結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり

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二十話

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「僕と結婚して下さいませんか?」



実家に帰宅して数日後。
私の元を訪ねてやって来たレバンタは、席に座るや否や、突然私に結婚を申し込んで来た。

あんな事があっても尚、私に好意的な感情を持ってくれていると知って、素直に嬉しくなると共に少し気掛かりでもあった。
あの日、あの場所で、あんな話を聞いて、笑いものにされる私を目の当たりにして、レバンタは何とも思わなかったんだろうか。
実際、その事で私は彼と顔を合わせることが億劫で辛かったし、できれば彼と会う事を避けたかった。
もし彼が私を見下し、馬鹿にしに来たのならどうしよう、と思っていたから。

けれど、実際に会った彼はいつも通りニコニコしているだけで、その件には何も触れてこなかった。

しかしそんな彼の反応に、私は余計に不安に駆られた。

もしかしたら、本当にレバンタは私を揶揄いに来たのかもしれない。
こうして結婚を申し込んで私が受け入れた後、ゴミのように捨てられるかもしれない。

それともレバンタも私が"処女"だと知って求婚しに来たのだろうか。
他の汚い貴族たちみたいに…………。
……いや、レバンタに限ってそれはないだろう。
そう、信じていたかった。


しかしどちらにしろ、結婚と言う言葉を出された時点で、私の答えはもうすでに決まっていた。


「悪いけど、もう愛のない結婚はごめんなの………先が見えてるから。」


数週間前までの事を思い出して、私はつい顔を俯かせてそう呟いた。

それさ侯爵様との5年間で、痛いほど思い知らされた事実だった。
"愛"がなければ夫婦にはなれない。
例え政略結婚でも、相手に"愛"を持つことは大切なんだと改めて思い知らされた。
実際に私たちがそうだったから。
今思い出しても後悔ばかりが押し寄せる5年間で、2度とあの頃には戻りたくないと今でも強く思わされた。


「愛ならありますよ。」


そう思い込む私に、何故か彼が語気を強めてそう言ったので、私は思わずその言葉に顔をあげて真っ直ぐ彼を見つめた。


「ずっと前から貴女のことが好きだったんです……。アレンベル侯爵に取られるずっと前から……。」


そう顔を赤くして、頬を掻くレバンタに初々しさを感じた。
それと同時にそう思う私には、もう感じる事ができない感情なんだと、改めて実感させられた。


(初々しい、なんて言葉………。5年前に侯爵様に初夜を拒まれた日に捨ててしまったわ………。)

あの時、とてもショックを受けた事を鮮明に覚えている。
その後は侯爵様の酷い態度にそんなこと考える余裕もなかったけれど……。

この時、私は自分に少しでも自信が持てるようになりたかったのかもしれない。
この感情が、いけなかったのかもしれない。
私は何を思ったか、その時、少し魔が差して彼にこう聞いてしまった。



「私の…どんなところが好きなの……?」



私はもうこれから良い人との縁談の機会もないだろうと自身で何となく察していた。

だから、この人なら…、もしかしたら……、と正直まだ希望を捨てきれていなかった。
私はこの期に及んで少し、期待していたのかもしれない。

しかし私のそんな淡い予想とは違い、彼は思いもよらぬ事を口にした。





「貴女の苦しむ姿が最高に堪らない。」






その瞬間、彼が何を言っているのか全く理解できなかった。



「孤児院で不遇な子供を見て悲しんでいる所……社交界で笑い者にされて傷ついている所ーーーーー。」


「え……?」



私は未だにその時、そう語っていた彼の表情が忘れられないでいる。

その時彼は、まるでニヤける頬が治らない、と言うかのように頬を引き攣らせていた。
その顔には私の思い違いでなければ確かに、興奮と高揚、そしてそれを抑制する感情が入り混じったような表情が浮かんでいた。
そして、そんな彼の不気味な表情に、私は思わず恐怖から背筋を凍らせた。

こんなレバンタ、見た事がなかった。

ただならぬ空気が流れる中、そんな空気を一蹴するように彼は突然、明るい表情に戻ると、まるで先程とは別人かのようにヘラヘラと笑った。



「………なーんて!冗談ですよ!」



レバンタはまるで気に留めることもない、些細なことのようにそう言ってあはは、と笑ったが、私は当然、それを笑い飛ばすことができなかった。


「ダリウス・アレンベル……貴女を傷つけていただけの男。僕なら必ずアルヴィラ様を幸せにできますよ!」


そんな彼のの変化に呆然としていると、そんな私を安心させるかのようにそう言って、いつも通り優しく微笑んだ。

しかし先ほどの声のトーンや表情を見る限り、私にはあの時、彼が冗談を言っているようには聞こえなかった。
少なくとも先ほど徐に呟いたであろう言葉は本心のような気がして、私は思わず不審気に眉を寄せた。

彼から見え隠れするこの感情の正体は、一体何なんだろうか。

今までは自分のことでいっぱいいっぱいで気がつけなかったけど、最近になってレバンタが可笑しいことにやっと私は気がつき始めた。

距離を置いているのに、私が離婚したからか、よく友人として家に訪問してくるようになったし、街に出かけるとよく会うし、それ以外でも最近は前よりも偶然とは思えない酷い頻度で遭遇した。
さすがにこれは可笑しい。
何か秘密があるはず。


