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最恐の女
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「ふむ。お師匠様か…まぁ~一言で言うならば、絶対に敵に回してはならん、”この世で最も恐ろしい人間”じゃ」
この森に住むという魔女に会うため、ラーニャの案内のもと森の最奥まで歩を進めていたスズネたち。
お互いに打ち解け始め、穏やかになりかけていた空気は、脅しにも似たラーニャの言葉により一変する。
「なんか凄く厳しそうな人だね。失礼のないようにしなきゃ」
「いや、スズネ。厳しいなんてもんじゃないわよ。何?そのおっかない人は!!」
「まぁ~安心せい。わっちも一緒におるでな。無闇に攻撃なんぞして来ぬわ」
そう言うと、ラーニャは高笑いをしながら一行を引き連れて得意げな様子を見せるのであった。
ラーニャと行動を共にし歩き始めてから三十分ほどが経ち、もはやここがどこなのか、今自分たちがどちらの方向に進んでいるのかさえもさっぱり分からなくなっていた。
スズネたちが森に入ってからで考えると三時間近く経っており、疲労もピークを迎えつつあった。
そんな状況の中、それまで最後尾で大人しくしていたクロノが唐突に口を開く。
「ところでラーニャ、その魔女っていうのは強いのか?」
不敵な笑みを浮かべながら問い掛ける。
身体全体から”闘いたいオーラ”が漏れ出ている。
魔王として、男として、はたまた最強であるがゆえなのか、本能的に強者とは手合わせしたくなる衝動が起きるようである。
そんなクロノの思惑を察し、質問の答えが返ってくる前にミリアが釘を刺す。
「アンタ何よからぬこと考えてんのよ。アタシたちは争いに来たんじゃないんだから、少しは自重しなさいよね」
「な…なんのことだか…。魔女がどんなものか知りたいなぁ~と思っただけだ」
ミリアからの鋭いツッコミにあたふたし、明らかに挙動不審になるクロノ。
「ダメだよクロノ。もしかしたらクロノの願いを叶えてくれる人かもしれないんだから、失礼なことしちゃダメだからね」
「分かってるよ・・・なんだよ、ちょっとくらい遊んだっていいじゃねぇ~か」
ミリアに続きスズネからも念を押され意気消沈するクロノ。
強者としての好奇心を覗かせつつも、二人の言葉を受けてブツブツと文句を言いながら渋々了承するのであった。
「まぁまぁ二人ともそう責めてやるでない。旦那様も相当強いが、お師匠様も負けず劣らずの化け物じゃからな」
「クロノの強さを見た上で自信家のアンタがそこまで言うなんて、アンタのお師匠様って何者なのよ」
これまでにクロノの強さや凄さを目の当たりにしてきたからこそ、スズネとミリアは驚きを隠さずにはいられなかった。
常に自信満々である自称天才のラーニャに化け物と言わせる人物。
そして、何より十歳の少女にここまでの魔法を教えられるという事実。
スズネたちは怖いもの見たさからくる興味を抑えられずにいた。
「お師匠様は、言うなれば“超越者”じゃ。“物事の理”や“時間の概念”すらもわっちらとは別の次元におる」
「”超越者”??なんかとんでもなく凄そうな人だね。名前は何て言うの?」
「お主らもガルディアに住む民であるならば、聞いたことくらいはあるじゃろ。名をマーリン。三百年以上生きておる大魔法師じゃ」
その名を聞いた途端、スズネとミリアは驚きと共に言葉を失う。
そして、まるで時が止まったかのように目と口を大きく開けたまま固まってしまった。
「えっ・・・嘘でしょ・・・」
「マーリンって、まさか・・・」
あまりの衝撃に理解が追いつかず、言葉が出てこない二人。
唯一クロノだけは誰のことを言っているのか分からず、二人の様子を見て不思議そうにしている。
そして、自分だけが取り残されている状況に我慢できず、素朴な疑問をぶつけた。
「おい、話が全く見えてこないぞ。っていうか誰だマーリンって。そんなに有名なやつなのか?」
「はぁ~!?有名なんてもんじゃないわ。伝説よ!伝説!!」
「学校の教科書に何度も出てきたもんね。昔から戦闘魔法は使われていたけど、一般的な生活魔法っていうのは無かったんだよね。今でこそ普通に使われている生活魔法だけど、そのほとんどを生み出したのがマーリン様だって言われてるんだよ」
