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第一部
@6 C509室
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とりあえずと寮室に少年を連れてきたはいいものの、どう扱うか何も思いつかなかった。経馬がいたならもう少しどうにかなったかもしれない。少年には僕と同じ布団で寝てもらった。他に方法はなかった。事務室に行っても同じ結末を繰り返すだけだろうということは何となく予想がついたのだ。
少年は騒ぎもせず僕が眠るまでずっと僕を見つめていた。心底気色悪いと思ったが、危害を加えてこないだろうと認識すると人間は意外と耐えられるものだということを知った。
そして迎えた日曜日の朝、いま僕はちょうど帰ってきた経馬に何回も同じ事を尋ねている。
「君はここに何が見える?」
僕は机の上を指差した、そこには確かに白い少年が座っている。
「コズ、さっきから何が言いたいかわからねぇが、机の上にはそのゴミしかないぜ」
経馬に見えているのは少年の尻の下に置いてあるチョコレート・バーの包装だろう。僕からは少年に隠れて見えない。
もはや驚かない。彼の言葉が嘘でない事は知っている。僕は夜が明けてすぐに少年を外に連れ出した。道中の生徒たちは誰もこの少年を認識しなかった。
「コズよぉ、ここ数日のお前ちと変だぜ」
変だ、変だとも。僕はもともと変な人間なんだよ経馬。
「はは、寝不足なんだ、医務室で睡眠補助剤でももらおうかな」
彼は不機嫌そうに「好きにしろよ」と言ってベッドから降りた。部屋から出ようとドアノブを摑んだところで彼は止まった。
「コズ、確かにお前は俺さまより何倍も頭がいい。でもこの三年間、俺ぁずっと気づいてたぜ、お前はどこかで俺と距離を置いている。そうだろ? だから何かあっても俺になんざ相談しようとは思わないんだろ」
僕はしばらく声が出なかった。彼がこういった否定的なことを言ったことなんて一度もなかった。
「経馬、君は誤解している。事情があるんだ」
頼む、君には拒絶されたくない。
「じゃあ話してみろよ」
仮に彼にすべてを話したとして、なにかの幻覚だと思われたら終わりだ。そして彼から話が漏れたら事はさらに厄介になる。僕はこの幽霊の存在を隠し通さなくてはならない。
「それは…できない」
彼は舌打ちをして力任せにドアを閉めていった。
僕はうなだれて立ち尽くす。
「あーあ、嫌われちゃったね」
声の主は机の上に座っていた少年だった。陽気に服の裾をいじくっている。誰のせいだと思っているんだ。
僕は幽霊に尋ねる。
「どうして君は僕にしか見えない」
「わからないや、でもボクはお兄ちゃんを知ってるよ。誰よりも」
「知り合いということか? 君が死ぬ前の」
しかし僕はこの少年に見覚えはなかった。
「かもね、それとボクは死んでないかもしれないよ」
「記憶にないな。待て、死んでないだと、どうゆう意味だ」
「そのままの意味、わかるんだ。自分の肉体がまだ存在しているかもって」
「じゃあとっとと自分の身体に帰ってくれないか。僕につきまとうな」
少年は机から降りた。いや、正確に形容すると彼は床から十センチほど浮いていた。
「それができたらそうしてるんだけどなぁ」
僕はベッドに座り、しばらく頭を抱えた。やはり僕にとって最も有力な説は幻覚だった。この奇妙な少年は物理法則を無視しすぎている、とても現実の存在とは思えない。
しかしこういった幻覚というのは、もっと身に覚えがある他の何かが現れるものじゃないのか。いまも昔も僕にこんな真っ白な知り合いはいない。
本人に干渉することもできないとなれば、本人に尋ねる他ない。とにかくいまは質問したいことが山ほどある。
少年は水中にいるかのようにぷかぷかと部屋のなかを漂う。僕はまず名前を尋ねた。
「わかんない」
幽霊だったとしても隠すつもりなら偽名を使うだろう。彼は本当にわかっておらず、しかしそれを気にかけている風でもない。
「出身地とかその程度なら…」
幽霊はかぶりを振った。
「わかんない」
「でもお兄ちゃんのことなら知ってるよ。劣等感まみれの自分を何かで覆い隠そうとしてる。自分を隠して認めてもらおうと無様にもがいてる」
「…僕の何もかもを知ったつもりか」
そこまで言われる筋合いはないはずだ。僕は幽霊の襟元を摑もうと右手をそいつに向かって突き出した。しかし何かがおかしかった。
「ああ、」
僕が見たのは少年の鎖骨あたりにめり込んだ自分の掌だった。
おそるおそる掌を引き抜く。まるでホログラム広告のように少年に質量というものはなかった。そこに確かに存在するのにまったく干渉できない。触ろうとするとすり抜けるのだ。
「ボクに触れることはできないよ」
少年は口を動かす。
僕は立っていられなくなるような感覚に襲われた。僕は手探りで壁に手をつき、何とか倒れずにいた。そうして僕はようやく自分が奇妙な世界に引きずり込まれたのだと理解した。
「いまさら驚くことでもないのに~」
「すこし黙って…」
