【青天白雪、紅の君。2072】 〜2072年夏、僕は無口な少女と出会った〜

凜 Oケイ

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第一部

@9 カフェ

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 土曜日の午後、僕は校内のカフェにいた。本来の名前は喫茶区画というらしいが僕たち生徒はカフェと呼んでいる。特別上等というわけではないが校内ではまだマシなコーヒーや茶が飲める。寮の自動販売機で売っているカフェインレスの黒い液体に比べたら幾倍も良い。
 夏に限った話だが、週末のこのカフェは意外と空いている。冷房を浴びるならどこでもできるし、騒がしい連中は校庭や中庭で過ごすことを好む。
 このカフェはフロアの半分が地下に埋まった特殊な構造をしている。地上一メートルほどに窓があり、店内から見るとそれは天窓のように積極的な採光の役割を果たしていた。今日のように天気が良い日は電灯を点ける必要がないほどだ。
 カップを抽出機の下に置くと静かな音を立てて冷えたカフェラテが注がれる。それを持って席に戻った僕は会話を中断して飲み物を取りに行ったことを詫びた。
「すまない、こう暑いと喉が渇く」
「気にしない、どこまで聞いたっけ」
 ソファ席の萩原ユヅハは足を小刻みに揺らしながらアイスコーヒーを啜った。
「幽霊についてだ、僕に憑いている」
 僕はマドラーで無意味にカップの底をつついた。
「そう、もう一週間が経つんだっけ?」
「唯一の友人を失い、今や三日に一回はカウンセリングさ。気が滅入るよ」
 ネガティブな言葉だというのに、僕の顔はなぜか笑っていた。笑いというより引きつりに近かったかもしれない。
 それに僕はここ最近の授業も欠席ぎみだった。前の僕からしたら考えられないことだ。
「…先生にどう説明すれば良いんだか、それに遅れた分の勉強もしなくてはならない。本当ならこうやって優雅にお茶なんてしている場合じゃないんだ」
「真面目」
 含みのある言い方だった。僕はどう反応していいかわからず適当に相槌を打った。
「ひとつだけ質問したい」
 彼女は控えめに人差し指を立てた。僕は頷く。
「どうしてそこまで成績にこだわる?」
 幽霊がそれに付け加えた。
「本当はやりたくないのにね」
 僕は考えることを諦めて首を振った。将来のため、なんて無難に言うこともできたが僕はそれが真実に近くないということを知っている。
「わからない」
「もうちょっと考えて…」
 萩原ユヅハはすこし不快そうだった。
「わからないって言ってるだろ」
 幽霊に向けた言葉だ。わかりたくない、それが真実かもしれない。自分の心を知るのが怖いのだ。この恐怖を誰からも隠し通せることができたならどんなに良いだろうか。しかし僕から最も近いところに悪魔は存在している。
 幽霊が僕の耳元で囁く。
「お兄ちゃんは勉強でしか自分を表現できないんだよね」
 僕は手でぎゅっと耳を塞いだ。
「すまない、ちょっと待ってくれ」
 僕は目を閉じて深呼吸をした。彼女が不思議がったため僕はこう言った。
「幽霊だよ」
「…深刻そう」
 彼女の一見他人事な態度は僕にはむしろ心地よかった。物事を根掘り葉掘り聞かれたくない時もあるのだ。それが今の僕にとっての数少ない救いだった。
「ああ、消えてしまいたくなるよ」
 経馬と距離をとれて良かった点もあるかもしれない。彼は親身な人間だ、僕がやめろと言っても彼は僕の問題に対する追及をやめなかっただろう。それが完全な善意であったとしても僕にはきっと耐えられない。
 僕はなかば強引に話題を変えた。
「そう、夏休み、もうすぐだろう。ユヅハは、何か予定はあるのか?」
 ユヅハという呼び方は彼女が希望したものだった。僕は他人を下の名前で呼ぶのに慣れておらず、未だに不思議な感覚がした。
 九日後の八月一日から夏休みが始まる。長期休みの間、一般寮は閉鎖され僕たち生徒は各々帰省しなくてはならない。家には母さんがいる。母親のことは嫌いじゃない、しかし母親の方は僕にあまり興味がないようだった。
「ずっと家で一人」
 彼女のこの答えに僕はどこか納得した。不思議でもない、彼女には孤独が似合う。
「一人暮らしなのか?」
「ほとんどそう、両親ともずっと海外出張で、年に数日しか帰ってこない」
 僕は勝手に彼女に親近感を抱いた。
「なるほど。一人の方が好きだったりするのかい?」
「…まぁ」
 彼女は明確な答えを避けたように思えた。
「前からずっとそうなのかい?」
「一時期は親戚の家に住んでたけどいろいろ合わなくって。高校生になってから休みの間は誰もいない自宅で過ごすようになった」
 一緒にいづらい親戚と暮らすより一人で過ごす方が楽というわけだ。彼女は口元に運びかけたカップをゆっくりと戻して一息ついた、そして心を決めたように呟いた。
「でもたまに、ほんのたまに、寂しくなる」
 僕は顔を上げる。彼女の茶色い瞳は真っ白な陽光に照らされていながらも、情緒的な暗さを湛えていた。
「ああ、わかるよ」
 ユヅハは考えるように黙った。彼女はもともと寡黙な方だったが、僕はほんの少し不安になった。経馬のことが未だ心に刺さっている。下手な会話で人に拒絶されるかもしれないという恐怖が僕の心の中にはあった。
 彼女は言う。
「提案なんだけど…私の家に来ない?」
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