クロノの質問に対し、かなりの熱量を持って語る二人。
その勢いに少々圧倒されながらも、マーリンの純粋な強さというものが伝わってこず、何とも言えない表情で首を傾げるクロノであった。
「生活魔法を生み出したくらいのやつでは、大して強さは期待できんな」
少し残念そうな様子を見せたクロノであったが、ラーニャの言葉によりその感情は一気に吹き飛ばされる。
「ワッハッハ、安心なされよ旦那様。確かにお師匠様は数多くの生活魔法を生み出したが、決して戦闘魔法が使えんというわけではない。むしろ性格は好戦的であるし、一昔前は戦闘狂のごとく暴れ回っていたらしいからのう。今でも、その気になれば一国を滅ぼすくらいの力は有しておるわ」
その言葉を聞いてみるみると顔に活力が戻っていくクロノ。
先程までの死んだ魚のような目はキラキラと輝きを取り戻し、不満いっぱいだった表情は口元が緩みきったものへと変貌を遂げた。
「クハハハハ。そうかそうか、一国を滅ぼすほどか。まぁ~この俺にかかれば世界を滅ぼすことも可能だがな」
「ほんと子供ね」
「だね」
「じゃな」
嬉しそうにしているクロノの姿に呆れつつも、笑みを浮かべる三人なのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「さぁ~て、もうそろそろ着く頃じゃ」
「はぁ~疲れた~」
「けっこう歩いたもんね。みんなお疲れ様」
「ふん。この程度でだらしのないやつらだ」
いつものように憎まれ口を叩くクロノであったが、よほど疲れていたのか、今回ミリアからの反撃は来ない。
いつもの調子と違った状況を不思議に思ったクロノは、チラリとミリアへ視線を向けた。
「何よ、今はホントに疲れてんだから、いちいち変態魔王の相手なんかしてらんないわよ」
「べ…別にそういうわけじゃ」
なんだかんだと言って、いつものやり取りが始まる。
「あはははは。ほんと二人は仲が良いね」
「「どこが(だ・よ)!!」」
スズネの一言に対して二人の返答が重なる。
「ほら、息ピッタリ」
そう言うと、スズネは手を叩きながら嬉しそうに笑顔を見せる。
渦中の二人はというと、恥ずかしさのあまり顔を紅潮させながら、気まずそうに沈黙するのであった。
「なんだなんだ旦那様よ、スズネだけでなくミリアまでもか…ライバルは多いのう」
「ラーニャ、冗談でも殺すわよ」
一連の様子を見ていたラーニャが愛らしく告げると、ミリアは殺気にも似た感情と共に鋭い視線をラーニャへと飛ばす。
そのあまりの迫力に押され、ラーニャは瞳に薄っすらと涙を浮かべるのだった。
「コラ。ダメだよ、ラーニャちゃんをイジメちゃ。いくら強くても、まだ十歳の女の子なんだからね」
怯えるラーニャを自身の方へグッと抱き寄せながら、スズネはミリアに諭すように声をかける。
「ハッハッハッ。怒られてやんの」
「うっさいわね」
スズネに諭され反省した様子を見せるミリアを揶揄うように笑うクロノ。
それに対し、一切視線を向けることなく言葉を返すミリア。
そんな二人の様子をハハハと笑いながら温かく見守るスズネとラーニャなのであった。
「ま…まぁ~安心するがいいぞ旦那様。わっちも今はただの超一流魔法師じゃが、いずれはお師匠様をも超える史上最高の大魔法師になるのでな!!そうすれば他の女など比べ物にならんわ」
いつもの調子で両手を腰に当てながら高笑いをするラーニャであった・・・が、その時 ──── 。
「ほ~う。それはそれは、たいそう面白い話をしておるな、大魔法師殿」
突如どこからともなく聞こえたその声は静寂した森に響き渡る。
そして、その声を耳にしたラーニャはバツが悪そうに下を向き、ブルブルと小刻みに震え出した。
「大丈夫?ラーニャちゃん」
「何?何?いったい何事よ」
突然のことに動揺し慌てだすスズネたちに対し、震えの治らないラーニャが振り絞った声で告げる。
「お…お…お師匠様じゃ」
「「えっ!?」」
ラーニャがそう告げると、スズネたちの前方でしな垂れて道を覆うようにしていた草木がまるで背筋を伸ばすかのように起き上がった。
そして、そこから一人の女性が姿を現したのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「何やら大層興味深い話をしていたようだが、いったい誰が誰を超えると言ったのかな?馬鹿弟子よ」