僕は寮室のドアが開かれていたことに気がついた。経馬が戻ってきたのだろうかと僕は振り向いたが、そこに立っていたのは違う人間だった。
「仁山コズ…いったい誰と話しているんだ?」
そこにいたのは合鍵を手に持った副寮長だった。
少年は騒ぎもせず僕が眠るまでずっと僕を見つめていた。心底気色悪いと思ったが、危害を加えてこないだろうと認識すると人間は意外と耐えられるものだということを知った。
そして迎えた日曜日の朝、いま僕はちょうど帰ってきた経馬に何回も同じ事を尋ねている。
「君はここに何が見える?」
僕は机の上を指差した、そこには確かに白い少年が座っている。
「コズ、さっきから何が言いたいかわからねぇが、机の上にはそのゴミしかないぜ」
経馬に見えているのは少年の尻の下に置いてあるチョコレート・バーの包装だろう。僕からは少年に隠れて見えない。
もはや驚かない。彼の言葉が嘘でない事は知っている。僕は夜が明けてすぐに少年を外に連れ出した。道中の生徒たちは誰もこの少年を認識しなかった。
「コズよぉ、ここ数日のお前ちと変だぜ」
変だ、変だとも。僕はもともと変な人間なんだよ経馬。
「はは、寝不足なんだ、医務室で睡眠補助剤でももらおうかな」
彼は不機嫌そうに「好きにしろよ」と言ってベッドから降りた。部屋から出ようとドアノブを摑んだところで彼は止まった。
「コズ、確かにお前は俺さまより何倍も頭がいい。でもこの三年間、俺ぁずっと気づいてたぜ、お前はどこかで俺と距離を置いている。そうだろ? だから何かあっても俺になんざ相談しようとは思わないんだろ」
僕はしばらく声が出なかった。彼がこういった否定的なことを言ったことなんて一度もなかった。
「経馬、君は誤解している。事情があるんだ」
頼む、君には拒絶されたくない。
「じゃあ話してみろよ」
仮に彼にすべてを話したとして、なにかの幻覚だと思われたら終わりだ。そして彼から話が漏れたら事はさらに厄介になる。僕はこの幽霊の存在を隠し通さなくてはならない。
「それは…できない」
彼は舌打ちをして力任せにドアを閉めていった。
僕はうなだれて立ち尽くす。
「あーあ、嫌われちゃったね」
声の主は机の上に座っていた少年だった。陽気に服の裾をいじくっている。誰のせいだと思っているんだ。
僕は幽霊に尋ねる。
「どうして君は僕にしか見えない」
「わからないや、でもボクはお兄ちゃんを知ってるよ。誰よりも」
「知り合いということか? 君が死ぬ前の」
しかし僕はこの少年に見覚えはなかった。
「かもね、それとボクは死んでないかもしれないよ」
「記憶にないな。待て、死んでないだと、どうゆう意味だ」
「そのままの意味、わかるんだ。自分の肉体がまだ存在しているかもって」
「じゃあとっとと自分の身体に帰ってくれないか。僕につきまとうな」
少年は机から降りた。いや、正確に形容すると彼は床から十センチほど浮いていた。
「それができたらそうしてるんだけどなぁ」
僕はベッドに座り、しばらく頭を抱えた。やはり僕にとって最も有力な説は幻覚だった。この奇妙な少年は物理法則を無視しすぎている、とても現実の存在とは思えない。
しかしこういった幻覚というのは、もっと身に覚えがある他の何かが現れるものじゃないのか。いまも昔も僕にこんな真っ白な知り合いはいない。
本人に干渉することもできないとなれば、本人に尋ねる他ない。とにかくいまは質問したいことが山ほどある。
少年は水中にいるかのようにぷかぷかと部屋のなかを漂う。僕はまず名前を尋ねた。
「わかんない」
幽霊だったとしても隠すつもりなら偽名を使うだろう。彼は本当にわかっておらず、しかしそれを気にかけている風でもない。
「出身地とかその程度なら…」
幽霊はかぶりを振った。
「わかんない」
「でもお兄ちゃんのことなら知ってるよ。劣等感まみれの自分を何かで覆い隠そうとしてる。自分を隠して認めてもらおうと無様にもがいてる」
「…僕の何もかもを知ったつもりか」
そこまで言われる筋合いはないはずだ。僕は幽霊の襟元を摑もうと右手をそいつに向かって突き出した。しかし何かがおかしかった。
「ああ、」
僕が見たのは少年の鎖骨あたりにめり込んだ自分の掌だった。
おそるおそる掌を引き抜く。まるでホログラム広告のように少年に質量というものはなかった。そこに確かに存在するのにまったく干渉できない。触ろうとするとすり抜けるのだ。
「ボクに触れることはできないよ」
少年は口を動かす。
僕は立っていられなくなるような感覚に襲われた。僕は手探りで壁に手をつき、何とか倒れずにいた。そうして僕はようやく自分が奇妙な世界に引きずり込まれたのだと理解した。
「いまさら驚くことでもないのに~」
「すこし黙って…」
僕は寮室のドアが開かれていたことに気がついた。経馬が戻ってきたのだろうかと僕は振り向いたが、そこに立っていたのは違う人間だった。
「仁山コズ…いったい誰と話しているんだ?」
そこにいたのは合鍵を手に持った副寮長だった。
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