少なくともこの国で何かが起きているのだから。イザークは何度目か分からないが、気を引き締め直した。
『グィリクス王、これ以上は……』
更に酒を注ごうと酒壷を近付けたグィリクス王を、イザークは手で制止する。十分飲んだしこのようなことで張り合っても仕方ない。
何より、急に酔いが回り始めた。
『どうやら私には強すぎる酒だったようです』
顔どころか全身が温まってきている。
飲み口等から酒精の強さも葡萄酒と同程度だろうと判断していたが、普通の葡萄酒であればこの量でイザークは酔わない。想定以上に強い酒だったらしい。
『もう温まってきたか』
意外そうな声音。なぜか、酔いが回ったという言葉選びではないように感じられた。
嫌な予感がしてきたイザークに、グィリクス王はとんでもないことを口にした。
『これは我が国の特産品の薬酒だ。男も女も、開放的になる』
熱の回り方が、ただ酔ったときとは、明らかに違う。
宴席の下座へ視線を巡らすと、同じような酒入りの細頸壷から注がれる液体は、よく目を凝らせば白く濁っていた。葡萄酒のような紫色の、イザークとグィリクス王で酌み交わしたものと異なる。王と二人だけ、違う酒を供されていたのだ。
『心配するな。害になるようなものではない。……だが熱は放たねば治まらぬ。あとで娘を客室へ向かわせよう。遠慮はするな』
つまり、これまでも催淫効果のある酒を飲ませ、理性を崩した上で自分の娘を差し出していたということだ。効果がどれほどのものかまだ計り知れないが、耐えきれなかった周辺諸国の王や大使たちは、姫に手を付けてしまった。そしてこの国の法に従わざるを得ず、妻として自国へ連れて帰っていた。
手口に気付いたが、もう遅い。体がしびれるように、血の巡りが急激に速まっていく。
『グィリクス王!』
騙し討ちに、イザークはグィリクス王を睨みつけた。
だが王はこれまでと変わらぬ陽気な笑みで、眼差しだけ冷たく鋭い色へ変えてイザークを見据える。
『ところで、私もイザーク王と通ずる考えを持っていてな。私も我が国の法を守る。そしてそれを守らぬ異邦人は、たとえ国賓でも容赦はしない』
『薬を盛っておいてよくもそのようなことを……!』
『言ったはずだ。害はない。私も同じものを、そちらよりも多く飲んだ。普段もよく飲んでいる。これで有害と申し立てるつもりか?』
グィリクス王には異変がない。体質の違いかもしれないが、イザークの方は症状がもう出ている。
『現に異常が――!』
『――グィリクス陛下』
激して立ち上がったイザークの声を、女の冷静な声が遮った。いつの間にかヴィオラが、自身の席から離れイザークたちの後ろへ膝をついていた。上座の異常を感じ取り、話を聞ける位置まで近付いてきていたのだ。
ヴィオラは状況を理解していると言わんばかりに、イザークを見て小さく頷いた。そしてグィリクス王へ顔を向ける。
『グィリクス陛下、お話し中失礼いたします。これから我が王は私どもの神へ祈る時間になります。国民の安寧のため、王にのみ神への祈りの義務があるのです』
『……ああ。申し訳ないが、これで失礼させていただく』
そのような習慣はない。この場を離れるための嘘だ。だがイザークは瞬時に承知して同調した。
体の異常はもう起き始めているのだからどうしようもない。それにより徐々に高まる熱で、全員の目の前で醜態をさらすことを避けなくてはならない。この場で誰かに襲い掛かりでもしたら、グィリクス王の策略に嵌るだけでなく、連れてきた臣下たちを失望させるだろう。
『そうか。祈りが終われば声をかけてくれ。娘は客室の前に待たせておく』
グィリクス王は嘘を見抜いているのか分からないが、あっさりとイザークを送り出した。
この国の手厚い歓待とグィリクス王の応対に、周辺諸国がこの国の姫を妻に迎える羽目になったのは本当に嵌められたからなのだろうかと、強い警戒へ傾いていた天秤が水平に戻りそうになって、いやあれほど複数の国が同じ窮地に陥るはずはないと、浮いた皿を元通り下げる。