突如現れたその女性は、長く艶やかな黒髪を靡かせ、それをより強調させるためであるかのように真っ白な白衣を身に纏っており、その姿には似つかわしくない大きな杖を持っている。
そして、その立ち振る舞いは自信に満ち溢れており、威風堂々としている。
先程から震えていたラーニャが、小さなその身をさらに萎縮させているところを見るに、目の前に立っている人物こそがマーリンで間違いなさそうであるが・・・事前にラーニャから聞いていた話と食い違う点が見受けられる。
事前の情報では、たしかマーリンは三百年以上生きている大魔法師・・・。
しかし、目の前に立つ女性はどう見ても三十代くらいにしか見えない。
これが、ラーニャの言っていた『“物事の理”も“時間の概念”すらも別次元にある』ということなのであろうか。
「い…いえ…、さっきのは冗談というか…わっちももっと頑張ろうというか…」
これまでの道中での姿とは打って変わり、まるで借りてきた猫のように大人しくなり勢いをなくしたラーニャ。
「そうだな。大口を叩く暇があるのならば、さっさと最終試験をクリアしてほしいものだがな」
「はい・・・」
マーリンからの強烈な一言に弱々しく返事をするラーニャは、明らかに意気消沈している。
そんなラーニャに対し、心配そうにスズネが問いかける。
「ラーニャちゃん、大丈夫?それに最終試験って…」
スズネから質問を受け、気落ちした様子のラーニャがバツが悪そうに答える。
「最終試験というのはの~・・・昼夜問わず、いついかなる時でもええからお師匠様に一撃を入れることなのじゃ。わっちはかれこれ一年以上クリア出来ておらん」
「いっ…一年以上!?」
「う…嘘でしょ!?あんなに強力な魔法が使えるラーニャでも無理なの」
発せられたラーニャの言葉に、スズネとミリアが”信じられない”という衝撃を受けた、その時 ───── 。
───── ドンッ!! ─────
突然大きな爆発音が鳴り響く。
スズネたちはその爆発音に驚きながらも音の発生源へと視線を送る。
すると、先程までマーリンが立っていた場所を爆煙が覆い包んでいた。
いったい何が起こったのか分からないスズネたちであったが、ミリアがある事に気づく。
「アンタ、いったい何したのよ」
ミリアの言葉の先には、もちろんクロノの姿が ───── 。
驚きを隠せないでいた三人をよそに、一人だけニヤリと笑みを浮かべるその姿をミリアは見逃さなかったのだ。
「何って、アイツに一撃入れればいいんだろ?」
「アンタが入れてどうすんのよ」
「そうだよクロノ。これはラーニャちゃんの試験なんだから」
楽しそうにしているクロノに次々と言葉を浴びせる二人であったが、そんな中でラーニャだけは別の感情を抱いていた。
「す…凄い。どんな人間や魔獣であっても無理だったのに。あのお師匠様に一撃を入れるところなんて初めて見た・・・」
これまで数多くマーリンの戦闘を見てきた。
教えを乞い、辛い修行を重ね、腕を磨いてきた。
しかし、一年以上をかけてたった一撃すら入れられない現実の中で人知れず踠き苦しんできた。
自分には無理なんじゃないか・・・
自分には才能なんて無いんじゃないか・・・
そもそもお師匠様に一撃を入れられる者なんて、この世に存在しないんじゃないか・・・
人知れず抱え込んできたラーニャのそんな”心の曇り”を、目の前に立つその男は一発で晴らして見せたのだ。
その衝撃と嬉しさのあまり、ラーニャはクロノに抱き付いた。
「さすがは旦那様じゃ。お師匠様に一撃入れられる者などおらんと思うておった。でも違った。もっともっと力を付ければ、わっちにだって出来るはずじゃ」
目をキラキラと輝かせながら興奮気味に話すラーニャの姿に、スズネたち三人は呆気に取られる。
「おい抱きつくな、鬱陶しい。お前のことなんか知るか、それにお前は勘違いしている。あんなものはただの小手調べだし、一撃など入っていない。アイツは全くの無傷だ」
クロノがそう告げると、徐々に煙が晴れていき、中から不敵な笑みを浮かべたマーリンが姿を現したのだった。
「ふむ。なかなか面白いやつを連れてきたな、馬鹿弟子よ」