「何で私が離婚して実家に帰っていたことを貴方は知っていたの……?しかも、私が帰宅するよりも前に私の実家に着いてることも………おかしいわ……。」


しかもブレス領はアレンベル領よりもさらに南側、ストレイ領の真反対にある領地。
今更だが、どう考えても頻繁に遭遇するのはおかしい距離感だ。


「それとこの前、"ずっと見てた"って……、あれは一体どう言う意味なの……?」


口に出せば口に出すほど、やっぱり彼はどこかおかしい。
そう考えて私は目の前の男を不審気に見つめた。
それに気づいたのか、レバンタは徐に両手を身体の前で振って、困った顔で自分が無害である事を私にアピールした。


「怖がらないでくださいよ!あれには深い意味はないんですよ?」


そう言って彼は、なぜ自分が私のことに関してここまで詳しいのか、ことの経緯を簡単に説明した。


「実は侯爵家で貴女の専属メイドをしていたユールは、僕の妹なんですよ。それで彼女によく貴女のことを聞いていたんです。もちろん、世間話程度の話だけでしたけどね。」


レバンタはそう言って笑ったが、彼が知っていた情報は世間話程度のものじゃないと私は確信していた。

例えば、彼は私の行く先々によく現れていたこと自体、世間話なんて話で片付けられるものではない。
私は基本、その日の予定をその日の朝に立てていた。
だとしたら、すぐにユールがレバンタにスケジュールを報告しなければ私の行く先々に辿り着けないのでは……?

レバンタは伯爵なので勿論、領地の仕事があるはず。
ユールは毎日私のそばで仕事していた。
なら、一体いつ彼女はレバンタにそれを伝えていたんだろうか。


つまり妹という言葉を借りて、今までこの人は私のことを付き纏い、待ち伏せし、私の知らないところで私を勝手に監視していたのだ。
私はその事実に気づくと思わず絶句して、言葉が出なかった。

その時、あの日ユールが最後に言っていた"謝らなければいけないこと"と言うのは多分、このことなんだろうと私は確信した。
そして"謝る"と言うからには、彼女には後ろめたい事をしているという自覚や反省があったのだろうと思った。


(あの時、ユールは私に怒られる事に怯えていたのかしら………それとも…………。)


そう言って、私は目の前のレバンタを強い視線で睨みつけた。
私はあの日からずっと、ユールのあの怯えた表情が気になっていた。
怯える、と言うことは何かあると言うことだ。

例えば、レバンタが日常的にユールに何か酷い事をしていたとする。
もしかしたらあの時、彼女が言葉に詰まったのは、それが怖くて言えなかったからなんじゃないだろうか。
と言っても証拠はないし、断言できない。
これは私のただの予想だった。


けれどレバンタが自身の妹を使って、私利私欲のために個人情報を流させていたことは事実だった。


彼は私に対して"愛ならある"と言った。
しかし妹を使って監視することを、果たして"愛"と呼ぶのだろうか。
私は疑問に思った。
いや、違う。
人を困らせることを、人は"愛"とは呼ばない。
少なくとも私はそんな事をされて、そんな"愛"を向けられて嬉しいとは思わなかった。
むしろ、その逆で、自分のプライベートのことを勝手に知られるのは、不愉快極まりなかった。


「レバンタ。正直言って貴方のそれは"愛"と言うより、私への"執着"よ。」


彼は別の感情と恋心を履き違えているような気がした。
私はレバンタにそれを自覚して欲しくて、少し語気を強めて彼にこう言った。


「懸命に働く妹を使って私を監視させた挙句、冗談でも私の離婚を喜ぶ貴方と再婚なんて、それこそ冗談じゃないわ。先が思いやられるだけよ。」


半分は自分のために、残りはレバンタ自身のためと、詳しい事情は分からないが多分巻き込まれたであろうユールへの同情でもあった。
私はそれだけ言い残すと席を立ち、応接室の扉を開け、外に待機していた使用人にレバンタを帰らせるように声を掛けた。


「……当分、貴方と顔を合わせる気はないわ……今日のところは帰ってちょうだい。」


彼がこれ以上のことをし始めれば、取り返しがつかなくなる。
私のせいでそうなるのだけは、ごめんだった。
だから私は予めそう言って彼を牽制し、遠ざけた。

それに男性がらみで、いざこざを起こすのは懲り懲りしていた。
折角、あの失礼で無神経な侯爵様から解放されたばかりだと言うのに、また新たな問題が起こるのだけはどうしても避けたかった。

そしてこの時、私は自身の男運が全く無いことに初めて気づいた。


「ま、待ってください……!アルヴィラ様……!」


レバンタは私が拒絶した事を悟ったのか、少し焦ったように私の名前を呼んだ。
しかし彼は案外物分かりがいいようで、私から指示を受けた使用人がレバンタの下に駆け寄ると、彼はそれ以上、声をあげたり抵抗したりすることはなく、素直に使用人に従って部屋を出る。



「やっと邪魔者がいなくなったのに………。」



扉が閉まる瞬間、微かにそう呟く彼の声が後ろ背に聴こえたのは、私の気のせいだったのだろうか。




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