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第二部
@42 傷跡
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ウェイはそこを近場であると認識していたが、僕にとって車で数時間もかかるところはまったく近場ではなかった。
広い車内で僕は足を伸ばして座り、窓に映る自分の顔を眺めた。
その場所───十年前にFRCの大統領が殺害され、多くの民間人が死傷した場所は静かだった。中央に演台があるそう大きくない広場だった。かなり寂れており、なぜ一大国の大統領がこんな場所で演説したのか僕は疑問を抱いた。
「昔はもっと栄えていたんですよ。近くに駅があって、あちらや、こっちにもビルがありました」
ウェイはあちこちを指差した。
「大統領は地方からの支持を集めることに必死でした。まず田舎から演説を初め、だんだんと都市部に向かい、この次に天安門で最後の演説をする予定でした」
陽が西の空に落ち始め、辺りはだんだんと暗くなってきた。
「しかし…あそこからです。あそこから一気に飛んできたドローンが…警備員が急いで対ドローン用の網を射出しました、そうして捕まったドローンがあちこちの地面に落ち、皆が興味を持ってそれに近づいた…」
僕は状況を簡単に想像することができた。小型ドローンは事件前までそう珍しいものではなく、子供がそれを操って写真を撮ったりすることができた。僕が小さい頃は高級なおもちゃといった位置づけだったのだ。犠牲者たちは初め、どう考えただろうか。子供がこんな近くでおもちゃを飛ばして遊んでいるのだろうかと考えただろうか。
次の瞬間に起こったのは惨すぎる状況だった。くくりつけられていた軍用の手榴弾が炸裂し、人々の身体を吹き飛ばした。手榴弾は旧人民解放軍から流出したものだった。
「ああ…」
僕はウェイが姿勢を崩しそうになるのを見て咄嗟に彼を支えた。
「ウェイ、あのとき君はここにいたんだね…」
彼は紛うことなき事件の目撃者だった。
「最初の爆発で…私は数メートル吹き飛びました。そして次々に何かが降り注ぎました。それらは地面の欠片やあるいは…人間の手足でした。私はその中に、父親の顔を見つけました。急いでそれに駆け寄って、逃げよう、逃げようと言いましたが…返事はありませんでした。父親の頭は、首から下がありませんでした」
ウェイは当時の自分を眺めるように地面を睨んだ。彼の言葉は独り言のようにすら聞こえた。彼の睨む地面は真新しく、事件の痕跡は全くなかった。
「…次の爆発で視界が真っ白になりました。そして…焼けるような熱さが全身を支配しました」
僕は彼の眼を見る。光沢に欠けた眼だ。彼の失明や火傷はまさにここでしたものだったのだ。そして彼はここで両親を失ったのだ。
彼は痛々しく頷く。僕はかける言葉を見失った。想像を絶する苦痛を経験した彼に僕はどう声をかければいいのか。
彼はついに地面に膝をつき、土下座するように地面に頭を叩きつけた。僕は慌てて彼の頭と硬い地面の間に手を差し込んだ。彼は何回か僕の手に頭を叩きつけたものの、すこしづつ落ち着きを取り戻した。
「ここから…去ってくれませんか…あなたにこんなところを…見せたくない」
彼はそう言ったものの、僕の手を強く握っていた。
「なぜ…なぜ父さんや母さんが…死ななければいけなかった?」
僕は何も答えられなかった。彼はついに大きな声を出して背中を震わせる。人工の声帯から漏れる彼の悲鳴を聞き、僕はただただ胸が苦しくなる。この世界の何もかもが彼を苦しめた。あまりに理不尽だ。僕は彼に抱いていた強さという印象を修正した。それは彼にとって、自分を守るための強がりだったのだ。
空が赤くなり、まるで燃えているようだった。彼を焼いた炎のように陽は眩しく沈む。演台に長い影が落ちる。この広場は何もなかったかのように小綺麗だった。きっと事件後すぐに傷跡が塞がれたのだ。彼の経験した苦しみは今や彼の身体に刻まれているのみだった。
すべてが暗くなり星が見え始めた頃、ウェイはゆっくりと顔を上げた。涙の筋が頬につき、地面に叩きつけられた額は赤かった。
「ここに来ても…あなたの前では絶対に取り乱さないと…そう自分に言い聞かせていましたが…だめでした…」
彼は立ち上がって服で顔を拭った。
「僕がここに来ようなんて言い出さなければ…君も、」
「いえ、どちらにせよ私はここに来るべきでした」