この森に住むという魔女に会うため、ラーニャの案内のもと森の最奥まで歩を進めていたスズネたち。
お互いに打ち解け始め、穏やかになりかけていた空気は、脅しにも似たラーニャの言葉により一変する。
「なんか凄く厳しそうな人だね。失礼のないようにしなきゃ」
「いや、スズネ。厳しいなんてもんじゃないわよ。何?そのおっかない人は!!」
「まぁ~安心せい。わっちも一緒におるでな。無闇に攻撃なんぞして来ぬわ」
そう言うと、ラーニャは高笑いをしながら一行を引き連れて得意げな様子を見せるのであった。
ラーニャと行動を共にし歩き始めてから三十分ほどが経ち、もはやここがどこなのか、今自分たちがどちらの方向に進んでいるのかさえもさっぱり分からなくなっていた。
スズネたちが森に入ってからで考えると三時間近く経っており、疲労もピークを迎えつつあった。
そんな状況の中、それまで最後尾で大人しくしていたクロノが唐突に口を開く。
「ところでラーニャ、その魔女っていうのは強いのか?」
不敵な笑みを浮かべながら問い掛ける。
身体全体から”闘いたいオーラ”が漏れ出ている。
魔王として、男として、はたまた最強であるがゆえなのか、本能的に強者とは手合わせしたくなる衝動が起きるようである。
そんなクロノの思惑を察し、質問の答えが返ってくる前にミリアが釘を刺す。
「アンタ何よからぬこと考えてんのよ。アタシたちは争いに来たんじゃないんだから、少しは自重しなさいよね」
「な…なんのことだか…。魔女がどんなものか知りたいなぁ~と思っただけだ」
ミリアからの鋭いツッコミにあたふたし、明らかに挙動不審になるクロノ。
「ダメだよクロノ。もしかしたらクロノの願いを叶えてくれる人かもしれないんだから、失礼なことしちゃダメだからね」
「分かってるよ・・・なんだよ、ちょっとくらい遊んだっていいじゃねぇ~か」
ミリアに続きスズネからも念を押され意気消沈するクロノ。
強者としての好奇心を覗かせつつも、二人の言葉を受けてブツブツと文句を言いながら渋々了承するのであった。
「まぁまぁ二人ともそう責めてやるでない。旦那様も相当強いが、お師匠様も負けず劣らずの化け物じゃからな」
「クロノの強さを見た上で自信家のアンタがそこまで言うなんて、アンタのお師匠様って何者なのよ」
これまでにクロノの強さや凄さを目の当たりにしてきたからこそ、スズネとミリアは驚きを隠さずにはいられなかった。
常に自信満々である自称天才のラーニャに化け物と言わせる人物。
そして、何より十歳の少女にここまでの魔法を教えられるという事実。
スズネたちは怖いもの見たさからくる興味を抑えられずにいた。
「お師匠様は、言うなれば“超越者”じゃ。“物事の理”や“時間の概念”すらもわっちらとは別の次元におる」
「”超越者”??なんかとんでもなく凄そうな人だね。名前は何て言うの?」
「お主らもガルディアに住む民であるならば、聞いたことくらいはあるじゃろ。名をマーリン。三百年以上生きておる大魔法師じゃ」
その名を聞いた途端、スズネとミリアは驚きと共に言葉を失う。
そして、まるで時が止まったかのように目と口を大きく開けたまま固まってしまった。
「えっ・・・嘘でしょ・・・」
「マーリンって、まさか・・・」
あまりの衝撃に理解が追いつかず、言葉が出てこない二人。
唯一クロノだけは誰のことを言っているのか分からず、二人の様子を見て不思議そうにしている。
そして、自分だけが取り残されている状況に我慢できず、素朴な疑問をぶつけた。
「おい、話が全く見えてこないぞ。っていうか誰だマーリンって。そんなに有名なやつなのか?」
「はぁ~!?有名なんてもんじゃないわ。伝説よ!伝説!!」
「学校の教科書に何度も出てきたもんね。昔から戦闘魔法は使われていたけど、一般的な生活魔法っていうのは無かったんだよね。今でこそ普通に使われている生活魔法だけど、そのほとんどを生み出したのがマーリン様だって言われてるんだよ」
クロノの質問に対し、かなりの熱量を持って語る二人。
その勢いに少々圧倒されながらも、マーリンの純粋な強さというものが伝わってこず、何とも言えない表情で首を傾げるクロノであった。
「生活魔法を生み出したくらいのやつでは、大して強さは期待できんな」
