【青天白雪、紅の君。2072】 〜2072年夏、僕は無口な少女と出会った〜

凜 Oケイ

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第一部

@7 取調室

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 初めて入る部屋だった。小ぶりな部屋だが、ちょっとした机と二つの椅子があった。四方の壁はスクリーンになっているようだったが何も表示されていなかった。
「そっちに座ってくれ」
 オレンジ色の作業服を着た副寮長は手で椅子を示した。僕は大人しくそれに従う。
 今回は副寮長から直々に話があるそうだった。これは並大抵のことではない。成績の話だろうか。僕は幽霊がドアをすり抜けて部屋に入ってくるのを見て落ち着かなくなったが、副寮長には見えないのだと自分に言い聞かせた。
「わざわざ僕に話って何でしょう?」
 机を挟んで向かいにいる副寮長に僕は尋ねる。副寮長はボトル入りの飲料を一口飲み、懐から多機能端末を取り出した。多機能端末(MFD)の役割はわかりやすい。とにかく多くを成すことだ。カメラから音楽再生、身分証明まで、更にモジュールを追加すればより多くの機能を持たせることもできる。副寮長のものは持ち運びに不便なほどに大きく重そうに見えた。機能もさることながら、建物の屋上から落としても壊れないんじゃないかと思うほどにそれはぶ厚い衝撃吸収ケースに収められていた。
 副寮長は端末を慣れた手付きで操作し、僕に画面を見せた。左右に何かの調整コンソールがある以外は真っ暗で何も見えなかった。
「ああそうだ、伝え忘れていた。今からの私たちの会話は録画録音される」
 副寮長は腕環を操作した。僕から正面の壁に文字が浮かび上がった。
“記録中 00:00:03 FINECON Inc.”
 FINECON Inc.の文字は小さかった。この記録系統の製造元を示すものだ。
「…そんなに重要な話なんですか?」
「ああ、お前の学生生活に関わるくらいには」
 副寮長は僕に向けられていた画面にある調整コンソールをいくつか操作した。真っ黒だった画面は段々と形を得ていった。
 高いところから撮られた夜中の景色のようだった。僕は仔細にそれを観察してあることに気がついた。
「ああくそ」
 そこに映し出されていたのは備蓄倉庫の辺り、つまり僕と経馬が教会に向かう途中に通った場所だった。副寮長は僕の口から放たれた卑語を気にかけるでもなく映像を再生した。
 十数秒後、画面の右下から左上にバイクが駆けていった。バイクの周りは赤い枠で囲われており、背景と区別されていた。
「お前とそのルームメイト、そうだろう?」
 頷くしかなかった。
「バイクは第二体育館の建設現場のものだな?」
 僕は頷く。
「それが盗難だということはわかるね?」
 僕はもはや何も言えなくなっていた。
「夜間外出と盗難、か。この事実はそのまま学生課に報告する」
「…わかりました」
 僕は俯いていたが、副寮長がその後何も言わないことが気になり目線をすこし上げた。副寮長は思案するように長い髪を指に巻きつけていた。どこか腑に落ちないところがあるようだった。
「録画を終了する」
 副寮長は思い出したようにそう言うと腕環を操作した。壁に記録終了との文字が浮かび上がった。
「どこに行ってたんだ?」
 僕は何も言わなかった。できれば何も答えたくなかった。
「今からの会話は記録されないし、私も報告しないでおこう」
 僕は目の前のこの女性を信用することに賭けた。
「教会に」
「…だいぶ遠いところまで行ったな」
 一つ話したら後はどうにでもなれだった。僕はほとんどの事を話した。経馬と肝試しに行こうと計画したこと。バイクを盗んで帰りに返したこと。しかし僕は萩原ユヅハのことは話さなかった。彼女には先生に報告しないと約束したからだ。
「帰りに経馬シンがバイクに乗って建設現場の方に向かうのは記録されていたが、そのバイクに君は乗っていなかった。しかしその数時間後に君が徒歩で寮に帰ってくるのは別のカメラで記録されていた」
「どうやって帰ってきた?」
 副寮長は僕に別のカメラの映像を見せた。今度は男子寮の辺りで、僕が一階に入ろうとしているところが記録されていた。僕とユヅハが乗っていたバイクはどこのカメラにも映っていなかったのだろうか。
「徒歩で帰ってきました」
「いいや、そういうことじゃない。カメラに映らず外から寮に近づくのはほとんど不可能だ」
「たまたま映らなかったのでしょう」
 副寮長は納得しなかった。
「業務用のゲートを除いて一帯はほとんど私たちの管理下のはず…」
 業務用ゲートのカメラは他の職員が担当しているのだろうか、業務用の経路は男子寮C棟に近いところまで通っている。それならば僕とユヅハが映らないのも納得できる。
「区画によってカメラの管理担当が違うのですか?」
 僕の質問に副寮長は頷く。
「ああ、建設現場や資材搬入は業者に委託している。業者が使用する区画の管理は業者に任せている」
 経馬が建設現場の辺りはカメラがないと言っていたのはこうゆうことだったのか。深入りしすぎただろうかと僕が思った矢先に副寮長はバッと僕に顔を向けた。
「まさか業務用のゲートを使ったのか?」
 僕は思わず目を逸らす。
「合点がいったぞ、萩原ユヅハだな。ゲートの警備員を買収できるのは彼女しかいない」
「…」
 約束は守れなかったようだ。僕はユヅハのことを職員に漏らしてしまった。
「厄介だな」
 副寮長の表情が変わる。
「…詳しくは言えないが、萩原ユヅハの父親と我が校は複雑な関係にある。君が知っているように萩原ユヅハにあれほどの自由勝手が許されているのもそのせいだ」
 副寮長は眼鏡を外して服でレンズを拭き始めた。
「君は幸運だ。本来ならば停学も免れなかっただろうが、きっと処置は軽い。学校側は萩原ユヅハ絡みを大事にはしたくないだろうからな」
 副寮長が腕環を操作すると、壁に”記録消去”との文字が出た。
「君が成績優秀者であることは私も知っている。学校側はきっと理由をつけて…君にカウンセリングを受けさせるだろうな。ユヅ絡みとはいえ成績優秀者の非行は重大だ」
 副寮長はそう言って僕に部屋から出て良いとの手振りをした。
「失礼します」
「ああ待て」
 部屋から出るかといったところで副寮長は僕を呼び止めた。
「さっきは部屋で誰と話していたんだ? 通話も繋いでいなかっただろう」
 そうだ、副寮長が部屋に入ってきたとき僕はちょうど幽霊と話していたのだ。天井辺りに浮遊している白い少年を見つめる。紅い眼が僕を見つめ返す。
「独り言です」
「…やっぱりお前はカウンセリングを受けるべきだな」
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