ウェイがこちらを向き、ぎこちない笑顔を浮かべた。
「それよりも、宿を探さないと…ですよね」
陽の暮れた中、僕たちは乗ってきたタクシーにまた乗り込んだ。そして夜、僕とウェイは高いビルの飯店(ホテル)にチェック・インをした。
広い車内で僕は足を伸ばして座り、窓に映る自分の顔を眺めた。
その場所───十年前にFRCの大統領が殺害され、多くの民間人が死傷した場所は静かだった。中央に演台があるそう大きくない広場だった。かなり寂れており、なぜ一大国の大統領がこんな場所で演説したのか僕は疑問を抱いた。
「昔はもっと栄えていたんですよ。近くに駅があって、あちらや、こっちにもビルがありました」
ウェイはあちこちを指差した。
「大統領は地方からの支持を集めることに必死でした。まず田舎から演説を初め、だんだんと都市部に向かい、この次に天安門で最後の演説をする予定でした」
陽が西の空に落ち始め、辺りはだんだんと暗くなってきた。
「しかし…あそこからです。あそこから一気に飛んできたドローンが…警備員が急いで対ドローン用の網を射出しました、そうして捕まったドローンがあちこちの地面に落ち、皆が興味を持ってそれに近づいた…」
僕は状況を簡単に想像することができた。小型ドローンは事件前までそう珍しいものではなく、子供がそれを操って写真を撮ったりすることができた。僕が小さい頃は高級なおもちゃといった位置づけだったのだ。犠牲者たちは初め、どう考えただろうか。子供がこんな近くでおもちゃを飛ばして遊んでいるのだろうかと考えただろうか。
次の瞬間に起こったのは惨すぎる状況だった。くくりつけられていた軍用の手榴弾が炸裂し、人々の身体を吹き飛ばした。手榴弾は旧人民解放軍から流出したものだった。
「ああ…」
僕はウェイが姿勢を崩しそうになるのを見て咄嗟に彼を支えた。
「ウェイ、あのとき君はここにいたんだね…」
彼は紛うことなき事件の目撃者だった。
「最初の爆発で…私は数メートル吹き飛びました。そして次々に何かが降り注ぎました。それらは地面の欠片やあるいは…人間の手足でした。私はその中に、父親の顔を見つけました。急いでそれに駆け寄って、逃げよう、逃げようと言いましたが…返事はありませんでした。父親の頭は、首から下がありませんでした」
ウェイは当時の自分を眺めるように地面を睨んだ。彼の言葉は独り言のようにすら聞こえた。彼の睨む地面は真新しく、事件の痕跡は全くなかった。
「…次の爆発で視界が真っ白になりました。そして…焼けるような熱さが全身を支配しました」
僕は彼の眼を見る。光沢に欠けた眼だ。彼の失明や火傷はまさにここでしたものだったのだ。そして彼はここで両親を失ったのだ。
彼は痛々しく頷く。僕はかける言葉を見失った。想像を絶する苦痛を経験した彼に僕はどう声をかければいいのか。
彼はついに地面に膝をつき、土下座するように地面に頭を叩きつけた。僕は慌てて彼の頭と硬い地面の間に手を差し込んだ。彼は何回か僕の手に頭を叩きつけたものの、すこしづつ落ち着きを取り戻した。
「ここから…去ってくれませんか…あなたにこんなところを…見せたくない」
彼はそう言ったものの、僕の手を強く握っていた。
「なぜ…なぜ父さんや母さんが…死ななければいけなかった?」
僕は何も答えられなかった。彼はついに大きな声を出して背中を震わせる。人工の声帯から漏れる彼の悲鳴を聞き、僕はただただ胸が苦しくなる。この世界の何もかもが彼を苦しめた。あまりに理不尽だ。僕は彼に抱いていた強さという印象を修正した。それは彼にとって、自分を守るための強がりだったのだ。
空が赤くなり、まるで燃えているようだった。彼を焼いた炎のように陽は眩しく沈む。演台に長い影が落ちる。この広場は何もなかったかのように小綺麗だった。きっと事件後すぐに傷跡が塞がれたのだ。彼の経験した苦しみは今や彼の身体に刻まれているのみだった。
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「いえ、どちらにせよ私はここに来るべきでした」
ウェイがこちらを向き、ぎこちない笑顔を浮かべた。
「それよりも、宿を探さないと…ですよね」
陽の暮れた中、僕たちは乗ってきたタクシーにまた乗り込んだ。そして夜、僕とウェイは高いビルの飯店(ホテル)にチェック・インをした。
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