少し残念そうな様子を見せたクロノであったが、ラーニャの言葉によりその感情は一気に吹き飛ばされる。
「ワッハッハ、安心なされよ旦那様。確かにお師匠様は数多くの生活魔法を生み出したが、決して戦闘魔法が使えんというわけではない。むしろ性格は好戦的であるし、一昔前は戦闘狂のごとく暴れ回っていたらしいからのう。今でも、その気になれば一国を滅ぼすくらいの力は有しておるわ」
その言葉を聞いてみるみると顔に活力が戻っていくクロノ。
先程までの死んだ魚のような目はキラキラと輝きを取り戻し、不満いっぱいだった表情は口元が緩みきったものへと変貌を遂げた。
「クハハハハ。そうかそうか、一国を滅ぼすほどか。まぁ~この俺にかかれば世界を滅ぼすことも可能だがな」
「ほんと子供ね」
「だね」
「じゃな」
嬉しそうにしているクロノの姿に呆れつつも、笑みを浮かべる三人なのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「さぁ~て、もうそろそろ着く頃じゃ」
「はぁ~疲れた~」
「けっこう歩いたもんね。みんなお疲れ様」
「ふん。この程度でだらしのないやつらだ」
いつものように憎まれ口を叩くクロノであったが、よほど疲れていたのか、今回ミリアからの反撃は来ない。
いつもの調子と違った状況を不思議に思ったクロノは、チラリとミリアへ視線を向けた。
「何よ、今はホントに疲れてんだから、いちいち変態魔王の相手なんかしてらんないわよ」
「べ…別にそういうわけじゃ」
なんだかんだと言って、いつものやり取りが始まる。
「あはははは。ほんと二人は仲が良いね」
「「どこが(だ・よ)!!」」
スズネの一言に対して二人の返答が重なる。
「ほら、息ピッタリ」
そう言うと、スズネは手を叩きながら嬉しそうに笑顔を見せる。
渦中の二人はというと、恥ずかしさのあまり顔を紅潮させながら、気まずそうに沈黙するのであった。
「なんだなんだ旦那様よ、スズネだけでなくミリアまでもか…ライバルは多いのう」
「ラーニャ、冗談でも殺すわよ」
一連の様子を見ていたラーニャが愛らしく告げると、ミリアは殺気にも似た感情と共に鋭い視線をラーニャへと飛ばす。
そのあまりの迫力に押され、ラーニャは瞳に薄っすらと涙を浮かべるのだった。
「コラ。ダメだよ、ラーニャちゃんをイジメちゃ。いくら強くても、まだ十歳の女の子なんだからね」
怯えるラーニャを自身の方へグッと抱き寄せながら、スズネはミリアに諭すように声をかける。
「ハッハッハッ。怒られてやんの」
「うっさいわね」
スズネに諭され反省した様子を見せるミリアを揶揄うように笑うクロノ。
それに対し、一切視線を向けることなく言葉を返すミリア。
そんな二人の様子をハハハと笑いながら温かく見守るスズネとラーニャなのであった。
「ま…まぁ~安心するがいいぞ旦那様。わっちも今はただの超一流魔法師じゃが、いずれはお師匠様をも超える史上最高の大魔法師になるのでな!!そうすれば他の女など比べ物にならんわ」
いつもの調子で両手を腰に当てながら高笑いをするラーニャであった・・・が、その時 ──── 。
「ほ~う。それはそれは、たいそう面白い話をしておるな、大魔法師殿」
突如どこからともなく聞こえたその声は静寂した森に響き渡る。
そして、その声を耳にしたラーニャはバツが悪そうに下を向き、ブルブルと小刻みに震え出した。
「大丈夫?ラーニャちゃん」
「何?何?いったい何事よ」
突然のことに動揺し慌てだすスズネたちに対し、震えの治らないラーニャが振り絞った声で告げる。
「お…お…お師匠様じゃ」
「「えっ!?」」
ラーニャがそう告げると、スズネたちの前方でしな垂れて道を覆うようにしていた草木がまるで背筋を伸ばすかのように起き上がった。
そして、そこから一人の女性が姿を現したのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「何やら大層興味深い話をしていたようだが、いったい誰が誰を超えると言ったのかな?馬鹿弟子よ」
突如現れたその女性は、長く艶やかな黒髪を靡かせ、それをより強調させるためであるかのように真っ白な白衣を身に纏っており、その姿には似つかわしくない大きな杖を持っている。
そして、その立ち振る舞いは自信に満ち溢れており、威風堂々としている。