どちらに非があるのかは分からないが、少なくともこの国で何かが起きているのだから。イザークは何度目か分からないが、気を引き締め直した。
『グィリクス王、これ以上は……』
更に酒を注ごうと酒壷を近付けたグィリクス王を、イザークは手で制止する。十分飲んだしこのようなことで張り合っても仕方ない。
何より、急に酔いが回り始めた。
『どうやら私には強すぎる酒だったようです』
顔どころか全身が温まってきている。
飲み口等から酒精の強さも葡萄酒と同程度だろうと判断していたが、普通の葡萄酒であればこの量でイザークは酔わない。想定以上に強い酒だったらしい。
『もう温まってきたか』
意外そうな声音。なぜか、酔いが回ったという言葉選びではないように感じられた。
嫌な予感がしてきたイザークに、グィリクス王はとんでもないことを口にした。
『これは我が国の特産品の薬酒だ。男も女も、開放的になる』
熱の回り方が、ただ酔ったときとは、明らかに違う。
宴席の下座へ視線を巡らすと、同じような酒入りの細頸壷から注がれる液体は、よく目を凝らせば白く濁っていた。葡萄酒のような紫色の、イザークとグィリクス王で酌み交わしたものと異なる。王と二人だけ、違う酒を供されていたのだ。
『心配するな。害になるようなものではない。……だが熱は放たねば治まらぬ。あとで娘を客室へ向かわせよう。遠慮はするな』
つまり、これまでも催淫効果のある酒を飲ませ、理性を崩した上で自分の娘を差し出していたということだ。効果がどれほどのものかまだ計り知れないが、耐えきれなかった周辺諸国の王や大使たちは、姫に手を付けてしまった。そしてこの国の法に従わざるを得ず、妻として自国へ連れて帰っていた。
手口に気付いたが、もう遅い。体がしびれるように、血の巡りが急激に速まっていく。
『グィリクス王!』
騙し討ちに、イザークはグィリクス王を睨みつけた。
だが王はこれまでと変わらぬ陽気な笑みで、眼差しだけ冷たく鋭い色へ変えてイザークを見据える。
『ところで、私もイザーク王と通ずる考えを持っていてな。私も我が国の法を守る。そしてそれを守らぬ異邦人は、たとえ国賓でも容赦はしない』
『薬を盛っておいてよくもそのようなことを……!』
『言ったはずだ。害はない。私も同じものを、そちらよりも多く飲んだ。普段もよく飲んでいる。これで有害と申し立てるつもりか?』
グィリクス王には異変がない。体質の違いかもしれないが、イザークの方は症状がもう出ている。
『現に異常が――!』
『――グィリクス陛下』
激して立ち上がったイザークの声を、女の冷静な声が遮った。いつの間にかヴィオラが、自身の席から離れイザークたちの後ろへ膝をついていた。上座の異常を感じ取り、話を聞ける位置まで近付いてきていたのだ。
ヴィオラは状況を理解していると言わんばかりに、イザークを見て小さく頷いた。そしてグィリクス王へ顔を向ける。
『グィリクス陛下、お話し中失礼いたします。これから我が王は私どもの神へ祈る時間になります。国民の安寧のため、王にのみ神への祈りの義務があるのです』
『……ああ。申し訳ないが、これで失礼させていただく』
そのような習慣はない。この場を離れるための嘘だ。だがイザークは瞬時に承知して同調した。
体の異常はもう起き始めているのだからどうしようもない。それにより徐々に高まる熱で、全員の目の前で醜態をさらすことを避けなくてはならない。この場で誰かに襲い掛かりでもしたら、グィリクス王の策略に嵌るだけでなく、連れてきた臣下たちを失望させるだろう。
『そうか。祈りが終われば声をかけてくれ。娘は客室の前に待たせておく』
グィリクス王は嘘を見抜いているのか分からないが、あっさりとイザークを送り出した。
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