【青天白雪、紅の君。2072】 〜2072年夏、僕は無口な少女と出会った〜

凜 Oケイ

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第二部

@43 飯店

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 ホテルは僕に不釣り合いに高級なところで、大きな窓からは輝く北京の夜景が見えた。僕は冷たい窓ガラスに触れ、そこに反射するウェイの姿を見た。彼はホテルの寝間着に身を包み白いベッドに座っていた。
「今になってようやく自分がどれほど冷静さを失っていたかわかります。あの計画は元々成功する可能性なんてなかった!」
 審査所の急襲計画───。僕は彼の気持ちが痛いほどわかった。僕たちはそれぞれの動機に理性を失っていた。
「僕たちの実力が足りなかったのは事実だ。でも君が提案しなくとも…砂漠基地のメンバーはいずれあそこを襲っていただろう」
 むしろ今回、一人も死傷者を出さなかったことを安堵するべきなほどだ。僕は誰もが引き金を引かなかったことを今更になって安心した。すこしでも状況が違っていたならと考えるとゾッとする。
「私が、もっと前にあそこが偽物だと気づいていたなら、誰も逮捕なんてされなかったんです…」
「ウェイ、自分を責めない方がいい」
 僕は振り向いてテーブルの上にある小さな瓶を手にとり、それをすこし仰いだ。紅い星のロゴが入った白酒だ。口の中に一気にアルコールの味が広がる。眠れなかったら飲もうと思ってホテルの売店で買ったものだった。僕はそれをウェイに差し出す。彼もそれを一口仰ぎ、ため息を吐いた。
「北京に移住することに決めました」
「それはまたどうしてだい?」
「萩原孔樹に提案されたんです。私はもはや、藍色戦線にとっては裏切り者です。彼らは私を排除しようとするでしょう。なれば身の安全のために監視の行き届いている北京に移住してはどうかと」
「ああ、なるほど…」
 僕は納得した。彼は居場所をひとつ失ったのだ。
「そこでひとつ…提案があるんです」
 彼は僕と眼を合わせた。僕は中性的な彼の容姿に芸術的な美しさを感じた。
「今すぐに決めるような話じゃありません。ただ、検討してもらえたなら…」
 ウェイは彼らしからぬ予防線の張り方をした。
「…私と暮らしませんか? ───もちろん、ここはあなたにとっては外国ですから…あなたが不便しないよう私が努力します。それに…チャンスがあれば一緒に日本に移住することだって…」
「それは…ユヅハと離れることになるのかい?」
 突拍子もない彼の提案に僕は驚きつつも真っ先にそう尋ねる。彼は長い沈黙を挟んだ。
「今なら…聞きたいですか? ユヅハのもうひとつの隠し事を」
「…そうだな」
 僕はアルコールに感謝をした。酒がなければ僕はまた傷つくことを恐れていたかもしれない。たまには思考を朦朧とさせることが必要なのかもしれない。
「わかりました。これを見てください」
 彼は僕にMFD端末の画面を見せた。一人の青年が写っている───僕の写真だった。背景は何気ない都市風景だった。しかし問題は僕がこの写真を撮られた記憶がないことだった。写真の服装も記憶にない。僕はこれを良くできたコラージュ画像なのかと考えた。
「ウェイ、これは?」
「私の兄です」
 彼は別に短い動画を僕に見せた。ウェイと彼の”兄”が写っている自撮りの動画だ。”兄”は病院のベッドに横たわっており、今より少し若いウェイと中国語で笑い合っていた。ウェイはまだ前髪が伸びておらず、顔がよく見えた。僕はその全く僕に似た人間を観察して、声質や振る舞いから彼が僕とは別人だと確信した。
 動画だったとしても合成の可能性は拭い去れないが、僕はウェイにそれをする動機がないことを知っている。
「コズさん、あなたは私の兄、魏 雷進(ウェイ レイジン)に本当に似ているんです」
 僕は病床に横たわる青年、レイジンを見た。僕と同じ顔をした別の人間だ。
「でも…これをなぜそんなに重大な隠し事だと?」
 僕と似た人間がいたということが、なぜそれほどまでに隠されなければいけないのだろうか。
「私の兄が義肢職人だったということはもうご存知でしたよね」
「ああ、君の兄がユヅハの左腕の義手化を担当したことも知っている」
 彼は気まずそうに言葉を繋げる。
「それでユヅハは、私の兄を…何というか…特別視したんです。おそらくは、私の兄を…自分の親から解放してくれる存在だと感じたのでしょう…」
 僕は少しずつ、ある残酷な可能性を組み立てた。
「ユヅハが僕に近づいたのは…君の兄に似ていたから…?」
 そうとしか考えられない。ユヅハが廃教会で経馬シンではなく僕に話しかけたのも、僕に彼女の弱点を見せたのも───
「僕は…ユヅハにとって…代わりでしかなかったんだ…」
「コズさん、ユヅハがこの真実を隠していたのは決してユヅハが実際にあなたを兄の代わりだと感じていたからではありません。ユヅハは…あなたがこの可能性に辿り着くことを恐れたのです」
 ウェイは僕の肩に触れた。
「少なくとも彼女は私に、あなたのことを個人として愛していると言っていました」
「僕は君の兄さんの偽物なんだ」
「コズさん、あなたは特別です」
 視界が潤んでぼやける。
「誰も僕を愛してくれないんだ。やっぱりそうだったんだ。当たり前だったんだ。僕のような人間なんて誰も…」
「コズさん、それは違います。あなたは特別なんですよ。私もあなたを個人として───愛しています」
 僕は顔を上げる。ウェイがぼやけた輪郭で写る。
「…嘘だ」
 僕は疑心暗鬼になっていた。それが単なる慰めなんじゃないかと。僕は彼の兄という英雄を妬まずにはいられなかった。
「ユヅハはあなたに嘘をついていました。あなたはその嘘のために命すら危険に晒した…」
 彼の言葉は僕が感じていることを的確に貫いていった。
「私の傷は本物です」
 彼は僕の手を彼の首もとに押し当てた。盛り上がった瘢痕の奥に彼の体温を感じる。
「コズさん、あなたは何も悪くない。あなたは被害者なんです」
 僕は彼の言葉に裏があることを知っている。しかし今、僕は彼の言葉を必要としていた。僕は彼の体温をもっと受け取りたかった。
「…君はずるいよ」
 彼は僕の手を引いて僕を彼に寄りかからせた。心臓の鼓動が聞こえる。僕は彼の骨ばった身体にもたれた。
「コズさん。あなたが信じてくれない限り、私があなたを兄の偽物として愛しているわけではないことを証明できません。だから、まずは私を信じてくれませんか」
 ウェイが耳元で囁く。僕はどこか破滅的な欲望を感じた。何もかもが重要でなくなる。藍色戦線のメンバーたちや、あるいはユヅハのことだって。すべての責任を放棄したい。ただずっと彼の傍にいれたならどんなにいいだろう。
 彼は僕に接吻をした。僕には驚きも抵抗もなかった。それが至極当然なことのように感じた。家族がハグをするような、そんな自然さ。彼は僕の腰に手を回し、あることを尋ねた。僕は迷いなく答える。彼の懸念はあまりに杞憂だったのだ。
「性別なんて関係ないよ」
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