【青天白雪、紅の君。2072】 〜2072年夏、僕は無口な少女と出会った〜

凜 Oケイ

文字の大きさ
47 / 78
第三部

@47 冬

しおりを挟む
「冬はやっぱりこれだな」
 手の中にあるコーンスープの紙カップで手を温める。冬の食堂は食事時でないときはこうやって日替わりのスープを提供している。食堂の角っこの席に僕は座り、多機能端末をそばに置いて雪と話していた。多機能端末をそばに置くのは僕以外に雪が見えないので通話のフリをするためだった。食堂はそこそこの話し声がするので僕と雪の会話は程よく隠れた。
「む~、ボクも飲みたい~」
 僕は何気なくカップを雪の方に突き出したが、彼が浮いているのを見て雪は幽霊だったと思い出した。
「ああ、そうか…飲めないのか。すまない」
「別にいいけどね~」
 僕は雪を撫でる。といっても触れることはできないので頭のあたりで手を動かすのみだった。それでも雪は喜んでくれた。
「そういえば、今年って雪降るかなぁ」
 昨夜、僕と経馬が交わした会話を雪は覚えていた。
「雪は降ってほしいのかい?」
「ボクの名前ってそこから来てるんでしょ? でも一回も見たことないからさ~」
「そうだったな、でも今年降らなくても来年も再来年もあるさ」
「…そうだね」
 僕はスープをずずっと啜る。
「お兄ちゃんは見たことあるんでしょ? どんな感じだった?」
 僕は記憶を遡る。最後に降ったのを見たのは…三年ぐらい前だろうか。中学生の頃で、僕が図書館でその日の勉強を終えて一人で帰っている途中に、頭にぽつりぽつりと降り出した。
「綺麗だった、でもすこし寂しかったよ」
 僕はその夜、傘を持っていなかった。頭や肩に雪は積もり続けた。寒さよりも、雪が降ったという話題を共有する相手がいなかったのが寂しかった。家に帰って僕は母親に言おうとしたが、母親はもう寝ていた。
「ふーん、なんか不思議~」
「しかしもう冬か…時間が経つのは本当に早い」
 九月に僕とユヅハと帰国し、ユヅハは正式に親と絶縁をした。下旬にも僕らは復学し、学校側から留年の通達を受けた。そして僕は経馬と仲を直し、すべてが元に戻った。僕やユヅハが良くない過去を思い出し精神的に疲弊することはあったが、その都度お互いに支えることで僕たちは安定して過ごせた。
「なんかお兄ちゃん、老人みたい」
 雪がへらへらと言う。
「これでも十八なんだけどね」
「そうだ、お兄ちゃんにひとつ教えてあげる」
 雪が僕に顔を近づける。きめ細やかな白い肌と大きな紅い眼がよく見えた。
「へぇ、何だい?」
 雪がこうやって自分から何かを話そうとするのは珍しく、僕は興味を持った。
「ボクってたびたび消えるでしょ?」
 深く考えたことはなかったが、雪が見えなくなるという状況はよくある。例えば僕が深くなにかに集中しているときや他の人間と話しているとき、雪は騒いだりしない。雪なりに僕に配慮をしてくれているのだ。しかし雪がそれを”消える”と表現しているのはすこし不思議だった。
「ああ、僕の邪魔にならないようにしてくれてるんだろう?」
 僕は雪のそんな配慮に感謝をしていた。
「ううん、お兄ちゃんがボクを消してるんだよ」
 思わずカップから口を離す。僕が雪を見ていないとき、雪は存在していないのだろうか。いいやそんなはずはない。雪はずっと僕のそばにいる。
「消えるって…君が隠れてるってことかい?」
 雪はぶんぶんと首を横に振る。
「そーゆーときは本当にいないんだ、どこにも」
「…その間の意識もないのかい?」
 いくつもの疑問が僕の心に浮かんだ。僕は雪の言うことを信じられなかった。僕がふと振り向けば雪はいつでもいる。消えてなどいないはずだ。
「うん、寝てるっていうのかな。そんな感じ。でもお兄ちゃんが振り向くとボクはいるんだ。しばらくするとずっと前から起きてたよーな気分になる」
 雪の認識もかなり曖昧なようだが、僕は何となく理解することができた。”寝てる”という表現は適切だと思われた。意識が遠のき、靄がかったようになるのだろうか。それ自体は僕が授業中に経験していることだ。
 そして僕は最も重要な疑問を尋ねた。
「その、嫌だったり怖かったりするのかい? 意識が途切れるのが…」
 雪が”消える”のは僕たちの睡眠とはわけが違う。雪の存在そのものが一時的であれ消失しているのだ。雪は僕の質問を聞いて、視線を上に向けて考える素振りを見せた。
「うーん…、よくわからないかも…消えたら何もないから。でも、」
 雪は空中を回転しながら続ける。
「消えてるあいだお兄ちゃんと話せないのはちょっと残念かも」
 僕は雪が”消える”ことを怖がっていてそれを今まで僕に隠していたのではないかと考えたが、少なくともそうではないようだったので安心した。
「知らなかった、もっと早く教えてくれても良かったんじゃないかい?」
「いまさら気づいたんだ~。さいきんよく消えてるから」
 僕がユヅハや経馬と話す機会が増えたからか、確かに最近雪を見ない時間は増えた。雪と出会った当初はずっと見えていた。雪にとって干渉できる相手は僕しかいない。僕は雪にとって無二の存在なのだ。そんな僕が雪に構わないのを彼は気にしているのだろうか。
「もっと君を意識した方がいいだろうか」
 雪は優しく首を横に振る。
「ううん大丈夫、寝てるのも悪くない気分なんだ。でもたまには話しかけてね」
 僕は目の前の幽霊を愛おしく思った。雪が僕のもとへ来てくれて本当に良かった。
「ああ、そうするさ。もし…ほかに何かしてほしいことがあったらいつでも言ってくれ」
 雪はくすくすと笑う。
「お兄ちゃん、優しくなったね」
 雪に言われると照れくさかった。僕は自分の変化を多少なりとも自覚している。そしてその要因の大きな部分を雪が占める。雪が僕を変えてくれたのだ。
「君がいるならどんな障壁も乗り越えられる気がしてきたよ」
 自分が自分らしくないと感じるほどに僕は楽観的になっていた。夏休みの一連の出来事でも僕は何度も雪に救われた。彼は僕に不可欠な存在になっていた。
「いまのお兄ちゃんならきっと一人でも大丈夫だよ」
 僕は自分の顔がほころぶのを感じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)

MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。 かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。 44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。 小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。 一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。 ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...