先程から震えていたラーニャが、小さなその身をさらに萎縮させているところを見るに、目の前に立っている人物こそがマーリンで間違いなさそうであるが・・・事前にラーニャから聞いていた話と食い違う点が見受けられる。
事前の情報では、たしかマーリンは三百年以上生きている大魔法師・・・。
しかし、目の前に立つ女性はどう見ても三十代くらいにしか見えない。
これが、ラーニャの言っていた『“物事の理”も“時間の概念”すらも別次元にある』ということなのであろうか。
「い…いえ…、さっきのは冗談というか…わっちももっと頑張ろうというか…」
これまでの道中での姿とは打って変わり、まるで借りてきた猫のように大人しくなり勢いをなくしたラーニャ。
「そうだな。大口を叩く暇があるのならば、さっさと最終試験をクリアしてほしいものだがな」
「はい・・・」
マーリンからの強烈な一言に弱々しく返事をするラーニャは、明らかに意気消沈している。
そんなラーニャに対し、心配そうにスズネが問いかける。
「ラーニャちゃん、大丈夫?それに最終試験って…」
スズネから質問を受け、気落ちした様子のラーニャがバツが悪そうに答える。
「最終試験というのはの~・・・昼夜問わず、いついかなる時でもええからお師匠様に一撃を入れることなのじゃ。わっちはかれこれ一年以上クリア出来ておらん」
「いっ…一年以上!?」
「う…嘘でしょ!?あんなに強力な魔法が使えるラーニャでも無理なの」
発せられたラーニャの言葉に、スズネとミリアが”信じられない”という衝撃を受けた、その時 ───── 。
───── ドンッ!! ─────
突然大きな爆発音が鳴り響く。
スズネたちはその爆発音に驚きながらも音の発生源へと視線を送る。
すると、先程までマーリンが立っていた場所を爆煙が覆い包んでいた。
いったい何が起こったのか分からないスズネたちであったが、ミリアがある事に気づく。
「アンタ、いったい何したのよ」
ミリアの言葉の先には、もちろんクロノの姿が ───── 。
驚きを隠せないでいた三人をよそに、一人だけニヤリと笑みを浮かべるその姿をミリアは見逃さなかったのだ。
「何って、アイツに一撃入れればいいんだろ?」
「アンタが入れてどうすんのよ」
「そうだよクロノ。これはラーニャちゃんの試験なんだから」
楽しそうにしているクロノに次々と言葉を浴びせる二人であったが、そんな中でラーニャだけは別の感情を抱いていた。
「す…凄い。どんな人間や魔獣であっても無理だったのに。あのお師匠様に一撃を入れるところなんて初めて見た・・・」
これまで数多くマーリンの戦闘を見てきた。
教えを乞い、辛い修行を重ね、腕を磨いてきた。
しかし、一年以上をかけてたった一撃すら入れられない現実の中で人知れず踠き苦しんできた。
自分には無理なんじゃないか・・・
自分には才能なんて無いんじゃないか・・・
そもそもお師匠様に一撃を入れられる者なんて、この世に存在しないんじゃないか・・・
人知れず抱え込んできたラーニャのそんな”心の曇り”を、目の前に立つその男は一発で晴らして見せたのだ。
その衝撃と嬉しさのあまり、ラーニャはクロノに抱き付いた。
「さすがは旦那様じゃ。お師匠様に一撃入れられる者などおらんと思うておった。でも違った。もっともっと力を付ければ、わっちにだって出来るはずじゃ」
目をキラキラと輝かせながら興奮気味に話すラーニャの姿に、スズネたち三人は呆気に取られる。
「おい抱きつくな、鬱陶しい。お前のことなんか知るか、それにお前は勘違いしている。あんなものはただの小手調べだし、一撃など入っていない。アイツは全くの無傷だ」
クロノがそう告げると、徐々に煙が晴れていき、中から不敵な笑みを浮かべたマーリンが姿を現したのだった。
「ふむ。なかなか面白いやつを連れてきたな、馬鹿弟子よ」
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黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。
4年前に書いたものをリライトして載せてみます。
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